桃太郎登場
そんなある日、空で大きな爆発音が聞こえてきた翌日のことである。正一郎と洋子は農作業を終え、リアカーを引きながら家路についていた。周囲ののどかな風景は一日の作業で疲れた体を癒してくれた。
「どうだい洋子、田舎に来てみて良かったかい?」
「そうね、都会にいたときとはまた違った苦労もあるけれど、何よりもあなたが見違えるように元気になってくれた事がとても嬉しいわ」
「そういうお前も都会にいたときよりもずっと穏やかな顔つきになっているぞ」
「そう、ほとんど化粧なんかしないけど、それでも良いの」
「はっはっは、もちろん良いさ。でもお前自身は少しは化粧したいんだろう」
「そうでもないわ、あなたが良ければそれでいいのよ」
こんな風に会話を楽しみながら歩いていた。
そんな時、洋子が何気なく川のほうを見ると大きな桃の形に似た綺麗な物体が流れてくるのを見つけた。それは夕日の光に照らされ見たこともないような綺麗な光を放っていたのである。洋子はその綺麗な物体にとても心が引かれた。
「あなた、あれはいったい何だろうねえ! 宝石のように輝いているようだけど」
正一郎は洋子が指差す方向に目を懲らしてみた。
「おお、何と綺麗なものか!洋子、あれを拾って床の間に飾っておこう」
そう言いながら急いで川に入って行き、その謎の物体を引き上げリアカーに積んだ。
「はっはっは、洋子、今日は何だかとっても愉快だなあ」、と言いつつ上機嫌になってリアカーを引いていった。
意気揚々と家に帰り、二人は大事そうに、その物体を家の中に運んだ。そして部屋の電気を点けて詳しく観察した。
「母さん、こんな綺麗な物は今まで見たことがないぞ。何となく大きな桃のような感じもするが、光の加減で微妙に色が変化しているぞ」
「まあ、本当に綺麗なこと」
二人はその不思議な色に魅了されていた。
正一郎は、その物体を眺めるだけでなく、触ったり、撫でて見たり色々とやってみた。
「どんなもので出来ているのか分からんが、肌触りがとても良いぞ」
「そうなの、それなら私にも触らせて見て」と言いつつ、洋子も慎重にその物体に触ってみた。
そうやって、その物体を観賞し、観察した。暫くの間、夕食を作るのも忘れてうっとりしていると、なにやら物体が自然に動き出し、真ん中から割れ始めたのである。
二人はびっくりして、その物体から手を離し見つめていると、中から声がしてきたのである。
「あなた達は善良な夫婦のようですね、この子供を頼みます」
だが、実際に声が聞こえてきたのか、テレパシーのように心の中に響いてきたのか定かではなかった。しかし、二人は確かに同じ言葉を聴いていたのである。
二人は恐る恐る二つに割れた物体の中を覗き込んだ。何とその中には健康そうな男の赤ちゃんがいたのである。二人は、はっとしてお互いに見つめあった。洋子はとっさにその子を抱いてあやし始めたのである。
「おう、よしよし。ほらお父さん笑ってるわよ」
「おお、なんてかわいい子だ」
その子供の笑顔を見ながら二人はとても癒された。なぜ、こんな不思議な物体の中に入っていたのかという疑問も何処かへ吹き飛んでいた。
「お父さん、この子供は神様からの授かりものだわ。二人で立派に育てましょう」
「ああ、本当にありがたいことだ。大切に育てよう」
「良かった。でもね甘やかし過ぎてはだめよ」、そう言いながらふと赤ちゃんの手を見ると綺麗な宝石を握っていることが分かった。
「あら、これは何でしょうね」
「おう、何と言う宝石か分からんが実に綺麗なものだ」
「あんた、これペンダントにしてあげましょうね」
「ああ、それがいい。きっと物心がついたら喜ぶに違いない」
「ねえ、あんた名前はどうするの?」
「それはお前、桃太郎だろう。桃のような物の中にいたんだからな」
「そうね、強そうな名前だこと。元気に育って欲しいわね」