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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第3部 第5話

パパは小児科の診察を他の医者に任せて、三浦君に診察室、入院室、陣痛室、分娩室、新生児室を順番に紹介していった。中でも三浦君の反応が良かったのは2階の新生児室だ。新生児なんて附属病院で嫌ってほど見てるだろうに、それでもズラッと並んだ生まれたての赤ちゃんというのは魅力的らしい。


三浦君は中腰になり、移動式の小さなベッドではなく2つの保育器の中をジッと見つめた。


「この子達は双子でね、昨日帝王切開で生まれたんだよ。元気だけど体重が2500グラム未満だから保育器に入れている」

「帝王切開ですか」

「母親は37歳、初産。不妊治療の結果できた双子。帝王切開の方が安全だ」

「本竜さんが執刀されたんですか?」

「そうだよ」


三浦君は保育器から視線を外さないまま、パパに訊ねた。


「・・・怖くなかったですか?」

「え?」

「帝王切開。もし失敗したら、母親も2人の子供も死ぬことになる。それって産婦人科独特ですよね。外科なら死ぬのは患者1人です」

「・・・」


パパと私は、三浦君の後ろで顔を見合わせた。

パパが何を考えているのかは分からないけど、私は驚いていた。私も一応産婦人科医として数年働き、帝王切開も何度もしたことがある。もちろん失敗など一度もない。

外科の手術は悪い箇所を切除したり傷を縫い合わせたりする手術だけど、帝王切開は子宮から子供を取り出すだけだから、難しくはない。子供の状態によっては難しい手術になることもあるけれど、そういう場合はたいてい大きな病院に回す。それは仕方のない事だ。個人病院には限界というものがある。

だから、もちろん多少緊張はするけれど、うちでやる程度の帝王切開の手術で「怖い」と感じたことは私はない。


パパが私から三浦君に視線を移した。三浦君も中腰をやめて立ち上がり、パパの方を見る。

パパは穏やかに言った。


「三浦君は桜子と同じで4年生だったね?」

「はい」

「こっそりとなら、まあいいだろう」

「え?何がですか?」

「ついてきなさい」


パパは新生児室から出ると、そのまま階段を下り始めた。私と三浦君も続く。

三浦君はパパがどこへ向かっているのか分からないようだけど、私にはなんとなく分かる。そしてパパはやはり私が予想した場所へと入って行った。


三浦君が驚く。


「え・・・いいんですか?」

「まだ研修医でもない医学生を入れる場所じゃないけどね。声は出さないように」

「はい」


私たちはさっきパパが案内してくれた診察室の更に奥へ・・・内診室へ入った。

緑のカーテンで部屋が分断されている。そのカーテンの向こうに人影が見えた。


産婦人科医の男の先生がパパと私たちに目で挨拶し、カーテンの向こうに話しかける。


「準備ができたら台の上に座ってください」

「あ、はいっ」


少し焦ったような女の人の声が聞こえてきた。それに続いてガサゴソという音と「ほら、先生が待ってるだろ、早くしろよ」という男の人の小声も。旦那さんだろう。


「座りました」

「椅子が上がりますから背もたれにもたれてください」

「はい」


ウィーンという音と共にカーテンが下からゆっくりと持ち上がってきた。持ち上げているのは白い足だ。内診台がゆっくり倒れながら上昇しているので、自然とそうなる。

機械音が止まると、先生が内診しやすいようにカーテンを整えた。


露になった陰部に三浦君が一瞬たじろぐ。

だけど先生が診察を始めると、三浦君の目は学生のそれに変わり、食い入るようにして先生の手元を見つめた。


器具が体に当たり、女の人の足がピクッと動く。


「モニターが見えますか?」


先生が訊ねると、女の人の身体が右に少し傾いた。室内に設置されている、子宮内部を白黒の画像で映し出すモニターを見ているのだろう。カーテンのこちら側にも同じものがあるので、私と三浦君もそれを見た。私は見慣れているから一目で赤ちゃんの状態が分かるけど、三浦君には何がなんだか分からないはずだ。


先生が女の人に丁寧に画像の説明を始めた。この先生はいつも丁寧だけど、パパから三浦君のことを聞いているのか、いつも以上に丁寧に、時折三浦君の反応を見るかのように説明している。


「順調ですね。次回からはエコーでの診察になります」

「エコーってお腹の上から見るやつですか?」

「そうですよ」


わあ、妊婦さんって感じね、と女の人のはしゃいだ声がする。旦那さんも嬉しそうだ。


内診台が下がり、女の人が服を着終わると、先生は隣の診察室で今の夫婦に赤ちゃんの状態の説明を始めた。プライバシーの問題があるので、さすがにまだ学生の私たちは立ち会えないし夫婦の顔も見れない。

だけど三浦君はまるでその時間を狙っていたかのように、さっき撮影された子宮内の映像を何度も見返していた。



「どうだい?」


夫婦が帰った後、まだ映像を見ている三浦君にパパが話しかけた。

すると三浦君は首を振り、「さっぱり分かりません」となんとも正直な感想を述べた。


「どの部分が胎児の頭でどこが手でどこが心臓なのか・・・説明を聞いても、一度瞬きをしたらすぐにどこがどこだか分からなくなります。臍の緒もどれなのかよく分からないし。そもそも、この小さな塊りが赤ちゃんになるって気がしません」

「あはは、そうだろうね。もう少し勉強して研修をしないと、医者の目で見ることはできないよ」

「はい」

「でも、一つだけ勘違いしないでほしい。人間は動物だから、犬や猫の赤ちゃんのように人間の赤ちゃんも放っておいても勝手に生まれてくる。我々はその手伝いをしているだけだ。もし、赤ちゃんや母親に何かあるとしたら、それは元々そういう運命だったんだ。我々のせいじゃない」

「・・・」

「そう言い切れるくらいの腕と自信がないなら、医者になるべきじゃない。医者のせいで赤ちゃんや母親が死ぬなんてことは言語道断だ。医者にミスは許されない」

「・・・はい」


三浦君がもう一度モニターを見る。そこにはさっきまでと同じ、三浦君の言葉を借りるなら「赤ちゃんになるとは思えない小さな塊り」が映っている。だけど心なしか、それを見る三浦君の目はさっきとは違っているように思えた。




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