第3部 第4話
午後4時5分前。私が校門の前に行くと、三浦君は既にそこにいた。相変わらず人目を惹くかっこよさだけど、その表情は昨日よりも心なしか引き締まって見える。
「お待たせ」
「あ、ああ」
「行こうか」
「ああ」
私たちは並んで歩き出した。が、三浦君が歩幅の調整に苦労しているのが分かる。好き勝手に歩くとどんどん私より前に行ってしまうし、いつも彼女と歩いている歩幅だと逆に私が前に行ってしまうからだろう。そしてその付帯効果とでも言おうか、手と足が一緒に出てしまっている。
「ふふ。ガラにもなく緊張してるね」
ちょっとやそっとのことであがるようなタマじゃない、という三浦君のキャラクターは日記帳で把握済みだ。
「そんなこと・・・いや、うん、緊張するな。彼女の父親に会った時より遥かに緊張する」
「会ったことあるんだ?」
「家に送っていった時にちょっと挨拶しただけだけどな」
「父親の感触は?」
「上々。俺、外面の受けいいから」
「あはは」
私はふと、高1の春休みに聖がうちに来たことを思い出した。偶然なのか何なのか、私の誕生日だった日のことだ。あの時のパパに対する聖の態度は最悪だった。いくら恋人ではないとは言え、将来自分の義父になる人にあれはないだろう。怒るどころかニコニコして聖を見ていたパパもパパだけど。
男の人って、どうしようもない。
だけど三浦君を見てると、なんだかかわいくて笑えてしまう。
「そう言えば朝、千葉先輩に絡まれてたな」
「・・・ヤなこと思い出させないで」
忘れてた。もう一人のどうしようもない男。
あれは本当にどうしようもない。本気で私を好きで口説いているならまだしも・・・
「あんなの、うちの病院狙いじゃん」
「だな」
私は三浦君に肯定されたことで更にむくれた。
そうなのだ。
こともあろうにあの千葉先輩、私と結婚してうちの「マミーホスピタル」を乗っ取ろうとしているのだ!
「乗っ取る、はいくらなんでも人聞き悪いんじゃないか?桜子んちの病院を継ぎたいだけだろ」
「それを乗っ取るって言うのよ。うちを継ぐのは私なんだから」
私はさすがに怒りを隠しきれず、思わず拳を握り締めた。
日記によると、千葉先輩は元々心臓外科を目指していた。大方テレビドラマか何かで見たバチスタ手術にでも憧れたのだろう。でも、外科医になるのは医者の中でも難しい。ましてやバチスタ手術をできる人なんてほんの一握りだ。
あっさり心臓外科を諦めた千葉先輩が次に目をつけたのが産婦人科だった。千葉先輩を馬鹿にしてはいけない。外科を諦めて産婦人科、という医学生は結構多い。その理由は手術ができるから。頻繁に手術を行う科は通常では外科と産婦人科に限られるのだ。
「C大附属の産婦人科に進めばいいのに」
「大学病院より開業医の方が断然給料がいいだろ」
「まあね。そういう意味じゃうちは既に大きな個人病院を持ってるから、確かにオイシイよね」
「うん・・・」
三浦君が少し躊躇うように同意する。
なぜなら三浦君もうちを「狙ってる」一人だからだ。
「狙ってない」
「でもうちの病院に興味あるんでしょ?だから今日、見学に来るんじゃない」
「そうだけど・・・千葉先輩みたいな下心はない」
「そうね。私と結婚しようとしてる訳じゃないし。でも、もしうちの病院で働くことになったら、院長を目指したいでしょ?」
「そうだな。そうなったら桜子と競争だな」
「パパは仕事にはシビアだから、私より良い医者がいたら平気で後継者に指名しそうで怖いなー」
笑って言ってるけど笑い事じゃない。事実だ。病院を建て替えた時に病院名から「本竜」を外したのも、誰でも院長になれるようにとの考えからだ。
そして三浦君が外科から産婦人科へのドロップ組であることもまた事実。成績は優秀らしいから、本気で目指せばそれこそバチスタも夢じゃないだろうに、どうして産婦人科に進路を変えたのかまでは私も知らないうようだ。
私と三浦君は恋人同士ではないもののやはり気は合うらしく、すぐに歩調を合わせて歩き続けた。
「はじめまして。君が三浦君だね?桜子から聞いているよ」
「はい。三浦です。はじめまして」
午後の診察直前に時間を作ってくれたパパに、ここぞとばかりに外面の良さを発揮する三浦君。
だけどパパの表情は何故か冴えない。
「うーん、君が産婦人科希望か・・・それはちょっとどうかな?」
三浦君もいきなりパパにそう言われてさすがにうろたえる。
「あの・・・僕、産婦人科に向いてませんか」
「向いてないね」
「・・・」
きっぱり言い切るパパに私もフォローのしようがない。まだ三浦君の外面しか見ていないのに、パパはどうして「向いてない」と思うんだろう?
ところがどうやらその外面こそが向いていないと思う原因らしい。
「産婦人科には未婚の母になろうとしている若い女性も多いんだよ。だけどみんながきちんと一人で母親になる覚悟ができている訳じゃない。そういう女性にしてみれば、かっこ良くて優しい産婦人科のお医者さんというのは随分魅力的らしい。三浦君、患者とトラブルにならない自信はあるかい?」
「あります!絶対にそんなことになりません!」
三浦君が力強くきっぱりとそう言い放つと、パパはようやく「それなら問題は無いね」と微笑んだ。
「病院内を案内してあげよう。少しチェックしたいカルテがあるから、産婦人科の方の待合室で待っててくれるかな」
「はい、ありがとうございます」
「桜子もせっかくだから三浦君と一緒に見学しなさい。産婦人科には興味ないだろうけど、たまには病院内を見て回るのもいいだろう」
「・・・うん、そうね」
昨日の日記帳が頭をよぎる。
本当の私は産婦人科医だ。子供を好きじゃないからだけど・・・。
クラシックのBGMが流れるまだ誰もいない産婦人科用の待合室のソファに三浦君と並んで座る。
産婦人科に来るのは妊婦さんばかりではないけど、やっぱりお腹の大きな人が多いから、立ち上がりやすいようにソファはあまりクッションの効いていない硬い物だ。
「俺の彼女も桜子のお父さんと同じような心配してたよ。たく、患者とそんなことになる訳ないのにさ」
「そう?でも若くてかわいい女の子が一人で子供を産もうとしてたら、情にほだされない?」
「ほだされない。患者としてその女の膣内や子宮を見るんだぞ、どうやったら恋愛対象になるっていうんだ」
身も蓋もあったもんじゃないけどその通りだ。
三浦君がげんなりしたように言う。
「なんか、性欲落ちそう・・・逆にそっちの方が心配だ」
「変なこと言わないでよ。そんな心配するくらいなら、産婦人科を選ばなきゃいいじゃない」
「他にやりたい科がないんだよ」
「外科は?」
「外科は・・・パス」
「どうして?三浦君の成績なら問題ないでしょ?」
「成績の問題じゃない」
「え?」
ちょうどその時、カルテのチェックを終えたパパが私たちのところへやってきて会話が途切れる。
三浦君がさっとソファから立ち上がった。
「待たせたね、行こうか」
「はい、お願いします」
さっきまで性欲云々言ってたのと同一人物とは思えないほどハキハキした態度で答える三浦君。
本当に外面の良さは天下一品だ。
この分なら、結構人気の医者になるかもしれない。
私は苦笑しながら2人の後をついていった。