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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第3部 第9話

「昨日、もう一度考えてみたんだ。どうして俺は外科や産婦人科を目指してたのかって」


本鈴が鳴り始めた。教授はまだ姿を見せないけど、教室の中が慌しくなり、思い思いの場所でおしゃべりしていた生徒たちが席につく。

私は元々三浦君と並んで席に座っているけど、今はなんだか宙にぽっかりと浮かんでいるような気分だ。


三浦君はさっぱりした、そしてどこか拍子抜けしたような笑顔で私を見た。


「そしたら、特に理由なんてないんだよな」

「え?」

「俺は医者って存在になりたいだけであって、どの科の医者になるかなんて深く考えずに医学部に来た。来たら来たで、『医者って言ったら手術だろ』ぐらいな感じでお決まりのパターンに乗って取り合えず外科を目指して、っていうか、憧れて。で、外科を諦めたら次は『手術できる産婦人科かな』ってこれもお決まりのパターン」


私はちょっと笑った。私に付き纏ってる千葉先輩と全く同じだ。だけど三浦君が千葉先輩と違うのは、自分のそういう安易さと正面から向きあっているところだ。

ただの憧れから外科医になる医者も少なくない。だけど自分が単なる憧れで外科医になったことを認めたくなくて適当な理由を自分の中で作ったりすると、壁にぶつかった時に「こんなはずじゃ」と挫折してしまう。私はそういう医者を何人も見てきた。

だけどそういう時、高い志を持って外科医になった人はもちろん、自分は単なる憧れで外科医になったんだと割り切れてる人は強い。過去の自分が抱いた憧れをなんとか実現しようと頑張るからだ。「子供に無様な姿は見せられない」と仕事を頑張る父親の心境と似ているかもしれない。

そして私はと言うと、幸い「高い志」組だ。ただしそれは医者としての高い志ではなく、「家を継がなきゃ」という独りよがりな使命感からくる志だ。だから辛いことがあっても「家のため」という大義名分の為に頑張ってこれた。


三浦君は自分の安易さに気付き、その上で憧れを実現しようとしている。


やっぱり三浦君と一緒に仕事をしたかった。


「桜子のお父さんだけどさ、」

「うん?」

「俺のこと、どう思ったかな?」

「え?」


三浦君の顔から笑みが消え、目が真剣になる。

私は三浦君の言っている意味が分からず、動揺した。


「パパがどう思ったかって、どういうこと?」

「俺のこと、いい医者になれると思ったかな?自分の病院で雇ってもいいって思ったかな?」

「・・・それって、うちの病院で働きたいってこと?」

「うん」

「え、なんで?外科に進むんじゃないの?」


三浦君が軽蔑した視線を私によこす。


「お前、俺の話聞いてたか?」

「聞いてたわよ、だから・・・」

「外科に進みたいっていう確固たる理由はない。あるのは漠然とした憧れだけだ。でも、産婦人科には漠然とした憧れ以外にもあるんだ」

「何が?」

「面白そうだなって興味」


どうも三浦君の言っていることって分かりにくい。それとも私に理解力がないんだろうか。

困った顔をしている私を見て三浦君は補足した。


「産婦人科って面白そうだなって思うんだよ、単純に。産婦人科は唯一患者が笑顔で来る科だろ?昨日、桜子の病院に来てた夫婦だってそうだ。なんてったって新しい命が生まれてくる場所なんだもんな。病院に来ることを楽しみにしてもらえるのって産婦人科だけだと思う」

「三浦君の口からそんな言葉を聞くなんて、ちょっと意外ね」


正直にそう言うと、三浦君は特に気を悪くする様子もなく「やっぱり?」と笑った。


確かに三浦君の言う通りだ。そこが産婦人科の魅力だと思う。

だけどもう1つ、産婦人科には他の科にない特徴がある。それは、唯一医者が命を奪うことを許されている科だということだ。

産婦人科の医者は生まれてくる命を見ることができると同時に、患者が望めば命の誕生を阻まなくてはならない。そしてその数は驚くほど多い。


三浦君だって分かっているはずだ。ただ今はそれを真剣に考えるほど「医者」になれていない。でもそれでいいのだと思う。学生時代というのはそういうものだ、そしてその分、無限大の可能性を秘めている。


「ただの憧れしかない外科に進むより、ちょっとは面白そうだなって思う産婦人科に進むほうがいい気がするんだ」


教室の扉が開き教授が入ってきて、教室のあちこちからノートとペンケースを開く音が聞こえ始める。三浦君は視線を教壇の上の教授に向け、声を落として言葉を続けた。


「それに俺、桜子と働いてみたい」

「え?」

「桜子、前言ってただろ?『パパの受け売りだけど、子供の命が持つ奇跡を起こす力を見てみたい』って。随分暑苦しい奴だなーって思ったけど、真面目に仕事するならパートナーは暑苦しいくらいの奴な方がいい。桜子とだったら、いい病院を作れると思うんだ。・・・自惚れかな?」

「そんなこと、ないよ」


自然とそんな言葉が口から出てきた。本当に、ごく自然に。

三浦君は教授の方を見たまま少し目を大きくして、満足そうに微笑んだ。


「だよな。俺達今はまだ口でデカイこと言うくらいしかできないけど、可能性だけは無限大だからな」


授業が始まった。4年生ともなるとみんな将来がかかっているだけに授業一つでも真剣に聞く。三浦君も意識を完全に授業に集中させている。だけど教授の声は私の頭上をただ流れていった。


身体が熱い。身体の中がしびれるほど熱い。

そうだ、今ここでは私も三浦君と同じ学生だ。可能性は無限大に広がっている。自分の好きな道を歩める。昔の私は「家を継がなきゃ」「子供は好きじゃないから産婦人科しかないな」と勝手に道を絞り、可能性を潰していた。だけど、私にはもう一度やり直せるチャンスが与えられたんだ。


そしてたった今、私は決めた。無限の可能性を集中させるべき一つの道を。


家を継ごう。

三浦君と一緒に新しいマミーホスピタルを作るんだ。


「俺、桜子と働いてみたい」。

なんて嬉しい言葉なんだろう。

この言葉には愛情も友情も飛び越えた何かがあるような気がする。

そして私もそう思う。

小児科医になるか産婦人科医になるか、そんなことはどうでもいい。三浦君が産婦人科医になるというのなら、私は小児科医になればいい。大事なのは三浦君というパートナーと一緒に仕事をすることだ。


そのためなら、頑張れる。


私は目を閉じて一度小さく深呼吸をし、黒板を見つめた。





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