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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第4部 第12話

私を苦しめるためにアメリカに連れて行く。


聖の言葉の真意を知らされないまま、私は聖と一緒に区役所で戸籍謄本を取り、パスポートセンターへ向かった。

聖もその意味を説明するつもりはないらしく、無言のままだ。


以前の私たちなら―――1度目の結婚の時のことではなく、10日前の私たちなら、ここで無言のままだっただろう。

だけどあれから私たちの間で何かが変わった。

夫婦でも思い遣りは必要だ。でも夫婦だからこそ遠慮は要らない。


「ねえ、私を苦しめるってどういうこと?」

「・・・」

「どうしてアメリカで私が苦しむの?」

「俺が忘れたと思ってるのか?」

「え?」


質問したつもりが逆に質問を返されてしまい、戸惑う。

何?聖は一体何を覚えてるっていうの?


「私、聖に何かした?」

「ああ。したっていうか、言った」

「いつ、何を?」

「高校を卒業した直後」


やばい、と思った。私は高3の秋から大学4年の春に「飛んだ」から、その間の記憶がない。日記はあるけど、聖といつどんな話をしたかまでは書いていなかった。


「正確には高校3年の春休み。の、3月19日」

「それって・・・」

「桜子の18歳の誕生日」


ダメだ。覚えてない、というか知らない。

いっそ、正直に話してしまおうか。でもその前に、当時私が聖に何を言ったのか知りたい。


「・・・ごめん、覚えてないわ」


はあ、と。呆れたようなため息。


「酷い奴だな。俺、それなりにショック受けてたんだけど」

「ショック?」

「一応とはいえ婚約者に『好きな人がいるの』って言われたら、ちょっとはショックだろ」


高校3年生。誕生日。好きな人。


一つ一つのピースが集まり、パズルが完成していく。そして最後のピースが納まった時、私は全てを思い出した。

聖に話した時のことはもちろん思い出せない。でも、何を話したのかは分かった。

そして、その大事な内容自体を忘れていたことも。


「・・・自由の女神?」

「そう。好きな男と、桜子の22歳の誕生日にニューヨークの自由の女神の前で再会してやり直すって約束したんだろ?」

「・・・」

「よく婚約者にそんなこと嬉しそうに話せるな、って呆れたもんだぜ」


嬉しそうに・・・ではないだろう。その頃には、きっと私は自分の本当の気持ちに気づいていた。でもそれを聖に気付かれないように、そしてもしかしたら自分自身も気付いていない振りをするために、わざと聖にあの約束のことを話したんだ。


私は心の中で、最後のピースを見つめた。

それには文字が書かれている。


『ノエル』と。


「もしかして約束したこと自体、忘れたのか?」

「・・・うん」


得たいの知れない虚無感が襲ってくる。

あんなに大事にしていた約束を、私はいつどこで落としてきたのだろう。聖に言われなければ、一生忘れていたかもしれない。

約束を言い出したのは私。「許婚なんて関係ない」と言いながらノエルと付き合い、結局聖に惹かれたのも私。そしてノエルとやり直したくて約束にすがりついたのも私。


それなのに・・・

なんて無情で冷徹な人間なんだろう、私は。


パスポートセンターの順番待ちの列が短くなっていく。

次の次が私たちだ。


「・・・聖は覚えてたんだ?」

「だからそれなりにショックだったんだって。それに・・・」

「それに?」

「もしかしたら、その頃には俺は桜子と結婚してるかもしれないと思った。だから、桜子にその男との約束を果たさせてやるには、22歳の誕生日に桜子をアメリカに連れて行ってやらないと、とも思った」

「・・・」

「もちろん『約束を果たさせてやる』っていうのは、再会までの話だぞ。桜子が苦しむことになっても、やり直すってのは認めん」


聖はそう言ってそっぽを向いた。耳が少し赤い。

そしてそんな聖を見ているうちに、私の心は少しずつほぐれていった。


不思議。聖ってどうしてこんなに簡単に私を立ち直らせることができるんだろう。魔法みたいだ。

私はいつの間にか笑っていた。


「認めん、って。ふふふ、聖って自分の娘を『嫁にはやらん!』って言うタイプよね」

「・・・」

「やっぱり亭主関白だわ。聖は間違いなく伴野のおじ様の息子ね」


聖が本当に嫌そうに顔をしかめる。


「それ、俺にとって最高に侮辱的な言葉だぞ」

「ふふふ」

「それに親父はああ見えて恐妻家だ」

「え?そうなの?」

「ああ。人前ではお袋を従わせてるみたいにみせてるけど、家では頭が上がらないんだ。洗濯物をたたむのは親父の仕事」

「ええ?あはははは」

「だから、俺も洗濯物くらいならたたんでやる」

「あははは、じゃあお願いするわ。ははは・・・」


私は両手で顔を覆って笑った。笑いすぎて涙が出てきた。


そしてその笑いの中で、私は決めた。

アメリカへ行こう、と。


「15番でお待ちの伴野様」

「はい。桜子、いつまで笑ってんだ。行くぞ」

「ふふふ、はい」


アメリカへ行こう。

ノエルは約束のことなんて覚えていないかもしれない。覚えていても、4年以上も前の約束を果たすためにわざわざアメリカになんて来ないかもしれない。

それでも私はアメリカに行くんだ。ノエルに待ちぼうけを食らわせるくらいなら、私が待ちぼうけた方がいい。

そしてもしノエルに会うことができたらこう言おう。


私、今凄く幸せだよ、と。


ノエルは怒るだろうか。それとも喜んでくれるだろうか。

怒られたら許してくれるまで何度でも謝ろう。喜んでくれたら私もノエルの今を喜ぼう。


それからたくさん話をして・・・最後は笑顔で「またね。日本でも会おうね」と手を振って別れよう。

昔読んだ小説のラストとは全然違うけど、あの主人公たち以上に私たちは幸せになるんだ。



「聖」

「ん」


パスポートセンターを出て半歩前を歩く聖に呼びかけると、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。まだ照れてるようだ。


私は構わず聖の腕を取り、意地悪を言ってみる。


「もし私が彼と寄りを戻したらどうする?」

「だからそんなの認めないって」

「どうして?」

「どうしてって・・・桜子は俺の妻だろ。だから認めないんだよ。俺、自分の持ち物を盗られるのすげー嫌だから」


わざとらしい子供の振りの裏に聖の本心が見え隠れする。

だけど今はまだそれを見つけないでおこう。


いつか、聖がきちんと見せてくれるその日まで。






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