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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第3部 第13話

三浦君が3限の授業に向かった後も、私はしばらくベンチに座ったままだった。この心地よい疲労感をもう少し味わっていたい。こんなに真剣にマミーホスピタルのことを考えたのは初めてだ。


ところがその幸せは、あの忌々しい声によっていともあっさり払拭された。


「桜子ちゃん、ちょっといい?」


よくない。

せっかくいい気分になってたのに、たった一言でよくぞここまで私の気分を落とせるものだ。私はお世辞の笑顔も作らずに、顔を上げた。


「なんですか、千葉先輩。私、3限があるんですけど」


ないからここに座ってるんだけどね。でもまだ体調が万全じゃないから、帰りたいんですヨ。


だけど今日の千葉先輩は何故かいつも以上にしつこくて、私に有無を言わせず、さっきまで三浦君が座っていた場所に座った。なんだかもったいない。


「さっきここにいたのって、桜子ちゃんの同級生の三浦って生徒かな?」

「知ってるんですか?」

「有名だからね」


明るい口調とは裏腹に、千葉先輩の目は笑っていない。三浦君は見た目も頭もいいから、三浦君のことを羨望や嫉妬の目で見る生徒が多いのは知ってるけど、どうやら千葉先輩もその口らしい。

だけど、千葉先輩が三浦君のことを面白くなく思っている原因はそれだけじゃないようだ。千葉先輩は器用にも口元にだけ笑みを湛えながら、少し目を吊り上げてこう言った。


「マミーホスピタルの医者になったらとかどうとか、話してるのが聞こえたんだけど」


あ、そうか。千葉先輩って、マミーホスピタルの院長の座に就くために私を口説いてるんだった。その千葉先輩が私と三浦君のさっきの会話を聞いていたとなると・・・面倒臭いな。


私は「それが何か?」という感じを装って、努めて明るく返事をした。


「はい。三浦君は将来、うちの病院で働くことになると思います」

「それって、桜子ちゃんと三浦が結婚するってこと?」


なんでそうなる。あんたの頭の中には、マミーホスピタルの医者になりたがる人間はすべて院長の座を狙っていて、それはイコール私の旦那になることを意味するという公式しかないのか。

ダメだ、頭痛がしてきた。


「違います。三浦君は単にうちの病院を気に入って、うちで働きたいと思ってるだけです。父も三浦君を医者として気に入ってるから雇いたいと思ってる。それだけです」

「でも、三浦が将来桜子ちゃんちの病院の院長になる可能性だってある訳でしょう?」

「そうですけど、だからって私と結婚する必要はありません。逆に言えば、私と結婚したからって院長になれるとは限りません。父は院長の器のある人でないと、院長として認めないと思います」


だから千葉先輩はうちの院長にはなれないし、パパも雇わないと思いますよ。

私は心の中でそう付け加えて、ベンチから立ち上がった。が、その私の腕を千葉先輩がグッと引っ張ってベンチに戻す。


「何するんですか、離してください。私、もう帰るんです」

「3限出るんじゃなかったの?」

「それは・・・ちょっと頭が痛いから、帰ることにしました」

「だったらもう少し付き合ってよ。三浦がどうやって桜子ちゃんに取り入ったのか知りたい」

「だから!取り入ったりしてません!」

「取り入ってるじゃない。だから桜子ちゃんの病院で働くことになったんでしょ?」


あー、もう!!!イライラする!!!なんなの、この人!話してると、蜘蛛の糸に絡め取られてるみたいで気持ち悪い!


強引に千葉先輩の手を振り払おうとしたけど、千葉先輩も必死だ。その指の力はますます強くなって私の腕に食い込んでいく。


やだ・・・痛い。それになんか怖くなってきた。

私は思わず三浦君の姿を探したけど、どこを見てももう三浦君の姿はなかった。3限が始まっているので人の姿もほとんどない。

どうしよう。逃げられない!


と、その時。


「おい、何やってんだ?」


もう一つ伸びてきた手が千葉先輩の腕を掴んだ。声は穏やかだけど、指の力は千葉先輩のそれよりも遥かに強いのは、千葉先輩の表情で分かる。


「痛いじゃないか!」


千葉先輩が私の腕を離すと同時に、自分の腕を掴んでいる手を振りほどく。


「何をするんだ!?」

「そりゃこっちの台詞だ」

「大体、お前は誰なんだ!?何の権利があって僕にこんなことをする!?」

「権利?んー、桜子の婚約者だから?」

「・・・え?」


千葉先輩の表情が固まる。私の表情はさっきっから固まりっぱなしだ。


聖。どうしてこんなところにいるの?


「さ、桜子ちゃんに、婚約者なんかいるわけないだろう!?」

「いるわけないっつわれても、いるんだからしょうがないだろ」

「お前も、医学部生か!?」

「は?」


千葉先輩の思考回路についていけない聖が、まるで突然掛け算の問題を出された幼稚園児のような表情になって、私の方を見る。


「桜子。こいつ何言ってんの?」

「えー、と・・・」

「桜子ちゃん!この男が言ってることは本当かい!?」

「えー、と」


両方とも難題だ。取り合えず、答えやすい方の問題から答えておこう。


「千葉先輩。本当です。この人は私の許婚です」

「許婚・・・」

「な?言ったろ?」


千葉先輩がキッと私を睨む。さっきとは違って、今度は口も笑っていない。当然か。


「三浦は!?桜子ちゃん、あいつと結婚するんじゃないのか!?」


だから。しないって。

もう答えるのも面倒で、私はただ首を小さく横にだけ振った。


千葉先輩が視線を聖に移す。銀髪の名残か、今はどちらかというと金髪に近い髪色になっているのに加え、カラーの入ったサングラス。そんなチャラチャラした格好が、余計に千葉先輩の逆鱗に触れるようだ。


「ぼ、僕は認めないからな!」

「別にお前に認めてもらわなくてもいいんだけど」

「うるさい!認めないぞ!絶対認めないぞ!」

「あそ」

「桜子ちゃん!このことは三浦に話させてもらうからね!」

「はあ」


どーぞ、どーぞ。


「お前なんかが、桜子ちゃんの婚約者な訳ない!!!」

「そう言われても婚約者だし」

「とにかく認めないからな!」


捨て台詞にもならない台詞を捨てて、千葉先輩はすたこらさっさと走って逃げていった。気のせいだとは思うけど、遠くからずっと「認めないからなー!」という声が聞こえ続けている気がする。

そんな千葉先輩の小さくなっていく後姿を見ながら、聖は悪戯っ子のように小さく舌を出して「『元』だけどなー」と付け足した。


そんな何気ない冗談が私を傷つけているとも知らずに。





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