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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第4部 第9話

引っ越しはすぐに終わった。聖も私も前の家から持ってきたのは服や日用品だけで、家具と家電は全て新品だから当然だけど。特に聖の荷物は驚くほど少なかった。多分、彼女を思い出させるような物は全て処分してきたのだろう。なんて潔い男なのか。


「私もあっさり捨てられないように頑張らないと」

「ん?なんか言ったか?」


ベッドの下に衣装ケースを押し込んでいた聖が顔を上げる。


「ううん。ああ、お腹すいた!もう3時よ。何か食べよう」

「そう言やそうだな」


11時に家具と家電が届いて、その受け入れや設置をしていたらもうこんな時間だ。朝から働き詰めでさすがに疲れてきた。ベッドの上に乗って小窓にカーテンをつけていた私は、ベッドからポンと飛び下りた。が、すぐにベッドの上に戻される。


「・・・ちょっと。まだ3時よ」

「さっき、もう3時だっつったろ」


それは昼ご飯の時間としてはってことだ。


「昼寝の時間にも最適だぞ」

「あ、そう。じゃあ寝れば」

「一緒にな」


お嬢様のことを話題に出してやろうか。いや、この男はもうそんなことじゃめげないだろう。

強いわけじゃない。演じることは聖の特技だから。


聖が私に弱いところを見せたのは、病院から戻ってきたあの朝・・・正確には、私と寝るまでのわずか数十分だけだ。それからは私の逆プロポーズをあっさり受け、駆け足で結婚話を進めてきた。そして今こうしてまた私を抱こうとしている。

今夜からは一緒にこのベッドで過ごすのだからそうなるのは当たり前だとは思ってたけど、「もう?」という感は否めない。

これも彼女のことを忘れるためなのか、単にやりたいだけなのか。

本当によく分からない男だ。

でも、そんな男に抵抗しない私もよく分からない女だ。


私が力を抜くと、聖は「ヤッタ」とばかりに私の身体に指を這わし始める。

その感触がまた眩暈を呼ぶ。


だけど、今回はなんだか変だ。今回は、というよりこんなのは初めてだ。

なんか、頭がボーっとする。


「気持ち、いいんだろ?」


そう言う聖の声もどこか切羽詰ってる。

私は何も答えられずにいた。認めるのが恥ずかしいし、声も出ない。

でも、何の声も出ていなかった訳でもない。


・・・どうしよう。本当に気持ち良い。


前の結婚生活の時のは単なる動物的な性行為だった。それも子供を作る為でも快感を求めるものでもなく・・・性欲処理。そんな言葉が一番しっくりくる。気持ち良くなんてなりたくなかった。そんなのなんだか屈辱的だ。だからただ何かにひたすら耐えていた。

だけど今は違う。お互い、自分が気持ち良くなりたいと思うと同時に、相手を気持ち良くしたいと思っている。その気持ちだけで気持ち良くなれる。声にもならない声が出る。


これがセックスというものなんだ。


私は迫り来る波に身を任せ、途方もなく広く深い海を浮き沈みしながらユラユラと泳いだ。





「もー」


聖の服の下から体温計を抜き取り、私は不満全開な声を上げた。


「38.9度」

「子供ができなくなるな・・・」

「馬鹿」


そんなこと言ってる元気があれば問題ないだろう。だけど問題はそれだけじゃない。

私はベッドの中から床に手を伸ばし、散らばっている聖のパジャマ代わりのジャージを取り上げた。


「裸で寝るからよ!」

「いっつも裸で寝てても風邪なんか引かなかっただろ」

「もう12月なんだから、気をつけてよ!来月からは会社も始まるのよ?」

「へえへえ」


・・・こんなんで本当に会社人が務まるんだろうか・・・。


聖はジャージを着ながらぶつぶつと文句を言った。


「だいたい昨日から体調が悪かったんだ。それなのに桜子が襲ってくるから・・・」

「・・・」

「やらずに普通に寝てれば熱なんか出なかったっつーの」


人聞きの悪い。

でも「襲う」は言いすぎだけど、確かに・・・その・・・私から、だったのは確かだ。

だって、一緒に暮らし始めてから毎日だったのに(月のものが来てても聖はお構いなしだ!)、いきなり「今日はちょっと無理」とか言われたら不安になるじゃない!?特に私には空白の6年間があるんだから!


