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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第4部 第15話

約束の日、私は例の赤いスポーツカーでノエルがナツミさんと滞在しているホテルへ向かった。昔はノエルとのデートと言えばかわいらしい格好ばかりしていたけど、今日は黄色いポロシャツにジーンズ、それにブーツだ。長時間、車を運転するんだから、フリフリした格好じゃやりにくい。

見た目より機能性。私、すっかり「女の子」を卒業しちゃったなあ。聖のせいなんだから。そんなことを実年齢(28歳)を忘れて考える。


私はホテルの玄関に車を止め、日本語ができるホテルマンに「すぐに戻りますから」と言ってハザードをたいて車を離れた。2枚扉になっている円筒型の自動ドアをくぐりホテルのロビーを見渡す。


いた。


ロビーのソファに足を組んで座っているノエルを私はすぐに見つけた。

ノエルの格好も私と大差ないカジュアルなものだ。だけどノエルはどこか目立つ。人目を惹くというか、オーラがあるというか。


ノエルは大物になる。


何故か私は突然そう確信した。

海光時代からその予兆はあったけど、今はそれはもう予兆ではなく確信だ。


そのオーラに気圧されて気付かなかった、という訳でもないだろうけど、私はノエルの隣に座っている女の子に最初気付かなかった。気付くことができたのは、その女の子が私をじっと睨んでいたからだ。

ナツミさんといいこの女の子といい、昨日からよく睨まれる。


ノエルも私に気がつき、私と女の子を交互に見て気まずそうな顔をした。


この女の子、ノエルの愛人なのかな。妻と一緒に泊まってるホテルに愛人を呼ぶなんて、ノエルってば大胆。なんてバカバカしいことを妄想しながら私は2人に近づいた。


距離が縮まるにつれ、女の子の容姿がはっきりしてくる。

小柄なナツミさんとは違ってスラッと背が高く、明るい髪はさらさらのストレートで背中の真ん中くらいまである。そんな髪型と少し不釣合いな分厚い前髪の下から覗いているのは目尻がちょっと上がったクリッとした目だ。


なかなかの美人。ナツミさんが子犬系ならこの子は子猫系だ。


子猫・・・猫?


私の頭の中を黒猫が横切り、

思わず足が止まりそうになった。


この顔、この目。

髪型こそ変わっているけど間違いない。


お嬢様だ。

聖の・・・彼女だ。


世界がひっくり返るような感覚。

どうして?どうしてお嬢様がここにいるの?どうしてノエルの隣に座っているの?


私は反射的に動揺を見せてはいけない気がして、一生懸命笑顔を保ったまま2人へ向かって歩き続けた。


そう。動揺してはいけない。お嬢様は私のことなんて、私と聖のことなんて、何も知らないはずだ。だから私もお嬢様のことを知らない振りをしておいた方がいい。


でも、それじゃあどうしてお嬢様は私を睨んでいるの?


考えがまとまらないうちに、私はついに2人の所へ辿り着いてしまった。必死に動揺を隠し、笑顔を作ってさっきまで考えてたことをわざと軽く口にする。


「お待たせ、ノエル。そちらは?ノエルの彼女?」

「あのな・・・俺、結婚してるって。奥さんは紹介しただろ?」

「そう言えばそうだったわね」

「これは、奥さんの妹だよ」


ナツミさんの妹?


待って。待ってよ・・・。訳分かんない。頭が混乱する。


お嬢様がナツミさんの妹。つまり、お嬢様はノエルの義妹。

そしてそのお嬢様の元彼である聖と、ノエルの元カノである私が夫婦。


え。だからどういうこと?お嬢様は私と聖が結婚してることは知ってるの?

えっと、私と聖のことを知ってるのは・・・?

ノエルは知ってる、いや、知らない。私が結婚してることは一昨日話したけど、聖のことは一言も話していない。「伴野」という名前も口にしていなかったと思う。ナツミさんも同じだ。


ということは、お嬢様は私と聖が結婚してることは知らない。私と聖に繋がりがあることも。


ようやく少し心に余裕が出てきた。お嬢様が私を睨んでいるのは、義兄の元カノに対する警戒心からだろう。


それにしても物凄い偶然。世間は狭いとはよく言ったものだ。そう言えば一昨日ナツミさんに会ったとき、私はナツミさんをどこかで見たことがあると思った。あれはナツミさんの中にお嬢様の面影を見つけたからなのかもしれない。


私は神様の悪戯としか思えない出来事に、笑い出しそうにさえなってしまった。


「寺脇マユミだ」


ノエルがお嬢様をそう紹介する。

寺脇マユミ。

マユミっていうんだ。初めてお嬢様の名前を知った。


「初めまして。マユミちゃんって呼んでいいかしら?私は、」

「桜子さん、ですよね?」


トゲのある声でマユミちゃんがそう言うと、ノエルはうんざりしたようにため息をついた。


「ナツミに聞いたんだな?・・・そう、この人が本竜桜子さんだ。今は、なんて苗字なんだ?」


それ、いきなり聞く?

