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ある現金輸送車の場合

 田中正男は勤続10年の真面目な警備員である。学生時代から柔道や合気道、空手などで鍛えていたが、就職してからも時間があれば訓練に励んでいた。

 また、勇気そして行動力もあり、責任感も人一倍強かったので入社2年目から、現金輸送チームのリーダーとして抜擢された。

 その日は、入社して、3年目の烏丸と組んでいた。烏丸は、車窓から見える雲一つない空を見上げていた。

「田中先輩、今日は天気も良いし、仕事も順調っすね!」

「ああそうだな。だが油断するんじゃあないぞ。特に最近は物騒な事件が多いからな」

「そうっすね、この辺りでも2日前に暴動騒ぎがあったって聞いていますよ」

「見てみろ、あっちこっちガラスが割られていたり、ATMが根こそぎ持っていかれたりしているぞ」

「先輩、あそこにたむろしている連中、ヤバいんじゃあないっすか?こっちを睨み付けていますよ」

「ああ、そうだな。しかし今日のところは襲っては来ないだろう」

「嫌な世の中になりましたね。気分転換にラジオでもつけましょうか?」

「よせよせ、最近は何処かで銀行強盗にあったとか、金目当ての誘拐事件とかそんな話ばかりで、ちっとも明るい話題なんて無いじゃあないか」

「はいはい、分かってますよ。じゃあ、話題かえましょう。なんか先輩、結婚相手が見つかったって聞いてますよ。いつ結婚式やるんですか?」

「何でそんな事を知っているんだ。しかし、もう少し世の中が落ち着かないと安心して結婚もできないからな。そういえばお前は随分早く結婚したよな。どうだ子供はかわいいか?」

「実はね、この前二人目が生まれたんですよ。女の子でね、かわいいっすよ」

「そうか、そういう話を聞くと結婚も良いもんだな」

 そんな話をしながら暫く走っていると、突然警官が誘導灯をもって止まれの合図をしてきた。いつも通っている場所だが、ここが一番道路も狭く人通りも少ない場所である。

 見たところ警官は3名いる。

「お巡りさん、何かあったんですか?」

「ああ、先程強盗事件があったんだ。ちょと車の中を調べさせてくれ」

「ああ、それは大変ですね。協力はしますがちょっと待ってください。本部に連絡を取りますから」

「だめだ、本部に連絡をとられたら困るんだよ」

 そういって警官は拳銃を取り出した。

「お巡りさん、冗談でしょう」

「この顔が冗談にみえるか?さあ、早く降りるんだ。おい、そっちの坊やもだ。もたもたするんじゃない」

 田中は覚悟を決め、車を降りた。また緊張で固まっている烏丸に向かって、「下手に抵抗するな、素直に降りた方がいい」と言った。

「へへ、良く分かっているな。言う通りにすれば、命だけは助けてやる」

 しかし田中は車を降りた途端に、ちょっとした相手の隙を見つけ、蹴りを入れて、相手の拳銃を振り落とした。次の瞬間相手の首に強烈な回し蹴りを決めて気絶させた。

 更にもう一人の男の腹にパンチを浴びせると、苦しそうに地面に倒れ込んだ。そして最後の一人を羽交い締めにし「お前らは何者だ」と詰問した。

「関東ハーケンクロイツ連合だ。俺たちを敵に回すと怖いぞ」

「ハーケンクロイツだか何だか知らんが、私を舐めるんじゃないぞ」

 そう言いはなった時、田中は背後から柔道の絞め技をきめられてしまった。もう、敵はいないと思っていたから油断していたのである。

 背後の男が耳元でつぶやいた。

「先輩、大人しくしていて下さい。その男も放して下さい」

 なんとその男は信頼していた自分の部下だった。その上、烏丸も柔道の経験がある。その閉め技は半端なものではなかった。

「なに、烏丸、お前もグルだったのか」、田中は苦しそうに言った。そして、羽交い締めにしていた男を放さざるをえなかった。

「そうさ、二人も子供がいたんじゃ、今の世の中生きて行けませんからね」

 田中は動揺したが、そこは百戦錬磨の男である。烏丸の足を強く踏んずけ、ひるんだところをあっという間に投げ飛ばしていた。

 こうして、烏丸も含めて4人の男を縄で縛り上げた。

「お前達、観念するんだ。すぐに本当の警察を呼んでやるからな」

 そして、携帯電話で警察に連絡をとろうとした。

しかしそのせつな、「待て、そうはさせないぞ」、ともう一人の男の大きな声が響いてきた。

 田中は咄嗟に声のする方を見て驚いた。そこには、なぜか恋人の由紀恵がいた。かわいそうに、後ろ手に縄を掛けられ、しかも銃をこめかみに突きつけられていたのである。

「なんでお前がここにいるんだ!」

「田中さん、ごめんなさい。今日出掛けようとしたら、数人の男に囲まれて車に押し込められたの」

 すると、男は顔にうっすらと笑みを浮かべながら「お前のかわいい部下が裏切ったのさ」と言った。

「烏丸、お前という奴は」

「さあ、形勢逆転だな。お前の恋人を助けたいなら、こっちの言うことを聞け。まず3人の男の縄をほどけ」

「くそ、分かったから由紀恵に手を出すなよ」

 渋々田中は男達の縄をほどいた。次にその男達によって逆に田中が縛られてしまった。

「先輩、悪いっすね。でもとんでもなく強いっすね。どうなるかと思いましたよ」

「お前、どうしようもない奴だな。まだ遅くはない。改心するんだ」

「先輩、今の世の中正義感ばかりじゃやっていけませんよ。それより俺達の仲間になりませんか」

「ばかを言うな。お前達こそ後悔するぞ」

別の男が田中の腹に蹴りを入れた。

「さっきのお返しだ」

 田中は苦痛に耐えながら、男をにらみ返した。

「今時、正義なんてものはねえんだよ。悪知恵のはたらくもの、力のあるものが正義なんだ。ほら、あれを見てみろ」

 田中は男が示した方向を見て、天地がひっくり返るほど驚いた。

 なんと、自分の愛する由紀恵が縄をほどかれ、あろうことか男達と談笑しているではないか!

