大高院邸炎上
桃太郎は、悩み続けていた。『あの大高院のような人物が人間の本質だとしたら? 人間はみんなあのような邪な心を持っているというのだろうか?そのような人間に、この美しい地球を任せていたら、いずれ死の星になってしまうかもしれない。そして、そんな人間にペルシカ星の高度な技術を教えたら、今度は宇宙に計り知れない悪影響を与える事になるだろう。俺の本当の両親は、その事を心配していたんだ!』
桃太郎は、湖の前のベンチに横たわりながら考えていた。
傍らには犬のムサシが寝そべっている。
桃太郎が寝ているところには、時々お腹の上に小鳥が数羽とまって、何やらさえずっている。
端から見ると、実にのどかな光景である。
最近、桃太郎はここに来て、あれやこれやと考える事が多くなった。
学校にいても、静かにしている事が多くなった。
昨日もユリカが学校で心配そうに話しかけてきた。「桃太郎さん、元気ないわね。まだ大高院の事で悩んでいるのね。そんな事より私たちの両親を救い出さなくっちゃ」
「ああ」
「まあ、気のない返事ね。役に立つか分からないけど、大高院に何かあったら知らせてやるわ。飛雄を使ってね」
「そ、そうだな。そうしてくれ。何だか気になって仕様がないからな。助かるよ」
桃太郎は、人間の邪心について一応の決着をつけないと、前に進めないのだ。人間の本質が悪なのかどうかという事は極めて重要な問題になっている。
人間の本質が、悪ならばペルシカ人に見捨てられる。そうなれば恐らくこの地球はネビロン人によって支配されてしまうだろう。そしてその方が、この地球にとっては良いのかも、という思いもある。
桃太郎は、空を見ながら深い溜め息をついた。
『しかし、自分を育ててくれたお爺さんと、お婆さんはどんな事があっても守ろう』
そんな事を考えても考えても、簡単に結論が出るようなものではなかった。
憂いの中に沈み、その迷宮から抜け出られなくなってもがいていた。
その時である、何処からともなく飛雄が舞い降りてきた。
「桃太郎、大変だ! 大高院邸が襲撃されているぞ!」
「なんだって!」、桃太郎は跳ね起きた。大高院邸なんて消えてしまえばいい、と思う反面、妙に気になった。
「大高院組に恨みを持った者が襲ったようだ」
「分かった」、そう言うが早いか、すぐに立ち上がって走り始めた。
大高院邸も含めてこの辺りは、ユリカの父が作った装置でディアボロスの影響は受けていない。
となれば、正常な人間がやった事になる。
『ちっ、ならばやっぱり人間は争いを好むと言う事なのか? 結果がどうなるか見極めてやろう!』
桃太郎が到着した時には、激しく燃えていた。大火災である。大高院が悪どい商売で儲けた金をつぎ込んで建てた豪邸だ。
敷地は広大である。周囲は石垣によって囲まれ、五階建ての住居の最上階は天守閣のようになっている。まるで戦国時代の城で、周囲を圧するような偉容を誇っていた。
それが、火焔の中で今にも燃え崩れようとしていた。まるで戦国時代に戻ったような光景だ。
また、石垣の周囲は堀があるため、周辺に火がまわる事は無いように思われる。
ただ、消防車が来ていない。後から分かった事であるが、襲撃者は事前に消防車のタイヤをパンクさせておいたようだ。
桃太郎は、近くの高台から、大高院邸を見つめた。
「悪どい事をやれば、更なる悪で報復される。悪がどんどん増幅していくようだ。やはりこれが人間なのか?」
桃太郎の心の中に絶望観が広がっていく。
そう思いながらも良く見てみると、どうやら敷地内に一人の男がいることが分かった。顔まではよく見えないが、姿形から大高院のように見える。
その頃、大高院邸ではその主である大高院自身が吠えていた。
「おい、待っていろ。今すぐ助けてやるからな!」、ずぶ濡れになった大高院が今にもその火焔の中に飛び込んで行く所であった。敷地内には、美しい日本庭園があり、その中にある池に飛び込んだのであろう。その池から足跡が続いている。
意を決して、火焔の中に飛び込もうとした時、背後から声がした。「大高院!」
「誰じゃ!」、物凄い形相で振り向いた。全身びしょ濡れで、炎に照らされたその姿は、地獄の魔王のようであった。
その声が桃太郎のものであることを確認すると、「貴様、俺をあざ笑いに来たか!」と言いながら、いきなり殴りかかってきた。
桃太郎は、それをかわしながら、「待て、そうじゃあない」と叫んだ。
「ふん、今はお前と遊んでいる時間は無い。俺の子分二人と妻と子供が閉じ込められているんだ」、そう言いながら炎の中へ飛び込んで行った。
