第1部 第6話
「部活紹介は、基本的に去年と一緒でいいかなー。
まず文化系の部活、それから体育会系。体育会系が先だと、どうしても文化系が地味に見えるから」
広げられたノートに、月島君が文字を書いていく。
一つ一つ丁寧に並べられた綺麗なそれは、まるで習字の手本のようだ。
「その中でも順番を決めないとね。
まあ、うちは文化系の部活も体育会系の部活も3つずつしかないけど」
「・・・」
「文化系のトップバッターは去年家庭科部だったから、
今年は別のところがいいな。体育会系のラストは一番派手なバスケ部にお願いしよう」
「・・・」
「あ、場所は体育館でいいよね?去年もそうだったし、一番準備がしやすいし」
「・・・」
「どう思う?桜子」
月島君はTHE・優等生な笑顔でノートから顔を上げた。
昨日の夜、男子寮からフラフラと戻った私は、「夢なら一晩寝れば覚めるはず」と自分に言い聞かせて頑張って寝たけど、目が覚めても夢は覚めていなかった(ややこしい)。
しかもこの夢、ちゃんと昨日の続きになっていて、月島君は約束通り放課後に私の教室へやってきた。
そして宣言通り私のことを桜子と呼び、敬語もやめている。それはもう見事なぐらい自然で、ずっと前からそうだったかのように。
つまり。
私と月島君は、「そーゆーこと」になったらしい。
「はぁ」
「どうして私、月島君と付き合うことになっちゃんったんだろう。あんなこと言わなきゃよかった。でも、自分の言葉に責任持てと言われれば確かにその通りだし」
「・・・ちょっと。私の心を勝手に読むの、やめてくれる?」
「心を読んだんじゃない。顔に書かれてある文字を読んだだけだよ」
クールなのかお茶目なのか良く分からない月島君が、真面目な顔をして答える。
これだ。みんなこの優等生面に騙されてるんだ。
実はとんでもない詐欺師なのに!
「人聞きの悪いこと言うなよな。俺、騙してないし」
「私は騙された!」
「勝手にそう思ってれば?よし、次は『面倒見役』の新しい名前を考えよう。英語だとどうなる?」
「babysitter」
「違うだろ。ヘルパー、アシスタント、マネージャー、アドバイザー・・・うーん、なんか違うな」
「月島君て英語の発音下手ね」
「うるさい。なんかこう、新入生が親しみを持てるような名前がいいんだけど、なんかない?」
へいへい。
考えればいいんでしょ、考えれば。
私は両手で頬杖をついて、向かいに座っている月島君のサラサラと揺れる綺麗な前髪を見た。
だって真正面から人の目を見るなんて、なんか恥ずかしい。
向かいに座らないんで欲しいですけど。
「無理にちゃんとした英語使わなくていいんじゃない?ミニ・ティーチャーとかどう?」
「嫌だ」
「じゃあ、リトル・ティーチャー」
「それも嫌だ。ティーチャーっていうのがなんか嫌」
「贅沢ね。じゃあこの制度の名前を『リトル・ティーチ制』にして、面倒見役のことはリトルと呼ぶ、でどう?」
月島君は返事をする代わりに目で笑った。
お気に召したらしい。難しい王子様だ。
「ついでに言わせてもらうと、部活紹介の順番、ちょっと考え直した方がいいわよ」
「どうして?」
「基本的には文化系が先・体育会系が後で良いと思うけど、全部のラストは演劇部がいいんじゃない?演劇部って毎年演劇をするでしょ?」
「そっか。演劇見た後ってなんかフワフワした気分になるもんな。
その後の部活紹介なんて集中して見れないだろうから、演劇部は最後にしよう」
ノートの中に訂正線が引かれ、
文字列の最後に「演劇部」とい文字が加わる。
その後も私と月島君は、かなり細かく部活紹介について打ち合わせた。
演劇部以外の文化系の部活(家庭科部と歴史研究部)には、今年から何かを展示してもらうようにお願いする、という大きなことから、新入生の席、部活紹介をする在校生の待ち場所、最初と最後の挨拶、といった小さなことまで。
月島君のノートはゆうに3ページは文字で埋まった。
「ふう、今日はこれくらいにしようか」
「そうね、結構頑張ったわね」
本当に頑張った。
本気で頑張ってしまった。
こんなに一生懸命何かの企画を考えるなんて、現実の仕事でもしたことがない。
まだ部活紹介を成功させたわけでもないのに、すごい達成感だ。
月島君はノートを閉じて、右手を軽く振った。小指側の肌がシャーペンで真っ黒になっている。
「明日、早速家庭科部と歴史研究部へ行って展示品のお願いをしないと。
あ、そうだ。俺、当日は自分の部活紹介があるから、司会進行は桜子ね」
「はあ?何言ってるの?ていうか、自分の部活紹介って何?
