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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第5部 第9話

今回の喧嘩の場合、「答えが出ない」イコール「私の負け」だ。だってこのまま門野さんへの返事を保留し続ければ、いずれは誘い自体なくなるだろうから。


せっかくのチャンスを逃して欲しくない。


だけどそう思う一方で、時間が経つにつれ私は少し後悔もしていた。聖が会社勤めをしても、会社を辞めて演劇をすると決断しても、私はそれを見守るんだって決めたのに、ここにきて結局私は自分の要求を聖に押し付けている。それが聖の為だと思うからこそ、そうしてはいるんだけど・・・聖はそれを望んでいない。


マユミちゃんの聖に対する「好き」に違和感を覚えておきながら、結局私の「好き」もマユミちゃんと同じだ。

こんなんじゃ、聖とマユミちゃんが離れ離れになったように、私と聖も何かがキッカケで離れて行くことになるかもしれない。


だけど私とマユミちゃんには決定的な違いがある。

それは私が既に聖の妻だということだ。

私と聖は夫婦なのだから、協力し合って生きていかなくてはならない。自分のしたいことだけをする訳にはいかないし、言うべきことは言わなくてはならない。


だから私には、聖に口出しする権利がある。

私は間違っていない。

そう、後悔する必要なんかない。間違ってないんだから。



「じゃあ、どうして実家に戻ってきたの?」


ママが澄ました顔でシチューを優雅にかき混ぜながら(我が母ならがら、シチューが似合うな)、新婚早々出戻ってきた娘に訊ねてきた。


「シチューだったら、1人くらい増えてもいいでしょ」

「そういう問題じゃないわよ。全くもう」


そう言いながらも、ママはテーブルにフォークとスプーンを3セット用意してくれた。


「聖君の夕食は準備してきた?」

「・・・ううん」

「じゃあ聖君もうちに呼びましょう。シチューだから、1人くらい増えてもいいでしょ」

「まぜっかえさないでよ」


それにそれじゃ、出戻りの意味ないし。


・・・そう、私は大学でのバイトを終えた後、マンションには帰らず、そのまま実家に帰って来てしまったのだ。

だって、今聖と顔を合わせても口うるさくなってしまうのは目に見えてる。ただでさえ昨日は2人とも寝てなくてまともな思考ができないのに、今日また同じ話の繰り返しじゃ、聖もいい加減嫌気がさすだろう。嫌気がさすだけならいいけど、それで私のことを嫌になられるのが怖い。


私も自分の考えを整理する時間が欲しかった。

だからちょっと距離を置こうと思ったのだ。


・・・でもママの言う通り、このままじゃ「愛妻弁当配達」はできないから聖は夕食がない。

子供じゃないんだから、自分で適当になんとかするだろうけど・・・


結婚生活に慣れてくると「私がいないと聖は夕食が食べれない」なんて馬鹿げた妄想に取り付かれてしまう。

私がいなくたって聖はきっと全然平気なのに。


勝手に家出したくせに落ち込んでるのは、私の方だ。


「はあ」

「ため息なんかつくくらいなら、帰ったらどうだ」


驚いて振り向くと、パパがリビングの入り口に立っていた。


「あら、あなた。お帰りなさい。早かったのね」

「今日は学会だったから、診察は他の医者に任せたんだ。なんだ、珍しく桜子から『今日は実家に泊まります』なんてメールが来たと思ったら、喧嘩して家出してきたのか」

「・・・」

「聖君に何も言わず出てきたのか?心配してるだろうから、連絡ぐらいしておいてあげなさい」


別に心配はしてないと思う。私の行き先なんて実家以外ないから。


私は壁に掛けられた振り子が揺れるクラシカルな時計を見た。午後8時。いつもならそろそろこまわりでお弁当を都築さんに預けている時間だ。今頃聖は、私が来ないことを不思議に思っているかもしれない。


「せっかく結婚してもらえたのに、そんなのだと愛想をつかされるぞ」


パパはネクタイを少し緩めて私が寝そべっているソファの向かいに腰を下ろした。

が、それと同時に私は身を起こした。今の台詞は聞き捨てならない。


「ちょっとパパ。『結婚してもらえた』のは聖の方でしょ」


実際には、マユミちゃんに怪我をさせたことで落ち込んでいた聖の心の隙間に入り込み「結婚してもらえた」のは私の方で、聖は私の誘いに乗っただけだから、パパの台詞は正解なのだけど、そんな細かい事情は誰も知らない。だから周りの目には、親と絶縁状態だった聖の方が「結婚してもらえた」と映ると思う。


だけど天邪鬼な私はそんなことを正直にパパに言えるはずもなく。


ところがパパは「何を言ってるんだ」と苦笑いした。


「長年の夢がようやく叶ったんじゃないか」

「な、長年の夢?何よ、それ」


私は顔が赤らむのを隠すように再びソファーに寝そべって顔を埋めた。

まさかパパ、私が高校時代からずっと聖のことを好きなのに気付いてたとか・・・?そんな、「私」に限って親に恋心を気付かれるようなことはしてないはず!そうよね!?昔の私!


だけどパパの言う「長年」は私の予想を遥かに越えた物だった。


「約20年越しの夢を『長年の夢』と言わずしてなんと言うんだ?」

「20年?」


今私28歳、じゃなかった22歳よ?20年前って、まだ2,3歳じゃない。「20年越しの夢」だなんて意味が分からない。


私がソファから顔を上げて不審がっていると、ママがダイニングテーブルにシチューの入ったお皿を運びながら懐かしそうにこう言った。


「そうよねぇ。あの時は私も、まさか桜子の希望通り本当に2人が結婚するとは思わなかったわ」

「私の希望通り?」


ますます訳が分からない。私の希望通りって、それじゃまるで私が聖との結婚を望んだみたいじゃない。そんなこと、ある訳ない。だって私はずっと聖が嫌いだった。そりゃ本当に小さな子供の頃はそんなこともなかった気がするけど・・・。


その時、私の記憶の片隅で何かがチカチカと光った。


それはとても小さな光で、だけどそれでいてどうやっても消すことのできない強い光で。


なんだろう、何か思い出しそうだ。

何か凄く大切なことを忘れている気がする。


「なんだ、覚えていないのか?」


パパが呆れながらダイニングテーブルに移動する。

私は慌ててパパの後を追った。


「パパ、20年前って何?私、何を望んだの?」


パパがテーブルの前で立ち止まって、私を振り返る。


「覚えてないのに、聖君と結婚しようと思ったのか?」

「え?」

「まあ、2人は結婚する運命だったということか。聖君の方は覚えていたみたいだがな」

「え?」


パパは椅子に腰掛けると、何かを懐かしむような目でこう言った。


「桜子は20年前、聖君に『大きくなったら、結婚しようね』と言ったんだよ」





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