『あれは本当に由紀恵なんだろうか?それとも良く似た女なのだろうか。由紀恵が裏切るはずはないんだ』

 田中は頭の中で色々と考えて見たが、どれも納得がいくものではなかった。

 由紀恵がそんな田中に向かって歩いてきた。しかも冷たい笑みをうかべながら。

「田中くん、そんなに驚いてどうしちゃったの?」

「お前は一体誰なんだ?」

「あなたの恋人よ。双子でもないし、正真正銘の由紀恵よ」

「う、嘘をつくな。由紀恵はそんな女じゃあない」

「おやおや、本当に惚れてしまったのね。私の正体も知らずに」

「お前の正体だと?」

「そうよ、私はねハーケンクロイツのボスなのよ。あなたに近付いたのは、始めから現金輸送車を襲うためだったのよ。現金輸送の予定や経路、その日誰と組むのか、全部あんたの資料から調べさせてもらったわ」

「な、何だと。全てこの日の為に俺に近付いたというのか」

「当然よ、あなたなんか騙すのは簡単だったわ。なぜってあなたは人を疑うって事を知らないんだから。今時そんな人がいるなんて驚きだわ」

 そう言ってふてぶてしく笑った。

「待て、ハーケンクロイツ連合と言えば、義理人情に厚い極道という事で有名だったはずだ」

「それは、昔の話よ。数年前から世の中は変わってしまったわ。こちらが義理人情に厚くても、簡単に裏切るようになったわ。何かが狂ってしまったようね。だから、こっちも開き直ったって分けよ。警察だって狂っているんだからどうしようもないわね。あんたのようなお人好しじゃあ生きて行けないわよ。どうよ、私達の仲間になりなさいよ」

「ふん、死んでもお前らの仲間にはならん」と由紀恵を睨み付けた。

「強情な男ね。分かったわ、あんたの好きにしなさい」

 そう言いながら、彼女は男達に指示を出した。

「早く現金を用意した車に移すのよ」

その時である、群衆の多きな叫び声が聞こえてきた。

 見張り役の男が「暴動だ、こっちへ向かって来るぞ」、と怯えた声で叫んだ。

 実はこの日、不当にリストラされた労働者がデモをしていたのである。最初こそ整然としていたが、突然一人の男が騒ぎだし、石を投げ始めた。それにつられてみんな騒ぎ始め、銀行や、宝石店、スーパーやコンビニまで無差別に襲い始めたのである。それに呼応した一般の人達もそれに合同し、人数が雪だるま式に膨れあがっていった。

 しかも、その騒ぎを鎮めようとした機動隊までも、一緒に騒ぎ出したから大変である。

 その群衆がこちらに向かって来たのだ。

由紀恵が叫んだ「現金を全て移す時間は無いわ。もういいから、車に乗って逃げるのよ」

「いや、もう遅い。囲まれているぞ」

こうして犯人グループは群衆によってのみ込まれてしまったのである。大きな悲鳴と共に!

 その狂った群集が通りすぎた後は、まるで巨大な台風や竜巻が通りすぎた後のように瓦礫の山だけが残った。


 どれだけの時が過ぎ去っただろうか田中は、体を揺すられて目が覚めた。初めはうっすらと、そして次第にはっきりと周囲が見えてきた。すでに日は傾き夕暮れ時になっていた。

 体のあちこちが痛んだ。恐らく暴徒化した群集の仕業であろう。すでに縄は解かれていた。

 目の前にいたのは、網代笠を被った旅の僧侶のようであった。日に焼けた肌は浅黒く、顎には白い髭をたくわえていた。その僧侶が眼光鋭く田中を見つめていたのである。

「ようやく気がついたようじゃ。お主はまだ正気を保っているな?」

「あなたは、どちら様ですか?」

「わしは天海という旅の僧だ。ここに来るまでに、何度も暴徒に襲われた。みんな狂気に取り付かれている。何かが狂っている」

「それで、何処まで旅を続けるつもりなんですか?」

「西だ!天からお告げがあった。そこにはまだ汚れていない場所があるそうだ。そこに行けばこの事態を収拾できる人物に会えると言っていた。そしてその人物を助けろと!」

「そうなんですか。そんな人物がいたら、私も会ってみたいものだ」

 田中は、恋人にも同僚にも裏切られた。そこから立ち直る道を模索していた。そこに行けば答えが得られるのではないかと思ったのである。

 その時である、数名の物取りが棍棒をもって襲いかかってきた。

「天海さま、後ろ、危ない」

 天海は、さっと身をかわしたとおもったら、襲って来た全員が吹っ飛んでいた。田中の目には、天海が暴漢に触れたようには見えなかった。

「どんな技を使ったんですか?」

「気功じゃよ。何かの縁じゃ、さー、一緒に行こう」

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