謎の転校生
その転校生は、先生といっしょに桃太郎のいる教室へ入ってきた。すらりとした背の高い女子生徒である。
先生は「今日から、この学校に転校してきた、月影ユリカ君だ。いじめるんじゃないぞ」と言った。
ユリカは「月影ユリカ、と言います。宜しくお願いします」と言って、お辞儀をした。
若々しく透き通るような声である。ただ少し悲しげな表情を見せるのが気になる。
男子生徒は、ユリカの姿を見て、あっけにとられていた。田舎の女子生徒とは違う洗練された美しさを醸し出していたからである。しかも、どことなく神秘的な雰囲気さえ漂わせていた。
頭も良い。特に数学や理科などは、先生もたじたじとなってしまう程だ。数学の授業では、誰もが解けなかった問題をいとも簡単に解き、先生の代わりに解説までした。その様子を見て教室はどよめきに包まれた。
「ユリカってすげえなあ」
「可愛いくせに、頭まで良いんだ」
またユリカは、話も上手いため友人も直ぐに出来た。このユリカの存在は学校中の評判となった。
それから数ヶ月は何事も無く過ぎた。だが、ある日の下校時間に事件は起きた。
隣町の柄の悪い高校生三人が、帰宅する中学生に対して無差別にお金を巻き上げようとして、通学路上で待ち伏せをしていたのである。どうやら遊ぶ金が欲しかったようだ。
中学生がそこを通過しようとすると、高校生が因縁をかけてきた。
「おいお前、金を出さねえと、ここは通過できねえぞ。おい分かってんのか」。
中学生は竹刀を持った高校生に怯えた。仕方なく手持ちの金を出し、そこを通過する子もいた。しかし、中には走って逃げる子もいた。こんなトラブルの時には桃太郎がいつも活躍する。
逃げてきた中学生は「おーい、桃太郎はいるか。隣町の高校生が暴れているぞ」と叫びながら、探し回った。しかし、その時に限って桃太郎の姿を見つけることが出来なかった。
一方、ユリカは、そんな事件が起きていることも知らずに、高校生の待つ道を歩いて行った。
高校生は、ユリカの姿を目ざとく見つけた。
ユリカも、高校生の強い視線を感じていたが、無視して通り過ぎようとした。
そんなユリカに対して一番背の高い高校生が怒鳴った。
「おい、中々綺麗な顔をしてんじゃねえか。金も沢山持ってんだろうなあ」
ユリカはいぶかしそうな顔をしながら言った。
「私に何か用なの」落ち着いた声である。
「にぶいなあ、このやろう。金を出せって言ってんだよ」声を荒げ、睨みつける。
「ああ、そういうことね。でも嫌よ!」ユリカも負けてはいない。
「なんだと、痛い目に会いたいのか。この竹刀が怖かあねえのか?」
そして、その竹刀を使って、ユリカの額を小突こうとした。その瞬間である。高校生の腕に鋭い痛みが走り、竹刀が振り落とされた。続いて腹部に強い衝撃があり、一メートルほど撥ね飛ばされた。
それを見ていた他の高校生は、「てめえ、何しやがった」。そう言いながら、ユリカに襲い掛かろうとした。
その時である。ようやく桃太郎がムサシを伴って現れた。
「ユリカ大丈夫か!」と叫びながら、その二人の高校生に向かって突進した。高校生は何もする間も無く、投げ飛ばされていた。
三人の高校生は面くらい、「ちくしょう、覚えていやがれ!」と言いながら逃げていった。
「あら、桃太郎さん、ありがとう。あなたとても強いのね」
ユリカは、さっきまでの険しい顔から一転して明るい顔になっていた。
「いや、相手が弱すぎただけさ」と言って照れ笑いをした。
桃太郎は、高校生と格闘した時に、少し服が乱れ、胸からペンダントが見えていた。ユリカは、そのペンダントを見つけると、今まで見たことも無いような笑顔を見せた。
「桃太郎さん、素敵な石ね」
「ああ、このペンダントの事かい。この石は赤ちゃんの時にずっと握っていたものらしい。お婆ちゃんがペンダントにしてくれたんだ」
「ああ、そうなの。その事について色々と聞いてみたいわ」
「へえ、こんなものに興味があるのかい。そんな事だったら、いつでも話してやるよ。休みのときにでも家に来なよ」
「ふふ、ああ良かった。楽しみだわ」
「ところでユリカ、今度は俺が聞きたい事があるんだ。俺が来る前に高校生が一人投げ飛ばされたように見えたんだけど、あれは君がやったのか?」
「いいえ、あれは私がやったんじゃないの」、そう言いながら、空を見上げ「飛雄、おいで!」と叫んだ。バタバタという羽音がしたかと思うと、キジが一羽、ユリカの肩に舞い降りた。
桃太郎は驚いた。「まさか、この鳥がやったのか?」
「そうよ、この鳥がやったのよ。でも普通の鳥じゃないわ」
「そうだろうなあ」、そう言いながら、そのキジに似た鳥をしげしげと見つめた。
「私の父は科学者なのよ。その父が作ったロボットの鳥なの。私に何かあったら、直ぐに飛んでくるようにプログラムされているの。すごいでしょ」
「へえ、お父さんって偉いんだね!」
桃太郎は、その鳥をじっと観察して見てみたが、とてもロボットのようには思えなかった。