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re-LIFE  作者: 田中タロウ
43/73

第4部 第2話

「彼女のことなんだけどさ、」

「うん」

「俺と彼女が付き合い始めたきっかけは、彼女が俺に一目惚れしたからなんだ」

「・・・ふーん」


イケメンも楽じゃないネ。

私は「なんだ」と思いながら少し薄くなったウーロンハイを飲んだ。ところが、三浦君の話はそれで終わりじゃなかった。


「と、彼女は思ってる」

「え?思ってる?」

「だけど本当は違うんだ」

「へえ」

「桜子!このことは彼女にも言ってないんだ。絶対秘密だぞ」


三浦君が少し赤くなる。

何よ、それ。面白そうじゃない。私は本腰を入れて聞く体勢に入った。


「高1の時に俺と彼女は同じクラスになって、彼女が俺に一目惚れした。それから色々あって・・・随分傷つけたりもしたけど、付き合う事になったんだ。でも、俺と彼女が初めて会ったのは、高校に入学した時じゃない」

「ってことは、入試の時?」

「違う。もっとずっと前」

「中学の時?」

「もっと」

「ええ?もっと前?」


三浦君が頷く。


「もっと前・・・って言ったら、小学生とか?」

「ああ。正確には俺が小学2年生の10月29日の午後5時18分過ぎ」

「・・・正確には、ってレベルじゃないね」

「当たり前だろ。自分の妹の生まれた日時なんだから」

「妹?」


三浦君に妹がいたなんて初耳だ。日記にも人物紹介にも書いてなかったから、以前の私も知らなかったのかもしれない。


「8つ離れてるんだ。この前14歳になったとこ」

「あ、そっか。10月29日生まれだもんね」

「うん。妹が生まれる時、俺も親父と一緒に立ち会ったんだ。というか、立ち会わされた。『妹が生まれる瞬間が見れるんだぞ』ってな。だけど母親の出産シーンは俺にとってはかなりショッキングな光景だった。まだ8歳だったから、子供がどうやってできてどうやって生まれるのかも知らなかったのに、いきなり母親が痛い痛いって泣きながらイキんでるとこ見せられたんだもんな」


そりゃそうだろう。大人の男でも気絶してしまうほどの光景だ。物心つく前ほど子供でもなく、自然の摂理を理解できるほど大人でもない小学2年生の男の子には確かにキツイ。


「それで、何時間も母親が苦しんだ挙句、尻から赤ん坊だが何だかよく分からない血みどろの物体が出てきて・・・親父はすげー喜んでたけど、俺は・・・・」

「俺は?」


三浦君はちょっと怒ったように私を睨んだ。なんで私が怒られないといけないのか。


「怖かったんだよ!仕方ないだろ!」

「うんうん、で、どうしたの、三浦少年は?」

「・・・逃げた」

「は?」


三浦君が更に赤くなる。


「だから、逃げたんだよ!出産シーンも出てきた赤ん坊も怖くって、分娩室から走って逃げ出したんだ」

「そ、そう」

「それで・・・病院の裏手で、一人で泣いてた。お化けを見たような気分だった」


・・・かわいいじゃない。

当時の三浦君は小学2年生で、もちろん今の三浦君と全然違うんだけど、私は思わず今の三浦君が一人でうずくまって泣いているところを想像して笑ってしまった。


「笑うな!」

「ご、ごめん・・・そうだよね、仕方ないよね。あれは小2には怖いよ」

「だろ!?俺、絶対自分が父親になっても立会い出産はしないって心に誓ったんだ」

「産婦人科医を目指してるくせに?」

「だから、それは・・・。その時にさ、女の子が近づいてきたんだ。赤いランドセルに負けないくらい真っ赤なほっぺをしてて身体も丸っこくて、なんか全体的にりんごみたいな子だった」


りんごみたいな子?・・・あ、それってもしかして!


