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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第4部 第3部

三浦君の運命的な再会の話と「潔く散って来い」という嬉しいのか嬉しくないのかよく分からない励ましの言葉に送られて私が聖の家に着いたのは、午後11時過ぎだった。


いくらなんでも、もう聖は家に帰っているだろう。そう思ってチャイムを鳴らしたけど、中からの返事はなかった。ノックしても反応なし。


まだ帰ってないのかな。でも少なくともお嬢様はいると思うんだけど。

もしかしたら、今日は聖が旅行か何かで家に帰らなくて、お嬢様も来てないのかも。

しまったな。驚かせようと思って連絡無しで来たのがまずかった。


そう思って何気なくドアノブに手を伸ばすと、驚いたことにそれは何の抵抗もなくカチリと右に回った。


鍵の締め忘れ?それって中に2人ともいるってこと?


2人が「夢中」でチャイムにもノックにも気付かなかったのかも、なんて良からぬことが頭をよぎり、音を立てないように扉を閉めようとしたけど、中からは何の声も音もしない。


「・・・聖?」


電気がつけっぱなしの部屋に向かって、玄関から思い切って声をかけてみる。だけどやっぱり何も聞こえてこない。

ということは、鍵を掛け忘れて少しどこかに出掛けているだけなのだろう。


なんだ、びっくりした。でも、こんな夜中に鍵も掛けずに一体どこへ・・・


「あ」


思わず声が出た。

きっとあそこだ。それだったら電気がつけっぱなしなのも鍵が掛けられていないのも納得がいく。すぐ戻ってくるだろうから。


私は玄関から出て、アパートの廊下から少し身を乗り出すようにして20メートルほど先を見た。

明るい外灯がその建物を夜の中で浮かび上がらせている。コンビニだ。

きっと聖とお嬢様は、お嬢様がバイトをしているあのコンビニに買い物にでも行っているのだろう。もしくは、今日はお嬢様のシフトが遅い時間で、聖が迎えに行ってるとか。


ここで待っていてもいいけど・・・家に帰ってきたら、元婚約者が待ち伏せしてるってのも怖いかな。

それならコンビニへ行って「聖に主役のお祝いを持ってきたけどいないから、帰ろうと思ってこのコンビニに立ち寄ったの。なんだ、ここにいたのね」って偶然を装う方がありかも。


良く考えればそれはそれで怖いかもしれない、という疑問にはそっと目を瞑り、私は数ヶ月前お嬢様と出会ったコンビニへ向かった。ここ数ヶ月、聖とお嬢様のことばかり考えていたからなんだかお嬢様のことをよく知っている気になってたけど、私がお嬢様が会ったのは、あの雨の日一度だけだ。お嬢様は私が誰かなんてもちろん知らないし、もしかしたら聖に許婚がいたことも知らないかもしれない。

だったら下手に自己紹介するよりも、聖の他己紹介に任せたほうがいいだろう。


そんなことを考えながらコンビニに入った瞬間、その異様な雰囲気に思わず足が止まった。何が異様かと言われると説明しにくいのだけど、とにかく空気が異様だ。膨らましすぎた風船が破裂する一秒前。そんな張り詰めた空気。

見ると、レジの内側でコンビニの制服を着た女の子が一人、青ざめた顔で立ち尽くしていた。コンビニ強盗でもいるのかと焦ったけど、辺りを見回してみても店内にいるのはその女の店員さん一人だけだ。体調でも悪いのかもしれない。


「あの。大丈夫ですか?」


声をかけると、店員さんはビクッと怯えるように私を見た。

この子、前にお嬢様と一緒にいた女の子だ。確か「ひろこ」とか言ってた。あの時はかわいくてしっかりした子だと思ったけど、今はその面影は全くなく、完全に怯えきっている。


私はレジに近づいた。


「何かあったんですか?誰か呼んできましょうか?」


「ひろこ」がフルフルと首を振る。近づいてきて欲しくないみたいだ。私は一旦足を止め、悩んだ。本人が来るなというのだから放っておいた方がいいのかもしれない。だけど明らかに様子がおかしいし・・・


その時、レジの内側の様子が目に飛び込んできた。そこにうずくまる、広い背中が。


「・・・聖?」


私の声が聞こえたのか、その背中がゆっくりと振り返る。

やっぱり聖だ。


どうしたの?どうしてそんなに真っ青なの?


