桃太郎の少年期
さて、その不思議な物体と、その中にいたという赤ちゃんの噂は、瞬く間に村中に広まった。物好きな村人が、ひと目その赤ちゃんを見ようと大勢集まったものだ。
「正一郎さん、洋子さん良かったね。おめでとうさん」
「大きな子じゃ、将来が楽しみじゃのう」、村人は自分の赤ちゃんのように祝福した。
歩き出すようになると大変であった。好奇心の赴くままにどこまでも歩いて行く。 洋子は一時も桃太郎から目を離すことが出来なかった。苦労は多かったが、それでも子供がいっしょにいてくれるのは楽しかったのである。
六歳になると村の小学校へ通い始めた。皆よりも体が一回り以上大きく、力も強かった。
学校から帰ってくると、直ぐに近くの森の中へ入って行った。木登りが大好きであった。色々な木に登り、木の上から景色を眺めると自分が天下を取ったような気分になった。
そして不思議なことにリスや小鳥たちが桃太郎の周りに集まった。普通の小動物は人間の気配がしただけで直ぐに逃げるが、桃太郎に対しては警戒心を持たなかったのである。
そんな分けで桃太郎は動物を詳しく観察し、動物のしぐさや鳴き声から何を考えているのかを次第に理解できるようになった。
更に木の上にやってくる動物ばかりではなく、いろんな動物に関心を持つようになった。そして何時間でも森の中を歩いたり走ったりして動物を追いかけ観察した。
また、動物の鳴き声を真似するようになり、ついには動物と簡単な会話さえ出来るようになった。そして動物からどんな植物が体に良いのか、また毒になるのかを学んでいったのである。
ある時には、正一郎が腹が痛いと言って苦しんでいるときに薬草を取ってきて、煎じて飲ませてやったことがある。正一郎は暫くすると腹の痛みから解放され、桃太郎の能力に驚かされた。
「桃太郎、どうしてお前は薬草の種類を見分けることが出来るんだ?」
「うん、森の中で動物たちが色々と教えてくれるんだよ」
正一郎はそれを聞いても半信半疑であった。しかし、自分の腹の痛みが消えたのは事実であり、否定することも出来なかった。
「あの子のやっている事は、普通の人間の物差しでは測れんのう」
それに対し、洋子は桃太郎の能力を高く評価した。
「あの子はどんな人になるんでしょうね。将来が楽しみだわ。でも時々自分のお気に入りの木の上で何か真剣に考えている様なこともあるわね」
「そうか、自分の本当の親の事でも思っているのかなあ?」
「そうかもしれないねえ。私に一度だけ本当の親の事を聞いてきた事があったわね。でも会った事も無いし、何と言って良いか分からなかった。でも赤ちゃんが入っていた保育器を開けたとき、とても優しげな声で、この子を頼みます、という声がしてきたとだけ伝えたわ」
「それでどうだった、桃太郎の反応は?」
「そう、とても真剣に聞いていた。それでもう一言伝えたんだ。あなたの両親はどうしようもない事情で、手放さなければならなかったんだと思うよ。きっと何処かで会えるかもってね」
「うーん、そうか。それで納得してくれたか?」
「分からない。でも深く頷いてれたわ」