第1部 第2話
私は成田から海光へ戻る電車の中、ずっと無言のままだった。
いつもは言葉数が少なく「冷めてる」キャラなのに、夢の中とはいえ懐かしさのあまり騒いでしまったのを恥じていたからだ。
それに、奇妙な気分だった。
この夢、凄くリアルだ。
忘れていたけど、確かに私は高校1年の春休みに月島君と一緒に友達を見送るため、成田へ行った。
そしてこうして一緒に海光へ戻った。
私と月島君は、生徒会で顔見知りではあったけど、そんなに仲が良かった訳じゃない。
というか、挨拶程度しかしたことがない。
まあ、これは私からすれば月島君に限ったことではないけれど、とにかく私と月島君は一緒に出掛けるような関係じゃなかった。一緒に成田へ行ったのは、月島君もあいつを見送りに行くというのでたまたま一緒になっただけだ。
そんなこと、すっかり忘れてた。
自分でも忘れていたことを夢で見て思い出すなんて、変な感じ。
だけど、それだけじゃない。
電車の揺れ、レールの軋む音、吊革の感触。
全てが生々しい。
時間の流れも正確だ。
夢の中ってよく急に場面が飛んだり、ゆっくり時間が進んだりするのに、この夢は現実と同じ速度で時間が流れ、場面もちゃんと繋がっている。それも12年前のあの日と全く同じように。
まるでタイムスリップでもしたみたいだ。
私は吊革を何度も握り直して、その感触を確かめた。
「やっぱり今日の本竜先輩、変ですよ」
月島君が心配そうに私を覗き込む。
「そうかな」
そうよね。
夢の中とは言え、中身は28歳で外身は16歳だ。
自分でもチグハグした感じがする。
それにしても月島君、かっこいいな。あの頃はそんな風に思ったことなかったのに。
夢の中だから美化されてるんだろうか。
いや、違う。
あの頃の私は、他人に全く興味がなかった。
それは今でも余り変わらないけど、さすがの私も大人として子供の月島君に対して完全には無関心でいられないのだろう。
つまり私も、周りに少し気配りできる程度には成長しているということなのかな。
「やっぱり今日の生徒会は休んでください」
月島君が隣で何度も握られては解放される吊革に同情したのか、私にそう言ってくる。
「うん・・・」
私は、そんな演技をする必要があるのか分からないけど、なんとくなく恥ずかしくて、今より更に無口な昔の私を演じ続けていた。
でも頭の中では、理性とある衝動が激しいバトルを繰り広げていた。
生徒会に出てみたい。
昔の私なら渡りに船とばかりに面倒な生徒会を休んでいただろうけど、28歳の私には12年前の学校生活が宝石のように輝いて見える。
夢とは言え、こんなまたとないチャンスをみすみす逃したくはない。
でも、本当の自分を晒すようで妙な羞恥心がその衝動を邪魔する。
「・・・だけど夢だし」
「え?」
「出るわ、生徒会」
月島君が意外だと言わんばかりに目を丸くする。
「何、張り切ってるんですか。生徒会の時なんていつも以上に無口なくせに」
「そうだけど・・・。あ、ほら、休むと五月蝿いじゃない?委員長が」
そうそう、思い出した。生徒会の委員長ってやたらそういうことに厳しい人だったんだ。
我ながら上手い言い逃れ(?)だわ、と、思ったのだけど、月島君は首をかしげた。
「委員長って、昨日卒業した前の委員長のことですか?それとも今日就任する新高校3年の委員長のことですか?」
あっ。しまった。
「前の委員長は優しい人でしたよね。新しい委員長のことは俺はよく知りませんけど」
「あー・・・うん、えーっと」
そうだった。生徒会の委員長は毎年この時期に変わるんだった。
私が高2の時の委員長は確かに口うるさかったけど、
このころの月島君は、そして私も、そんなことはまだ知らないんだ。
「ほら、なんかそんな感じがする人じゃない?」
私は苦しい言い訳で逃げた。が。
「そうですか?人を見た目で判断しちゃいけませんよ」
「・・・」
なんか面倒くさい子だな、月島君。
もっと中学生らしく大人の言うことには素直に従いなさい。
でも、自分の思ってることを何の遠慮もなく口にできるのは子供ならではなのかな・・・
とにかく面倒くさい。
それから海光につくまでの間、私は再び口を噤んだのだった。
「では、今年も例年通り新中学1年生の歓迎会は、まず寮生活の案内と部活紹介、
その後に食堂で立食パーティにしたいと思います。賛成の人は手を上げてください」
生徒会が会議室代わりに使っているパソコンルームのあちこちでパッと手が上がる。
その数、わずか九つ。
だけどそれは反対多数ではなく、満場一致を意味する。
海光は1学年に2クラスしかなく、1クラスに1人生徒会委員がいる。
つまり、生徒会委員は中等部・高等部でそれぞれ6人。合計12人。
ただ今は高校3年生が卒業した後なので、一時的に10人だ。
そのうち9人が賛成。残りの1人は提案した本人である新・委員長。つまり、満場一致なのだ。
もちろん私も手を上げている。こんなところで反対してもなんの意味もない。
私は最前列の左端の席を見た。
そこには、私と同じように右手を上げた月島君が座っている。
席は学年順。ということは月島君、中学1年生なんだ。
もうすぐ2年になるとは言え、見た目はやっぱり随分と大人っぽい。
夢の中だからだろうか。
これで中身ももう少し大人っぽければ言うことないのに。
探すのが骨なくらい古風な黒縁眼鏡をかけている委員長の男の子が、
手の数を数えて(数えるまでもないだろうに)満足げに頷いた。
「では、これで決定です。立食パーティの手配は僕がやっておきます。部活紹介の手配は・・・月島君」
「はい」
「部活に所属しないといけないのは中等部の生徒だけだから、
部活紹介の手配は中等部の委員がやった方がいいと思うんだ。月島君、頼むよ」
「分かりました」
私は委員長の言葉でまた懐かしい気持ちになった。
海光はただのエリート学校じゃない。将来の日本の経営者を育成するというのがコンセプトの学校だ。そのため生徒は少数精鋭で1学年50人しかおらず、全員中学からの入学で高校からの入学は認められていない。
更に校則はないに等しく、全て生徒の自主性に任されていた。だから全寮制のくせに門限もなく外泊も自由。何かルールが必要な時は生徒会が作る。
海光はそんな学校だ。
そして極めつけは「バイト」。
海光では高等部の1年生と2年生には全員バイトが義務付けられている。これは生徒会が決めたことではなく、学校の授業の一環だ。「経営者を目指している人間が最前線を知らなくてどうする」ということらしい。
バイトをしなくていいのは、生徒会委員と大学受験がある高3とバイトの募集自体が無い中等部の生徒。その代わり中等部の生徒は部活か生徒会をやらなくてはならない。
なんとも変わった教育方針である。
「月島君、1人で大丈夫かな?必要なら、誰かに手伝わせていいよ」
部活紹介の手配を新中3の委員ではなく、しっかり者とは言え新中2の月島君に頼んだことにちょっと後ろめたさを感じたのか、委員長が気を使う。
でも月島君は「いえ、1人で大丈夫です」とキッパリと返事をした・・・が、何故か急に弱気な声を出した。
「あ、でも・・・そうですね。高等部の先輩に手伝って頂いてもいいですか?」
「構わないよ」
「じゃあ、本竜先輩。お願いします」
はいよ。お姉さんに任せなさい。
って、はあ?