それに!


「昨日はクリスマスイブだったのよ!?」

「だから?」

「・・・聖の誕生日の前夜だったし」

「だから?」

「・・・だから・・・」

「素直に、したかったんだって言えよ」

「・・・」


そんなこと、口が裂けても言えない。

私は反撃すべく別の方向から聖を責めることにした。


「今日、入籍届けを出しに行く予定だったじゃない!」

「予定通り出せばいいじゃん。つーか、出してきて。俺、寝てる」


こ、この男は・・・!

ダメだ、落ち着け。怒ったら負けだ。聖がこういう男だと知ってて好きになったのも結婚したのも私なのだから。


ならば。


「分かった。入籍届けは今度にしよう。今日は聖の誕生日だけにしておくわ」

「どーゆー意味だよ」

「こーゆー意味よ」


私はクローゼットの奥から黒くてしっかりした小ぶりの紙袋を引っ張り出し、聖に渡した。聖はベッドに寝そべろうとしていたのを止めて、にやっとしながらそれを受け取る。なんか、小学生の悪ガキに見えるのは、寝起きで髪があちこちの方向に飛んでいるからなのか、風邪で頬が赤いからなのか。

笑える。


「おー。誕生日プレゼントか。気が利くな」


早速袋から紙製の箱を取り出す聖。だけど、縦5センチ・横10センチ・高さ5センチという微妙な大きさを見て首をひねった。


「アクセサリーにしてはデカイな。財布とかキーケースでもなさそうだし・・・なんだ、これ?」

「あけてみて」

「言われなくてそうするさ」


白いリボンが解かれ、袋とおそろいの黒い箱が開かれる。その中には更に箱。だけど今度の箱は紙ではなく、短い毛で覆われた高級感漂う箱だ。

聖が「ん?」という感じで箱を開く、と、その瞬間。カーテンの間から入ってくる朝日を受けて、その中の二つの波打つワッカが黄金色に輝いた。


「指輪・・・?」

「うん」

「なんで、2つ?」

「結婚指輪だもの。2つで1つでしょ」

「・・・」


得意げに話している私だけど、内心はドキドキだ。どうしてだろう?まさか今更結婚をやめるなんて言わないだろうから、指輪を拒否するはずなんてないのに・・・

これは、そうよ、サイズが合うか分からないからドキドキしてるだけよ。聖の指のサイズなんて知らずに買ったから、ちょっと心配でドキドキしてるだけよ。


だけど、金色の輪が聖の左手の薬指にすっぽりとおさまってもドキドキは止まらなかった。


「変わった指輪だな」

「う、うん。他の人と同じだったら嫌だから、シルバーじゃなくてゴールドにしてみた。デザインも波みたいにうねってて、珍しいし」

「ふーん」


まじまじと自分の左手を眺める聖。何を思っているんだろう。


と。

聖が急に手を眺めるのを止め、箱に入っているもう1つの指輪を取り出した。そしてそれを持ったまま両手で私の左手を握る。


「指輪が2つ入ってたから、こんな中途半端な大きさの箱だったんだな。なるほど」

「・・・」


聖の手が私の手を離れた時には、私の薬指にも聖と同じ指輪が付いていた。

心地良い重み。滑らかな波と黄金のコンビネーション。目を奪われてしまう。


「ゴツいデザインだから男の指には似合うけど、桜子の細い指にはちょっと意外な感じがするな」


私もそう思う。買った時は、聖の手のことばかり考えていたから、自分に似合うかどうかなんて気にしてる余裕はなかった。


一度離れた聖の手が戻ってくる。ただし今度は左手だけだ。

聖の左手が私の左手を持つ。

2つの指輪が重なり、波が1つになる。


まるで、そうなるよう運命付けられていたかのように。


この指輪は本当に2つで1つなんだ。


「でもこうやって見ると、いいもんだな」

「・・・うん」

「ありがとう」

「・・・うん」


ようやくドキドキがおさまった。

だけど今度は涙が止まらない。


自分で買った指輪をつけて泣くなんて、馬鹿みたい。


そう思ってみても涙は止まらない。

私はいつまでも聖の温かい左手を握り締めて泣いていた。







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