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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第3部 第3話

「ただいま」も言わずに実家に飛び込み、階段を駆け上がる。

その真ん中あたりで下から聞こえてきた「桜子?帰ったの?」というママの声に、「うん」とおざなりな返事をして自分の部屋に入ると、勉強机の上に見覚えのある分厚い本が2冊置かれているのが見えた。


日記帳だ。


高校3年の夏に飛んだ時、自分がどんな1年3ヶ月を過ごし、どうしてノエルと別れる決心をしたのか分からず、私は悩んだ。だからあれから毎日日記帳をつけることにしたのだ。

高3の秋の時点では日記帳はまだ1冊目だったから、2冊あるということはその習慣は今も続いている・・・と、思いたい。


ページが擦り切れている古い日記帳の方を手に取ると、ところどころにポストイットが挟んであった。全部を読むには時間がかかるから、まずこココを読め、ということなのだろう。


さっきの「人物紹介」に加え、これまたご親切にありがとう、私。助かるわ。


私は立ったまま日記帳を開いた。


最初のポストイットは比較的初めの方にあった。

そしてそれこそが、私が全力疾走してきた目的だった。


日付は高3の11月2日。


「今日、亜希子さんが奏君をつれてパパのところに行くというので、私も実家に帰った。ところが亜希子さんが奏君の言葉のことをパパに相談する前に、なんと奏君が急に話し出した!しかも『わんわん』とか『にゃんにゃん』とかの所謂幼児語ではなく、『犬』『猫』というある意味かわいげのない言葉を。更に驚いたことに、亜希子さんが絵本を読み聞かせている時に覚えたのか『あ』という文字を指差してをちゃんと『あ』と言い、『い』を『い』と言う。50音のうち10音くらいだけど、こんなに賢い子供は初めて見た、とパパも驚いていた」


足の力が抜け、床にしゃがみ込む。

なんだ・・・良かった!奏君、話せないわけじゃなかったんだ!もう。心配して損した!きっと自分の中で言葉をストックして、話す機会をうかがっていたのね?


こういう子供は確かにたまにいる。全く話さないと思ったら、ある日突然ペラペラと話し出す子供が。

でも、たった1歳で、しかも文字まで認識してるなんて、本当にIQが高い。さすが海光の中でも特に頭の良い二人の間に生まれた子供、と言うべきか。


とにかく良かった。


私は椅子に座り、今度は落ち着いて次のポストイットのページに飛んだ。

翌年の3月。実にあっさりと「C大に合格した」と一言だけ書いてある。


そこからも数ヶ月に一度くらいのペースでポストイットが挟んであったけど、私が「ええ!?」と思う内容の箇所は最初の奏君の話ともう1つくらいで、あっという間に2冊目の最後のポストイットのページ――「今」から2ヶ月ほど前だ―――に辿り着いた。なんて波風のない人生なんだろう。

でも、考え方によってはそれはそれで幸せな人生なのかもしれない。波乱万丈な人生もいいけれど、私は穏やかな日々を送れる人生の方がいい。


ところでその最後のポストイットのページというのが・・・


「今日は聖の劇を見てきた。初めての準主役だ。なかなか良かった」


・・・あ、そう。別にポストイット付けるような内容じゃなくない?

それともよっぽど劇が良かったんだろうか?それならもっとちゃんと内容を書いてそうなものだけど。


私は2冊目の日記帳を閉じると1冊目の最初に戻った。

最初の方は「今」に飛ぶ前に私が書いたばかりなのに、ペンのインクが黄ばみがかっていてなんだか変な感じだ。


書いた記憶のある部分は飛ばして、柵木君に亜希子さんと奏君のことを電話で話した翌日の日記から読み始める。今度は1ページずつじっくりと・・・、「ノエル」という文字を探すかのように。


ポストイットの箇所にはノエルことは何も書いていなかった。

ノエルのことなら、連絡を取ったというだけでもポストイット10枚分の価値はあるだろう。それなのに、ノエルのポストイットは一箇所もなかった。


それはつまり、この日記帳にはノエルのことが全く書かれていないということを意味する。


ううん、そんなことない、きっと一箇所くらいはノエルのことを書いているはずだ。

海光の卒業式の日にノエルと話した、とか、大学に受かった後に「おめでとう」って言ってくれたとか。

ポストイットが剥がれてしまっているだけよ。


私はそう願いながら日記を読み進めた。







「桜子ちゃん、おはよう」

「・・・」


翌朝。寝不足の私の前に颯爽と現れたのは、とっても爽やかな―――朝見るには目障りなほど眩しすぎる―――笑顔の男の子だった。はっきりと「見覚えない」と言い切れるけど、スケジュール帳にあった「人物紹介」から察するに、こいつは「千葉秀夫…医学部の2年先輩。何故か私につきまとってくるうざいくらいに爽やかな男」だろう。


綺麗に撫で付けられテカテカしている髪や、パリッと糊の効いた白いズボンがいかにもどっかのお坊ちゃまって感じだ。雰囲気は80年代のアイドル。生まれてくる時代を間違えたらしい。


私は直視するに耐えられないその「うざいくらいの爽やかさ」に目を細めてわざと視界をぼやかしながら「おはようございます、千葉先輩」とかろうじて返した。


「今日は病院?」

「えっと」


昨日頭に叩き込んだスケジュール帳を必死に思い出す。今日は確か大学での講義だけだ。


「いえ。一日中授業です」

「そうか、残念だな。一緒に実習した後、昼ご飯を食べに行きたかったのに」

「千葉先輩。もうすぐ国家試験ですよね。頑張ってください」


私なんかに構ってくれなくていいですから。医師の国家試験は司法試験や公認会計士試験みたいに難しくないけど、最近は合格率が下がってるんですよ?


「じゃあさ、夕ご飯はどう?この前オープンしたフレンチのお店が~~~~~」


「~~~~~」からは千葉先輩は話しているのだけど私の脳に届かないから割愛しておこう。

手帳や日記に教えられるまでも無く、これは私の苦手なタイプだ。もちろん一緒に食事なんて行かない。

特に今日の私は機嫌が悪い。


原因は昨日徹夜で読んだ日記帳。


その1冊目にはところどころ「ノエル」が登場した。ただしそれは「ノエルに会った」「ノエルと話した」という内容ではなく、「ノエルに会いたい」「ノエルと話したい」といったものばかりだった。私はノエルと別れて以来、全くノエルと接触していないようだ。

そしてついに2冊目には、「ノエル」という言葉さえ出てこなくなった。

つまり、私はノエルを懐かしむことすらしなくなってしまったのだ。


その原因も、日記の中にあった。

いや、直接的に書かれていたわけじゃないけど、その行間から私は「私」のある想いを感じ取った。


それは決して認めたくないものだった。

だけどきっとこれこそが、私がノエルに別れを告げた理由なのだろう。


それなのに高3の夏に飛んできた私は、「やっぱりノエルと一緒にいたい」「別れたくない」なんて言ったりして・・・ノエル、どう思ったのかな・・・


私はお経のような千葉先輩の声をバックに、過去の自分の失態と認めたくない想いに押し潰されそうになった。



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