今度は聖の肩越しに、床に伸びる白い足が見えた。無意識に視線を足の上の方へ動かす。

紺のプリーツのスカート。こんな時でもその生地の上等さは一目で分かる。

その更に上・・・上半身は、床にかがみこんでいる聖の腕の中にあった。


聖の瞳の揺らぎに呼応するように、聖の腕の中の長い髪が揺れた。

その間から見えたのは・・・!


「あっ・・・ど、どうしたのよ!?」


そこに横たわっているのは間違いなくお嬢様だった。だけどその顔の右半分が見るも無残にただれている。

火傷?違う。何かもっとこう・・・溶けているような・・・。


店内放送の音楽が途切れ、間抜けたDJが場違いなK-POPの紹介を始めた。それに甲高い歌声が続く。だけどそんなうるさい音楽よりなにより、自分の息と心臓の音が一番うるさい。


更に視線を動かすと、お嬢様の足元に金属製のザルが落ちていた。おそらくコンビニ内で売っているポテトなんかのフライ物を揚げる時に使うザルだ。こんな物が床に転がっているということは。


「・・・それが顔に当たったの?」

「・・・」


聖は無言で頷いた。

「ひろこ」という女の子がよろけて、煙草が入っているケースにぶつかり、煙草が床に散らばる。


私だってよろけたい。青ざめたい。そしてできることならここから逃げ出したい。


だけど私は医者だ。

今はまだ学生だけど、実際には4年も産婦人科医として働いた医者だ。


私は携帯を開いて119番を押した。


「聖。救急隊員の人にここの場所を説明して。聖の家の住所を言って、その前にあるコンビニだって言えばいいから」

「あ、ああ・・・」

「さあ、立って。その子は私が診るから」

「でも、」

「任せて。聖より私の方が医学の知識があるわ」

「・・・分かった。頼む」


聖は生まれたての赤ちゃんでも扱うような慎重な手つきで、お嬢様の頭を私に預けた。そして私の携帯を手にコンビニの外へ走って行った。救急車が来た時、場所が分かりやすいようにするためだろう。


「さあ、あなたもボーっとしてないで。水はある?」


「ひろこ」という子は、自分に言われているのだとしばらく気付いていない様子だったけど、やがてハッとしたように頷いた。


「水道水なら」

「ペットボトルの水は?」

「売り物ならあります」

「その方がいいわ。それと氷。袋に入った冷凍食品をできるだけ持ってきて」

「は、はい」


「ひろこ」は足を絡ませながら飲料水コーナーへ走って行き、2リットルの水を持ってきた。私は自分の鞄からハンカチを取り出してそれを濡らし、更に「ひろこ」が持ってきた冷凍食品の袋をそのハンカチで巻いてお嬢様の顔の右半分に押し当てた。煮えたぎった油のついたザルが直撃したのなら、とにかく冷さなくてはいけない。


それにしても、どうしてこんなものが顔に・・・。

いや、今はそれどころじゃない。とにかく応急手当だ。皮膚科は専門外だけど、幸い今は大学に通っていて色んな医学の勉強をしているから、皮膚科系のことも少しは分かる。


それからの十数分はまさに戦いだった。最初の処置で傷の残り度合いが随分変わってくる。顔の、それもまだ高校生の女の子の怪我だ。なんとか最小限に留めてあげたい。

本人のためにも、聖のためにも。

そう思えたから頑張れた。


遠くに救急車の音がかすかに聞こえる。

どうかあれが幻聴ではありませんように。





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