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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第3部 第12話

雨の中、傘もささずに走れば風邪を引いて当然だ。私が次に大学に顔を出したのは、聖と会った3日後のことだった。

昼休みに、三浦君が構内のベンチに座っている私を見つけて早速やって来た。


「ここんとこ見なかったな。大学来てたか?」

「風邪引いて休んでたの」

「こんな真夏に?ふーん、大丈夫か?医者の不養生ってやつだな」


うまい。だけどそんなことを言う元気も気力もない私は、黙って栄養補助剤のゼリー状の飲み物をすすった。


「そんなもん食べてたら、ますます体力が戻らないぞ」

「うん・・・」


三浦君が私の隣に腰を下ろし、ビニール袋からおにぎりを取り出した。どこにでもあるコンビニの袋だ。そう、聖の家の近くにも。

不自然に三浦君から目を逸らした私を見て、三浦君は不満そうな声を出した。


「なんだよ。俺が隣で飯食ってたら嫌か?」

「そうじゃないよ・・・三浦君、彼女と食べないの?」

「今、教育実習に行ってるんだ」

「教育実習?」


思わず三浦君の方に振り返ると、いきなり目の前におにぎりを差し出された。


「食えよ」

「・・・食欲、ない」

「だから食うんだよ」

「・・・」


私は黙っておにぎりを受け取り、一口食べた。パリッとした海苔とツヤツヤしたお米の味が口に広がる。食欲がないと思ってたけど、食べ始めると食べれるものだ。おにぎりはあっという間になくなった。3日間、ろくに食べてなかったから食欲はなくても身体が食べ物を欲しているらしい。

私が最後の一口を食べ終えると、三浦君は今度は袋から惣菜パンを取り出し私に渡した。「大学来てたか?」なんて聞いてきたくせに、私が風邪で休んでいることをちゃんと知っていたらしい。だからこうやって色々買ってきて私に食べさせてくれてるんだ。


「・・・ありがとう」

「幼稚園」

「え?」

「幼稚園の教育実習に行ってるんだ」

「ああ、彼女が?」

「うん」

「へえ・・・」


私は2ヶ月前に一度だけ見た、三浦君の彼女を思い出した。小さくてぽちゃっとしてて愛嬌のある感じの子だった。幼稚園の先生にはぴったりだ。


「三浦君が医者で、彼女が幼稚園の先生かあ。2人とも『先生』だね」

「そう言えばそうだな」

「彼女と結婚するの?」


三浦君が飲みかけたお茶のペットボトルを口から放す。


「しない。・・・まだ」

「まだってことは、いずれするつもりなんだ?」

「・・・いずれな。高校生の時から付き合ってるんだ、なんかもう今更別の女と一から付き合おうとは思わない。面倒臭い」


本当に面倒臭いから今の彼女と付き合い続けているのかどうかは、三浦君のちょっと赤くなっている顔を見れば一目瞭然だ。私は温かい気持ちになり、自然と微笑んだ。あれ以来笑ったのは初めてだ。


「結婚式には呼んでね」

「だから、まだしないって」

「いつするつもりなの?」

「さあ。分からない。彼女は来年大学を卒業して社会人になるけど、俺はまだ2年あるからな。せめて大学を卒業して医者になってからじゃないと結婚なんかできないよ」


それもそうだ。じゃあ三浦君の結婚は早くても2年以上先ということになる。

それなら私の方が先ね、私は大学4年の1月に結婚したから。と思ったところで、もう恐らくそうはならないだろうという気がして、気分が沈んだ。

思わず三浦君に意地悪なことを言ってしまう。


「のんびりしてたら、誰かにとられちゃうかもよ」

「・・・」

「職場も全然違うんだし気をつけないと、」

「桜子。俺、考えたんだけどさ」


三浦君が突然私の言葉を遮った。私の話を聞きたくないから遮ったのではなく、何かを急に思い出したらしい。


「桜子んちの病院に託児があったら便利だと思わないか?」

「託児?」

「うん。見学させてもらった時に思ったんだけど、産婦人科も小児科も子連れの患者って多いだろ?二人目を妊娠してる妊婦さんとか、下の子の診察の為に上の子も連れてきている母親とか。そんな時に託児があれば便利だと思うんだ」

「・・・」


驚いた。三浦君が2ヶ月もそんなことを考えていたなんて。そして言われてみれば確かにその通りで、私も子連れで診察に来ている妊婦さんや、兄弟の病気に付き合って病院に来ている子供を見て「お母さんは大変だなあ」なんて思ってた。だけど、だからどうしよう、なんてことは考えなかった。それなのに三浦君はたった1回の見学だけでそれを見抜いたんだ。


頭の中から聖が消え、一気に仕事モードになる。


「素敵な考えね。幼稚園の先生を目指してる彼女の受け入り?」

「違うって。でも、影響はされたかな。いつか彼女が妊娠したら、診察は俺がするのかなーって思ったんだ。そしたらあいつ、きっと診察待ちの間に病院にいる子供と遊んでるだろうな、って」

「なるほどね」


何て言ったって、幼稚園の先生だもんね。子供が退屈そうにしてたら遊び相手したくなっちゃうようね。


「・・・うん」

「え?」

「いいと思う。それ、私たちでやってみようよ」

「そんな簡単にできないだろ」

「もちろん準備が必要よ。改装しないといけないし、保母さんも雇わないといけない。お金を準備しなきゃね。2千万は必要かな」


三浦君が目を剥いた。


「そんなに!?」

「当たり前でしょ」

「俺、そんなに用意できないぞ」

「誰が三浦君に用意しろって言ったのよ。そんなのうちでローン組んで用意するに決まってるじゃない」

「でも・・・」

「小児科と産婦人科、それに託児のある病院。流行れば2千万なんてあっという間に取り戻せるわ。外面のいいイケメン産婦人科医もいることだし」

「そうだな」


否定しないのか。

三浦君はお茶を飲んで、楽しげに笑った。


「なんか、すげー面白そう!」

「うん」

「俺、医者は患者を診察するのと研究するのが仕事だと思ってたけど、こんな普通の仕事みたいなこともあるんだな」

「開業医は医者であり社長だからね」

「そっか」

「ねえ、いつか三浦君の彼女、紹介してよ。三浦君にそんな影響与える彼女って興味ある」

「ああ、いいよ」


いいんだ。半分冗談で言ったので、思わず拍子抜けする。

日記によると三浦君は恥ずかしいのか今まで彼女の話をろくにしてくれなかったし、ましてや紹介してもらうなんて考えられなかった。でもきっと、三浦君の中で私は「一生付き合っていく人間」になったんだ。だから、同じく一生一緒にいる彼女に紹介してもいいと思った。

私と彼女の立場は全然違うけど、とても嬉しいことだ。


一瞬、聖とお嬢様のことが頭に浮かんだけど私は必死にそれを掻き消した。


それから私と三浦君は色んな話をした。こんな病院にしたいね、とか、あんなサービスがあったら便利だね、とか中には非現実的なこともあったけど、言うだけなら自由だ。それに突拍子もない考えからいいアイデアが生まれたりもする。

私はただ医者をやってるだけの医者だった。だけど三浦君がいれば前以上の医者になれる気がする。


マミーホスピタルはパパが作った病院だから、私にとっては兄弟みたいなものだ。

たくさんかわいがってやろう。

そして、みんなが「あそこで診てもらいたいな」と思うような病院にするんだ。





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