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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第1部 第5話

「なんだ。覚えてたんですね」


月島君は、焦るでもなく照れるでもなく、そう言った。


「ごめんね。バタバタしてたから返事できなかった」


まさか忘れてたとも言えないし。

だけど月島君は素直に「そうですね」とは言わなかった。

「そうですね」の代わりに・・・


「そうですか?」

「・・・」

「バタバタなんかしてました?普通に学校に戻っただけだと思いますけど」

「・・・」

「まあ確かに、先輩ちょっと変でしたけど」

「・・・」


どこまでも可愛げのない子だ。


待て待て。

実年齢では私とこの月島君は倍も違う。こんな子供のペースにはまってどうする。


そう、私は大人なんだ。13歳の月島君を振るには「大人の配慮」ってやつが必要だ。

月島君がこれからまた新しい恋愛をしようと思えるように。

だけどそれなりに失恋の痛手を味わえるように。


私はこれが夢だということも忘れて、頭をフル回転させた。


どんな言葉をで振るのが理想的だろう?

少なくとも、12年前に実際に私がした返事は有り得ない。だって、あの時空港で私は・・・


「何考え込んでるんですか。本竜先輩なら『そう』って言って流すと思ってたのに」

「・・・」


図星だ。12年前、私は確かにそう言った。

「俺、先輩のこと好きなんですよね」と言った月島君に対して「そう」と。


月島君の告白は、告白というより報告に近かった。「好きだから付き合って欲しい」というような「告白」ではなく、「自分は先輩を好きだ」というただの「報告」。

だから告白なんかされ慣れていない16歳の私は「そう」とだけ答えた。

報告を受けた者としては、その内容をただ聞くしかない。


だけど12年前のあの時、私は正直「助かった」と思った。

もし月島君が「報告」ではなく「告白」してきたら、私は困っていたと思う。

私は誰とも付き合う気なんてない。

だから月島君のことは振るしかない。

でも誰かを振るなんて、私にはとても気の重い仕事で・・・


今思えば、月島君はそんな私の考えを分かっていたのかもしれない。

だから敢えて「報告」にしておいてくれたんじゃないだろうか。

そして私は月島君の予想通りそれを「そう」と流した。月島君もそれ以上何も言わず、もちろん私を部活紹介の手伝いに誘ったりしなかった。

でも、今日は私が流す以前に返事することすら忘れていたから、月島君は思い切って私を部活紹介の手伝いに誘ったのだろう。


そんな月島君に、私も真摯な態度で返事をしなくちゃいけない。

例え振るにしても。

それが「大人」だ。


「あ、あのね、つきし、」

「無理しなくていいですよ」

「え?」


月島君が欠伸を噛み殺しながら言う。


「俺、何か返事を貰おうと思ってた訳じゃないから」

「でも・・・じゃあどうして告白したの?」

「別に。思ってること言っただけです」

「・・・」


私に気を使ってくれてるのよ・・・ね?

うーん、どうだろう。怪しいな。

実はこれが月島君の本音なのかな。

よく分からない。


「先輩は誰のことも好きじゃないでしょう。俺分かってるから、無理して何か言おうとしなくていいですよ」

「う、うん」


機嫌が回復し、まるで私を諭すように話す月島君。

どっちが年上なんだか分かりゃしない。


だから。これじゃダメなんだって。


巡回にきた寮の警備員さんが、男子寮の入り口で話し込む私たちに冷やかすような視線を投げてきた。

若いねー、とか思ってるんだろうけど、私の実年齢はあんたより上よ、きっと。

さっさと仕事に戻りなさい。


余計な思考へ逃げようとする脳を必死に呼び戻し、私は月島君になんと言うか考えた。


『月島君にはもっと相応しい人がいるよ』

『3つも年上の女なんかやめときなさい』

『初恋は片思いで終わらせたほうがいいのよ』


うーん。どれもいまいち。

もっとストレートなのはどうだろう。


『月島君のこと、恋愛対象として見たことがないの』

『私、許婚がいるの』


ダメだ。全然大人な答えになってない。

もっと月島君の心に響くような、意外なことを言いたい。


「じゃ、おやすみなさい」


警備員の視線をやりすごした月島君が、背伸びをする。


え?行っちゃうの?

待ってよ。


「明日の放課後から、部活紹介と面倒見役の打ち合わせをしましょう」

「う、ん」


待って、待って。

今、考えてるから。


「面倒見役って名前、嫌ですね。何かかっこいい名前考えないと」


そう。考えないと。

大人な答え。

意外な答え。

月島君が「おっ」と思うような。


「じゃあ」


月島君はなんの未練もない様子で私に背を向け、寮の入り口に向かって歩き出した。

足取りも至って普通だ。


このままじゃ、本当に行っちゃう!


「待って!」


思わず声が大きくなる。

月島君は足を止めて驚いたように振り向いたけど、それは私に呼び止められたからではなく、ただ私の大きな声に驚いただけみたいだ。


「なんですか?」

「えっと・・・」


何か言わなきゃ。

何か、凄いことを。


「私、」

「はい」

「・・・いいよ!」

「はい?」

「月島君と付き合ってもいいよ」


月島君が目を見開く。


やった!大成功!


じゃなくって!

何言ってる、私!

こんなこと言って驚かせてどうする!


い、いや、頭のいい月島君のことだ。

きっと「何言ってるんですか」とか「無理しなくていいですよ」とか言ってくれるはず。

ねえ?月島君?


「何言ってるんですか」


ほら!さすが、月島君!


私はしおらしく「だって・・・」という表情をした。

我ながら気持ち悪いけど、仕方がない。

これで月島君がもう一度「おやすみなさい」と言ってくれれば、それで終わりだ。

ちょっと予定が狂っちゃったけど、まあいいや。


ところが。


寮の入り口にある外灯の光の中、月島君はしばらくポカンと私を見つめた後、急にニヤリと目で笑った。

昼間に私を部活紹介の準備に巻き込んだ時と同じ目だ。


な、何よ。何なのよ。


「本竜先輩」

「は、はい」

「自分の言葉に責任持ってくださいね」

「えっ」

「取り消しは無しですから」

「えっ」

「じゃ、そーゆーことで」

「えっ」


月島君は再び私に背を向け、歩き出した。

ちょっと待って。

そーゆーことってどーゆーこと?


・・・まさか。

まさか、まさか。


「あ、そうだ」


月島君が寮の扉に手を掛けながら、忘れてた、というような声を出した。


「明日からは先輩のこと、桜子って呼びますよ。敬語もなし。いいですね?」

「・・・」


声とは裏腹に、寮の扉に映った「してやったり」という月島君の顔を、私は一生忘れないだろう。






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