『ほう、血も涙も無いというあの大高院が、命懸けで人を救いに行くのか』、桃太郎は意外な思いをして、その姿を見守った。
彼は、激しい炎によって、壁や天井が崩れ落ちる中を、臆する事なく進んで行く。
目指す部屋のドアが見える所まで進んだ。
その前には大きな柱が倒れ、下敷きになっている男がいた。
「おい南条、しっかりしろ! 目を開けるんだ!」大高院が、その男の顔を覗きこみながら必死に話しかけるが動かない。すでに事切れていたようだ。
「くそっ、手遅れだったか!」大高院は、歯を食いしばりながら悔しがった。そして、その男に向かい、少し黙祷してから目指すドアに向かった。
その、ドアの前で「おい、大丈夫か? いたら返事をするんだ!」と大声で叫んだ。
すると、「お・や・ぶ・ん」というか細い声が聞こえてきた。
「よし分かった。もう少しだ、頑張れ!」
大高院は、ドアを蹴破ろうとするが、なかなか開かない。ドアの枠がひどく歪んでいるのだ。それでも、諦めず何度も何度も試みる。
火勢は益々強くなっているが、それでも彼は諦めない。煙でむせながらも、そこから逃げようともしない。死の危険が迫っても助け出すまでは、そこを動こうとする意思はなさそうである。
その時、近くから「大高院、一人じゃ無理だ」という聞き覚えのある声がした。
大高院は、その声の方に振り向きざま「桃太郎、まだいたか」と睨みつけた。
「いいから、俺に手伝わせてくれ、一人じゃ無理だ。俺を信じて!」桃太郎もまた必死であった。
「何を、お前の手助けはいらん!」と言いつつ、桃太郎を見る。
そこには、所々火傷や切り傷を負い、顔は煤で黒くなっていた男が立っていた。
そんな桃太郎を見ながら思案した。
『桃太郎の奴め、命がけでここまで来ているのか? おかしな奴だ・・・』
「よし、信用してやろう。手伝え!」
桃太郎はニヤっと笑い、漸く得体の知れない大高院と僅かながら心が通じあったと感じた。
こうして、二人は力を合わせてドアを蹴破る事ができた。
そこからは、もうもうとした煙が充満していた。
その煙を透かして見ると、息絶え絶えの男が一人と、大高院の妻と子供が気を失って倒れていた。
大高院は妻を背負い、桃太郎は子供を脇に抱えると同時に男に肩を貸して、炎の中からの脱出を試みた。
途中、大高院は倒れてくる柱に挟まれ、また大火傷を負う。
桃太郎が、その柱を何とか持ち上げると、大高院は気力でそこから抜け出した。
こうやって、お互いに助け合わなければ火焔地獄の中を生きて抜け出す事は出来ないだろう。
桃太郎は、この地獄の中で人間の本質を垣間見たような気がした。
火焔で呼吸も充分に出来ず、熱さで気が遠くなりそうな状況。大高院もまた、息絶え絶えになっていたが、お互いに励ましあった。
一方が動けなくなれば、手を貸した。
こうして意識が朦朧となりながら、漸く安全な場所までたどり着いた。
二人はそれぞれ救い出してきた人達を丁寧に横たえると、共にその場で気絶した。
暫くすると、パンクを直しただろう消防車と救急車のサイレンの音が聞こえてくる。
そのサイレンの音で、桃太郎は何とか覚醒した。
桃太郎が、横を見ると大高院も横になったまま薄目を開けていた。
「桃太郎、気が付いたようだな」
「お互い無事で良かった」
「お前も奇妙なやつだな」
桃太郎は、身体中がヒリヒリして痛かったが、清々しく晴れ晴れとした気分になっていた。
「大高院さん、血も涙も無い人だと聞いていたが、そうでもないようですね。命懸けで人を助けるとはビックリしました」
「ふん、それは俺の身内だからだよ」
「そうかなあ、本当に血も涙も無いなら、一人で逃げてもおかしくはない。しかし、あなたはそれが出来なかった。しかも、命も落としかねなかった」
「何を言いたいんだ?」
「安心したのさ、人間の善意をね」
「俺に向かって妙な事を言う奴だ」、そう言って桃太郎を見たが、その目は桃太郎を受け入れているようだった。
桃太郎は思った、『どんなに人から嫌われる悪人であっても、良心は持っているんだ。誰でもみんな欲望を持っている。自分中心に片寄れば暴君にもなり、逆に人を救いたいという欲望が強ければ聖人にもなりうる。だからいかに自分の欲望をコントロール出来るかどうかが問題という事か? どこからどう見ても悪人にしか思えない人間にも良心のかけらは残っている筈だ。だから俺は人間を信じよう』
桃太郎の体は、火傷と切り傷で痛々しかったが、心の奥底から元気がみなぎってくるように感じた。




