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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第4部 第6話

ぼやける視界の中、聖が動きを止めて一瞬苦しげな表情をした後、じっと私を見下ろしているのが分かった。

この光景、見たことがある。

あれは忘れもしない初夜のベッドの中。聖は「なんだ、こいつ処女かよ」と面倒臭そうな顔で私を見下ろしていた。あんなに屈辱的だったことはない。あんたの為に処女でいた訳じゃないわよ!たまたまこうなっただけよ!と言ってやりたかった。でも言えばますます自分が惨めになりそうだったし、それ以前に痛みで言葉が出なかった。

だけど今私の上にいる聖の表情は私の記憶とは違う。私を見て、不思議そうな顔をしている。


「なんで抵抗しなかった?」


分からない。聖は私の気持ちを知らないから疑問に思うのは当然だけど、私自身もよく分からない。いくら聖を好きと言っても、聖が私を彼女に見立てて抱いたのは明らかなのに・・・。


この涙は何なのだろう。


聖がドサッと私の上に身体を落とした。暖房もついていない寒い部屋の中で、汗ばむ聖の皮膚が心地よい。


「前も抵抗しなかったよな」


私は記憶を辿った。前のマンションで、聖が悪ふざけで私を押し倒した時のことを言っているのだろう。あの時は聖が本気じゃないのが分かってたから抵抗しなかった。でも今回は・・・抵抗しなければどうなるか分かっていた。それなにの私は抵抗しなかったんだ。


私が身体を反転させて聖の下から抜け出し背を向けると、聖は後ろから私を抱き締めた。こんなことされたのも初めてだ。

また眩暈が襲う。そしてその原因も次第に分かってきた。

快感だ。

聖に触れられると快感で気が遠くなりそうになる。


だけど私が聖の質問に答えられずにいるのは、眩暈のせいでも痛みのせいでもない。驚いていたからだ。

そもそも痛みなんて、ない。


聖も私に答えを期待している訳ではないらしく、思っていることを口にした。


「初めてじゃなかったんだな」

「・・・失礼ね」


ようやく声が出た。でも、気持ちとは裏腹だ。本当は私も「そうみたいね。私もビックリ!」と言いたいところだけど、さすがに言えない。


そう、私は処女じゃなかったのだ。


これは・・・どういうことなんだろう。時間は昔に戻っても、身体の中までは戻らないんだろうか。でも、それって不自然な気がする。見た目は若返っているのだから。


ということは・・・このやり直しの人生の中で私は誰かと寝た、ってこと?

誰と?ノエル?まさか・・・ノエルは中学生だった。

三浦君?ないない。

千葉先輩?私が錯乱したのなら有り得るかも。


とにかく心当たりが全くない。私の記憶がない高2の春~高3の夏、高3の秋~大学4年の春、のどこかの出来事なのだろう。そして日記にも書かれていなかったということは、前者の高2の春~高3の夏・・・?