月島君、生徒会やってるじゃない。生徒会やってる生徒は、部活は免除されるでしょ」
「生徒会なんて、成績トップの生徒が強制的にやらされてるだけじゃん。俺は自分がやりたい部活もやってるの」
「何?」
「バレーボール部」
・・・意外だ。
いかにも歴史研究部って顔してるくせに体育会系だなんて。
「桜子みたいにずっと生徒会じゃ、つまらないでしょ」
「掛け持ちなんて面倒よ。・・・あれ?どうして私が中等部の時も生徒会やってたって知ってるの?」
月島君が入学してきたのは去年だ。
私の中等部時代なんて知ってるはずがない。
私が首を傾げていると、月島君は「当たり前だろ」という顔をした。
「好きな人のことくらい、なんでも知ってるよ」
・・・そんなストレートな。
それから月島君は、本当に「なんでも知ってる」ことを証明し始めた。
「本竜桜子、15歳。誕生日は3月19日、魚座のA型。身長167センチ。体重は、」
「体重は!?」
「知らない」
良かった・・・。
「って、どうしてそんな私のデータ知ってるの?」
「聞いても無いのに、湊さんが教えてくれたから」
湊さん?ああ、アメリカに行っちゃった柵木君のことか。
柵木君って、いっつも月島君にちょっかいかけてたもんね。
月島君はそんな柵木君を「うっとうしい先輩だ」と思いながらも好いてたみたいだ。
私は月島君のことはよく知らなかったけど、柵木君と月島君がじゃれ合ってるのは良く見てたんだっけ。
そして月島君のことを「案外面白い子なんだな」とも思ってた。
そんな昔の記憶が蘇ってくる。
月島君が口を尖らせ、柵木君の口真似をした。
「『お前、よく本竜のこと見てるよな?好きなのか?好きなんだろ?
千円払ったら本竜のこと教えてやるよ』って。もちろんお金なんか払ってないけど、
結局湊さん、勝手にペラペラ桜子のこと話すから、覚えた」
「・・・私のこと、よく見てたんだ?」
「うーん、どうなんだろう。自分じゃ分からないけど、無意識に見てたのかも。
誰かを好きになったらそんなもんじゃない?」
月島君の辞書に「照れ」という文字はないらしい。
恋愛の話なんて、ましてや自分に関する恋愛話なんて、恥ずかしくてとてもじゃないけど口にできない私だけど、月島君の超・直球が私の羞恥心をさらって行く。
「どうして私のことなんか、好きになったの?」
「それも分からない。でも最初はやっぱり見た目かな。桜子、綺麗だから」
「でも、それだけじゃ月島君は人を好きになったりしないでしょ?」
「もちろん。それに桜子は綺麗過ぎて近寄り難いオーラ発してたし」
28年間、耳にタコができるくらい聞いた言葉だ。
「だけど桜子、湊さんと仲が良かったでしょ?」
「うん」
「湊さんて、馬鹿だしスケベだし情けない人だけど、人を見る目はあると思う」
「・・・すごい言いようね」
「本当のことだから仕方ないでしょ。でも、その湊さんが仲良くしてるんだから、本竜先輩って見た目とは違う人なのかなって思って気にしてたら、いつの間にか好きになってた」
「・・・」
「桜子は見た目は冷たそうだけど、実は中身は結構熱いし面白いよね」
「・・・そんなこと、初めて言われた」
「そうなの?周りに見る目がない奴ばっかりだったんだね。でも湊さんはそう思ってたと思うけど?」
月島君は当たり前のようにそう言うと、「行こうか」と笑顔で立ち上がった。