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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第3部 第6話

「三浦君、本当は外科に進みたいんでしょう?それなのにどうして産婦人科を目指してるの?」


病院から駅までの道を歩きながら、私は三浦君に訊ねた。

三浦君がいつまでも胎児の映像を見ていて、しかも病院の本まで引っ張り出して勉強を始めたもんだから、すっかり日は暮れてしまっている。だけどそんな三浦君を見ていると、なんだか私まで勉強したくなってきた。ただそれは産婦人科の勉強ではなく・・・


「忙しいだろ、外科って」


三浦君がぶっきらぼうに答える。

確かに緊急手術が頻発する外科は忙しい。それに外科があるような病院―――大学病院や日赤、市民病院―――は夜勤もあるから激務と言える。どうやら三浦君はそれが嫌らしい。


「産婦人科だって忙しいよ」

「分かってる。でも個人病院ならそれほどじゃないだろ?」

「まあね」


産婦人科も妊婦さんがしょっちゅう夜中に駆け込んでくるという意味では他の科より忙しいけど、うちは個人病院だし産婦人科医も数人いる。大きな病院の外科より勤務は遥かに楽だ。


「だけど忙しいのが嫌なら、わざわざ産婦人科じゃなくても他の科でいいじゃない」

「それも考えたけど・・・俺、腕や知識が伴わないのならともかく、忙しいからって外科を諦めるのは医者としてあるべき姿じゃないと思うんだ」

「うん・・・そうだね」

「だけど俺はそれをした。だから、第2希望の産婦人科くらいはそんな理由で諦めたくないんだ」

「ん?言ってることがよく分からないよ、三浦君?」

「だよな・・・」


三浦君が頭を掻き毟る。伝えたいことを上手く伝えられなくてもどかしいらしい。

しばらく悩んだあと、三浦君は少し恥ずかしそうに、そしてそれを頑張って吹き飛ばすかのように大きな声で言った。


「彼女がさ!心配性で寂しがり屋なんだよ!そのくせ、俺が外科に進みたいって言ったら、会う時間が減るのが嫌なくせに『頑張って』とか言うんだよ」

「そ、そう」


あの小さい彼女ね?いい子じゃない。


「でも、俺も嫌なんだよ」

「会う時間が減るのが?」

「う、うん・・・」

「へー」


ほー。


「だ、だから!外科はやめようと思ったんだ。でも・・・第2希望の産婦人科も忙しいけど、第2希望までそんな理由で諦めるのって、なんか情けないっていうか、なんの為に医者目指してんのか分からないっていうか。医者なんて特種な職業に就く以上は、普通の会社員よりプライベートを犠牲にしないといけないのは分かってる。だけどそれをどこまで彼女に我慢してもらうか、自分が我慢できるかって考えたら、外科は無理だけど産婦人科なら少し無理すればなんとかなるかな、と思って」

「ふうん・・・」

「でも、さっき桜子のお父さんの話聞いて、考え直すことにした」

「え?」


遠くからかすかに音楽が流れてきた。見ると、50メートルほど先にある駅のホームに電車が入って行く。三浦君が顔を上げ、「あ。あれ乗らなきゃ」と言って突然駆け出した。


「三浦君!」


思わず呼び止めると、三浦君は走りながら顔だけ私の方に振り向いた。


「桜子、今日はありがとな!」

「う、うん」

「また明日」

「うん!」


私は足を止め、三浦君が乗った電車を見えなくなるまで見送った。





机の上の分厚い2冊の本。昨日徹夜で読んだから、その内容は大体把握できている。

だけどどうしても納得できないことが2つある。


私は1冊目の前から5分の1くらいのページを開いた。

高3の1月22日。既に退寮して実家でC大前期試験に向けて勉強していたこの日の夜中、突然家の電話が鳴った。パパが出ると、亜希子さんからだ。奏君が高熱を出し、ひきつけを起こしているのだという。1歳になってからのひきつけは危ない。パパはすぐに病院に連れてくるように言った。でも幸い大したことはなく、奏君は一日入院するだけで事なきを得た。


だけどこの夜の出来事は、私に大きな衝撃を与えたようだ。


いつもは冷静でしっかり者の亜希子さんが取り乱してオロオロし、奏君はそんな亜希子さんの腕の中でぐったりとして動かない。私は、病人というものは無力なものだけど、それが子供の場合は周りの人間まで無力になってしまうものだと痛感した。

だけどパパはそんな2人に全く動揺することなくてきぱきと治療をこなし、そして私にこう言った。


「桜子。病人は無力じゃない。病人は時として信じられないような奇跡を起こす力を持っている。特に子供は強い。子供の病人は周りの人間に元気を与えるほど強い」


そのパパの言葉を証明する出来事が、それ以降の日記の中にたくさん書き記されていた。そしていつしか私は小児科医を目指すようになった。この目で子供が作る「元気」を見てみたい、そう思うようになった。

だから三浦君がうちの産婦人科に興味を示した時、私はとても喜んだようだ。「私がうちの小児科医になるから、三浦君は産婦人科医になってよ。そして一緒に頑張ろうよ」と。


だけどこれは全て今の私の記憶にはないことだ。

ただ日記に書かれていることで、過去の私が感じたことだ。


過去の私は小児科医を目指すと決めた。だけどそれは私じゃない。


なんだか追い越されているような気がした。

「私」は一日一日を重ね、その中で小児科医を目指す決意をした。私は知らないところで「私」に追い越されている。いや、せっかく積み上げてきた「今まで」を、過去から飛んできた私が潰そうとしている、という感じか。


私はどうしたらいいんだろう?

今の私を信じて一から始めるべきなのか、過去の私を信じてこのまま歩き続けるべきなのか。


だけど問題は小児科を目指すか産婦人科を目指すかだけじゃない。もう1つ大きな問題が、場合によってはどちらの科を目指すかよりも大きな問題がある。


それを解決する方法は一つ。


私は日記帳を閉じると、鞄の中にスケジュール帳が入っていることを確認し、家を出た。





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