じゃあやっぱり・・・。

・・・まさか、ね。


「どうした?」


聖が顔だけ上げて私を見る。穏やかで、ちょっと気の抜けたような表情だ。

よかった。さっきまでの茫然自失の状態からは脱したみたいだ。


「ううん、なんでもない・・・彼女のこと、これからどうするの?」

「どうしようもない」


再び聖が私の肩に顔を埋める。


「あいつの父親に、二度と会うなって言われた」

「だからって会わないの?聖らしくない」


聖の首が横に振れるのが分かった。


「なんで?俺らしいじゃん。相手の父親に反対されてまで会い続けるなんて面倒臭い。・・・ロミオとジュリエットじゃあるまいし」


ロミオとジュリエットとはまた大袈裟な例えだ。だけど聖の中ではきっと、それくらいの覚悟はあるのだろう。彼女のためなら死ねるほどの覚悟が。

だから聖の言葉は嘘だ。誰に反対されようとも聖は会いたければ会いに行く。

それなのに私を抱き、「どうしようもない」と言う。


「・・・我慢せずに会いに行けばいいじゃない」

「我慢なんて、」

「してる。どうして?自分が原因で、彼女が怪我をしたから?」


聖の鼓動が少し早くなる。図星らしい。

分かりやすいんだから。


少しいじめ過ぎたかと思い、もう一度身体を反転させて聖の背中に手を伸ばし、そっと抱き締めた。まだ汗でしっとりしていて、それがなんだか嬉しい。


これで会話の内容が聖の彼女のことでなければもっと嬉しいのに。

なら、彼女の話題なんか振らなきゃ良かったのに。


でも聞かずにはいられなかった。聖の正直な気持ちを。


「あいつ、ほんと馬鹿でさ。俺がどーゆー男か分かってるのに俺に付き纏うんだ」

「うん」

「あの怪我だって当然の結果だ。俺なんかと一緒にいたんだからな」

「うん」

「だから・・・俺なんかと一緒にいなけりゃ良かったんだ」

「・・・」


だんだん独り言のようになっていく聖の言葉を、私は聖を抱き締めたまま聞いた。


「顔の傷、一生残るんだってさ。女なのに・・・男が寄ってこねーぞ」


だから自分が傍にいてやりたい。そんな想いが痛いほど伝わってきた。そして、そうすることが彼女をより不幸にするかもしれないという恐怖も。


聖は怖いんだ。これ以上彼女を傷つけるのが。


私の肩を抱く聖の腕に力が入った。囁くような声がする。


「好きだって・・・」

「え?」

「言ってやれなかった、一度も。そんなこと真面目に言うガラじゃないし、だからってあいつには適当に言いたくなかった」


知ってるよ。聖は本気で「好きだ」なんて言うタイプじゃないよね。恋人にそういう台詞を求められたら、面倒臭くなって軽く「だから好きだって」とか言って誤魔化しちゃうタイプだ。

だけど、本当に好きな人には本気でも冗談でも「好き」と言えないだなんてこと、知らなかった。


代わりに聖は、主役を目指すなんて不器用なやり方で彼女に想いを伝えようとした。

そして私はきっと、聖のそういうところを好きになったんだ。


それに気付く前にカラダを許すなんて、私、どうかしてる。


「聖」

「ん?」


胸の内を吐露した聖が、少し疲れたような声で返事をする。

だけど今はそんな声ですら愛おしい。


聖の背中を抱き締め直す。


ほんと、どうかしてる。

こんなことを言いたくなるなんて。


「結婚しよう」

「・・・え?なんて?」


聖が床に手をついて上体を起こし、私の顔をまじまじと見つめた。私もその視線をしっかりと受け止める。


「結婚。元々私たち、結婚するはずだったじゃない」

「そうだけど・・・急に何言ってるんだよ。もう婚約解消したじゃないか」

「親が決めた婚約は解消したけど、私たちが自分で婚約するのは勝手でしょ」


いつも余裕たっぷりで飄々としている聖の、こんな素で驚いてる顔、初めて見た。

なんだかおかしくなって少し笑うと、聖が「なんだ冗談かよ」と安堵とも落胆とも取れる表情を浮かべた。


でも、冗談じゃないんだよ、聖。


私は笑いを引っ込め、もう一度聖の目を見た。不思議だ。人の目を見るのって得意じゃないけど、本当に伝えたいことがある時は、目を見て話したくなる。


この想いを伝えたい。そして受け取って欲しい。


「本気よ。聖が彼女と一緒にいるって言うんなら、それでいい。でももしもう彼女と会わないんだったら、私と結婚して」

「・・・なんで?」

「聖の傷を癒したいから。それを他の女の子がするのは嫌なの、私がしたい」

「桜子・・・」


自分がこんな強引で我がままだとは思わなかった。


ごめんね、お嬢様。


でも、聖があなたとの人生を選ばないなら、私が聖との人生を選ぶ。

いつかあなたが、聖の相手が私で良かったって思えるくらい、聖を幸せにしてみせる。


だから、許して。

私を。そして聖を。




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