まさか「忘れました」とも言えず、私は正直に言うことにした。


「伴野よ。伴野桜子。でも、大学ではずっと本竜のままでいくつもりだし、どっちで呼んでくれてもいいわ」


だから苗字は早く忘れて。そう願ったけど、マユミちゃんは「伴野」という名前に顕著に反応した。聖のことだと分かったのだろうか。そんなに珍しい名前でもないけど・・・


「大学っていっても、もう卒業だろ?」


私の必死の願いが通じたのか、ノエルの興味が逸れる。


「私、医学部だから後2年あるの」

「あ、そうか」


マユミちゃんはしばらくじっと堪えるように私とノエルの会話を聞いていたけど、思い直したのか会話に入ってきた。


「じゃあ、桜子さんってお呼びしていいですか?」

「ええ、もちろん」


ノエルが肩をすくめる。でもそれだけで、ノエルが私に何を伝えようとしているのかは容易に分かった。多分マユミちゃんは、義兄が元カノと会うことを心配して、姉の代わりにノエルを見張っているつもりなのだろう。しかもその元カノはマユミちゃん自身の彼氏も奪ったのだから、私はつくづく寺脇シスターズに酷い仕打ちをしていることになる。


私はせめてもと思い、こう提案してみた。


「それじゃあ、せっかくだからマユミちゃんも一緒に行きましょうよ」




キーッ!!!


ノエルとマユミちゃんを後部座席に押し込みアクセルを思い切り踏み込む。と、後ろで2人がひっくり返っているのがバックミラーで見えた。どうしたんだろう。


ノエルがいち早く身体を起こし、運転席の背もたれの横から顔を出してきた。


「さ、桜子!もうちょっと安全運転を・・・」

「だって、のんびりドライブしてたら、片道4時間はかかるわよ?任せて、片道2時間で行ってみせるから」


あれ。どうして2人とも青くなってるのかな。ま、いいや。

私は構わずアクセルを踏み続けた。一応、赤信号は止まったけど。


でも、ノエルは何故か私の運転の邪魔するようなことばかり言ってくる。


「桜子!さっき、今の苗字は伴野って言ってたよな?」


ちょっとアクセルを踏む足が緩む。


「・・・ええ」

「もしかして、伴野建設の伴野か?」

「!」


ノエルは聖とマユミちゃんのことを何も知らないらしい。

まずい。バックミラーを見ると、マユミちゃんは膝の上で握っている両手をじっと見ていた。

ええい、ままよ!


「そうよ。知ってるの?」

「知ってるも何も。俺が養子に入った寺脇っていうのは、寺脇コンツェルンのことだよ。寺脇建設の母体の寺脇コンツェルン」


寺脇建設?寺脇コンツェルン?

何それ?


ちょうど赤信号に引っかかりブレーキを踏むと、また後ろの2人がひっくり返った。


キキキーッ!!!


「桜子!!」

「ごめん、ごめん。少し急ブレーキだったかしら」

「少しじゃない!!」


ノエルが怒る。でも、今のちょっとした急ブレーキのお陰で以前聖が言っていたことを思い出した。寺脇建設というのは伴野建設のライバル会社で、聖の今回の出張は寺脇建設が行っているイベントを視察するためのものだ。

伴野建設の御曹司と寺脇建設の母体である寺脇コンツェルンの令嬢。

前に、聖が自分とマユミちゃんのことを「ロミオとジュリエットじゃあるまいし」と言っていたことが思い出される。


「うちとノエルのとこはライバル同士ってことね」

「みたいだな。あ、じゃあ昔桜子が言ってた許婚って、伴野家の人間のことだったのか?」

「ええ。すったもんだの末、結局もと鞘で、伴野と結婚したの」

「へえ。昔は向こうがごねてたんだったよな」

「そうそう。家業には興味ないって言ってね」

「でも、許婚の桜子と結婚したってことは、結局家業を継いだんだ?」

「継いだって言っても、三男坊だから、社長になれる訳じゃないけどね。まあ、いいとこ副社長か専務くらいじゃないかしら」


注意深く「聖」という言葉を使わず会話を進める。でも、さすがにマユミちゃんももう気付いているだろう。バックミラーでこっそり見てみたけど、マユミちゃんは顔を伏せたままなのでその表情は分からない。


私は心の中で「ごめんね」とマユミちゃんに手を合わせ、再び意識を運転に戻した。





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