「彼女!?」

「よくわかったな」

「今でもりんごみたいだもの」

「・・・悲しいかな、否定できないな。それに、だから俺も高校ですぐに『あ。あの時のりんごちゃんだ』って分かったんだ」

「すごーい!運命的な再会ね」

「ああ。でも彼女はあの時泣いてたのが俺だって気づいてないから、俺も言ってない。恥ずかし過ぎる」

「そうなんだ。結婚式で暴露していい?」

「死んでも許さん」

「ふふふ、冗談よ。で、その時りんごちゃんとどんな話をしたの?」


私たちのテーブル横の通路を店員さんがせわしく行き交う。その時々に投げられてくる視線に三浦君は居心地が悪そうだ。

三浦君は男の店員さんを捕まえてビールを追加し、私にはウーロンハイではなくウーロン茶を頼む。私ももう1杯飲みたいところだけど、この後控えてる大イベントと三浦君の面白い過去話に免じて許そう。


「くそ。個室にすりゃ良かったな」

「ねえ!それで、それで!?」

「え?ああ、あの時な・・・。病院は俺の家から離れた場所にあったから、りんごちゃんは俺とは違う小学校の子で初対面だったのに、『大丈夫?』って聞いてきたんだ。思わず何の冗談だって思ったんだけど、りんご柄のハンカチを俺に差し出してさ。『犬に追いかけられたの?』って。多分、自分がそういう経験あるんだろうな」

「あはははは」

「俺は正直に『生まれたての妹が気持ち悪くて逃げてきた』って言ったんだ。そしたらりんごちゃんは『いいなあ。私、一人っ子なの。私もかわいい妹が欲しいなあ』って。俺が『ちっともかわいくなんかない』って言ったらりんごちゃんはすげえ寂しそうに『そんなこと言ったら妹がかわいそうだよ』って言うんだ」

「うんうん」

「妹は君の妹になりたくて生まれてきたんだから『ありがとう』って言ってあげなきゃ、って」


優しい子だ。大人でも親にならなきゃそんなこと言えないのに。なっても言えない人もいるのに。

その優しさは三浦少年にも伝わったらしい。


「俺もそう言われればそうかもって思って、少し気分が落ち着いた。それから俺とりんごちゃんは手を繋いで病室に戻って、一緒に妹を見たんだ。親父は『その子、誰だ?』って驚いてたけどな」

「ふふふ」

「りんごちゃんは、生まれたての赤ん坊にも感激してたけど、それ以上にその場所に感動してた」

「場所?病室ってこと?」

「病室っていうか、産婦人科。当時はなんて科かなんてことは俺達は知らなかったけど、りんごちゃんは『ここ、不思議なところだね。病院て普通はみんな悲しそうな顔してるのに、ここではみんな笑ってるんだね。赤ちゃんてみんなを笑顔にできるんだね、すごいね』ってほっぺをますます真っ赤にして目を輝かせながら言うんだ」


この辺は実に子供らしい感覚だ。だけどそれをきちんとした言葉にするのは凄く難しい。普通は「かわいいね、かわいいね」とかで終わってしまうものだ。

三浦君の彼女が文学部だったことを思い出す。本を読んだり言葉を勉強したりするのが好きなのかもしれない。


「それ以来、俺の中で赤ん坊は『すごい物』になった。だから妹をかわいがることもできた。まさかそのりんごちゃんと高校で再会するとは夢にも思ってなかったけど」

「本当に運命の再会なのね」

「そう。しかも俺に医者になるよう勧めたのも彼女だった。高校時代に『三浦君は理系科目が得意だからお医者さんになったら?』みたいなこと言われて、最初に頭に浮かんだのがあの時の産婦人科だったんだ。それから実際に医学部に入ってなんとなく外科に憧れたけど、結局産婦人科に戻ってきた。俺達って普段は俺がずんずん進んで行って彼女がそれを必死に追いかけてくるって感じなんだけど、いざって時はいつも彼女に助けられてる気がする」

「それ、将来尻に敷かれるパターンよ」

「嫌だな」


三浦君が本当に嫌そうにそう言うので、私は大爆笑してしまった。

あのりんごちゃんが三浦君を尻に敷く。ふふ、なさそうで案外アリかも。

だってなんだかんだ言って、尻に敷かれるのは惚れてる側だから。


聖とお嬢様だったら、どっちが尻に敷かれるんだろう。

聖かもしれないな。


もし私と聖だったら、間違いなく私だろうけど。





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