桃太郎とムサシ
ムサシは、さ迷い歩いた。首には大きな傷があった。鎖を引きちぎったときに出来たものだろう。また体の多くの部分が火傷を負っていた。身も心もずたずたの状態であった。時々、お爺さんの事を思い出しては、空に向かって悲しく吠えた。その悲しい泣き声を聞いただけで心が引き裂かれ涙する者さえあった。
ムサシのいる場所と桃太郎とは、かなり遠く離れていた。だが、人一倍聴力の優れた桃太郎は、その鳴き声をはっきりと、とらえることができた。桃太郎は何が何でも、その鳴き声の主に会いたいと思った。
そう決断したら行動は早い。深夜にも関わらず、すぐに懐中電灯を片手に持ち外に飛び出していった。
しばらく走っていくと、その鳴き声が聞こえなくなってしまった。桃太郎の頭に不安がよぎった。「大丈夫だろうか?」
そして漸く、その鳴き声がしていた場所まで来ると、大きな犬が一匹横たわっていた。さらにその息は荒かった。
桃太郎はひと目見て、その犬が危険な状態にあることを悟った。
彼は、その犬を抱き自分の家まで連れ帰った。そうしてから再び森の中へ薬草を探しに入っていった。必要な薬草を何種類か見つけ、直ぐに治療を行った。
最初の数日間は命の危険があったので、寝ずに看病した。その甲斐あって何とか死の峠を乗り越えることが出来たのである。
数日後、ムサシは意識を取り戻し目を開けた。すると心配そうに見つめている桃太郎の顔があった。ムサシは一瞬で、この人物が命の恩人であることが分かった。そして、純粋で裏表の無い、思いやりのある人間であることを直感的に理解したのである。
こうして元気を取り戻したムサシは、新しい主人として桃太郎を慕うことになった。
そして、桃太郎もまた、ムサシと会話をし、ムサシの悲しい過去の出来事を知った。桃太郎は「もう、お前に悲しい思いはさせないからな」、と言い頭を撫でた。
ムサシはいつも桃太郎と行動をともにした。森の中で遊ぶ時はもちろん、学校でも桃太郎の授業が終わるのを校庭の片隅で大人しく待っていた。
大人しく優しいムサシは、学校の生徒の間でも噂になり、人気者になっていった。
時々は、いじめている生徒を見ると威嚇することもあったが、それ以外は大人しくしていた。