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re-LIFE  作者: 田中タロウ
27/73

第3部 第1話

「きゃっ」


足が絡まり、転びそうになる。当たり前だ。自分は寝てると思っていたのに―――実際「自分は寝てる」と思いながら寝てた訳じゃないけど―――いきなり歩いてたのだから。

だけど転ばずにすんだのは、大きな手が私の腕をグイッと引っ張ってくれたお陰だ。


「おい、何やってるんだよ?大丈夫か?」

「あ・・・ごめ・・・」


誰?

私の腕を掴んでいるのは、背の高い男の子だった。見覚えがあるような気もする。


そして、今度はすぐに分かった。

私、また「飛んだ」んだ。


だけど3回目ともなると慣れたもので、私は落ち着いて情報収集することができた。


広い敷地に行き交う若者と自転車。車は通っていない。それに5階建てくらいの建物が点在している。

ここは、雰囲気からして多分大学だ。どこの大学か分からないけど、見たことがないから以前私が通っていた私立大学ではない。C大だろうか。

季節は春か秋・・・いや、春。みんな薄手の長袖やコートを着ていて、その色が薄いピンクや青、それに白が多いから。

私は自分の服を見た。

私も例に漏れず、白のブラウスにプリーツの多い青のスカート、パンプスという格好だ。


目の前の建物に時計がついている。長針はてっぺんで短針は「3」。午後3時か。


「おいってば。何キョロキョロしてるんだよ、桜子」


右上からさっきと同じ声がした。

背の高い男の子が呆れたように私を見下ろしている。改めてよく見ると、かなりかっこいい男の子だ。やっぱり見覚えがある。誰だっけ?


それに、「桜子」って・・・。

もしかしてこの男の子、私の恋人?

じゃあノエルは?


・・・ノエル!


私は青ざめた。

まだ肝心なことが分かってない。


私、今何歳なんだろう?


私とノエルの再会の約束は22歳の誕生日だ。

もし、それが過ぎていたら・・・!


「ねえ!私の歳って知ってる!?」

「はあ?」


腕を振り払い、逆にいきなり両手で掴みかかった私に男の子が驚いて一歩退く。


「何、訳のわからないことを、」

「いいから!教えて!」

「・・・たくっ、なんなんだよ・・・。俺と同い年だから21歳に決まってるだろ」

「今、何月!?」

「・・・5月」


5月。21歳の5月。

17歳の秋からだから3年7ヶ月ほど飛んだことになる。


ノエルとの約束は私の22歳の誕生日だから・・・


「~~~よかった~~~、後10ヶ月ある・・・」

「は?何が?」

「私、今、大学4年生?」

「・・・そうだけど」

「C大?」

「・・・桜子、お前、頭大丈夫か?」

「C大?」

「・・・」


男の子はため息をついて自分が着ている白衣の胸元を指差した。

名刺大のカードがついている。


『C大学医学部学生用 附属病院立ち入り許可書』


C大学医学部!やっぱりここ、C大なんだ!

じゃあ私、C大医学部に受かったの!?

すごい、私!!!

勉強しまくった甲斐があったわ!


・・・って、ん?白衣?じゃあ、この男の子も・・・


「桜子の胸にも、同じのが付いてるだろ」

「え?」


よく見ると私も白衣を着ていた。前を開いていたからさっきは白衣の下の私服しか目に入らなかったらしい。

白衣の左胸の上には、確かに男の子と同じ許可書が付いている。


その時、ようやく私の頭の中の点と点が線で結ばれた。


「あ!あなた、もしかして180センチさん?」

「はい?」


思い出した!高3の夏休みにC大模試を受けた時、駅でぶつかった180センチさんだ!

あの時より大人っぽくなってたから全然気付かなかった!

それにあの時はもっと爽やかなイメージだったような気がするけど・・・まあ、いいか。


「うわー、あなたも受かったんだ!おめでとう!」

「・・・」

「あ、ごめんね。3年も前の話だもんね。意味分かんないよね」

「桜子。病院戻って精神科の先生に見てもらうか?」

「気にしないで。あ、ねえ、『戻って』ってことは、今病院での実地授業が終わったところ?」


180センチさんがため息をつく。

初めて「飛んだ」時のノエルを思い出すなあ。


・・・ノエル。

今何をしてるんだろう。

私が21歳ということは、ノエルは18歳、大学1年だ。


どこの大学に行ってるんだろう・・・私がC大にいることは知っているんだろうか?


私がぼんやりと立ち尽くしていると、180センチさんは自分の腕から私の手を取った。


「桜子のこと心配だけど、悪い、俺今から約束があるから」

「あ、うん」


デート?と聞きたかったけど、万一私が180センチさんの彼女だとしたら嫌味以外の何物でもなくなるので、控える。


「じゃあな。明日、4時に校門のとこで待ってるから」

「え、あ、う、うん」


180センチさんはそれだけ言うと、長い足で颯爽と歩いていった。


えっと。

え?ちょっと待って。「明日、4時に校門」って何?

私、あなたの何なの?

これからどうしたらいいのよ?

こんな状態で放置しないでよ!


私は、どう考えても180センチさんに罪はないのに、心の中で180センチさんに文句を言いながらその高い後姿を追いかけた。



180センチさんは大学構内をつっきりどんどん大学の奥(と思われる方向)へと進んでいく。私は180センチさんを見失わないよう、だけど見つからない距離を保ちつつ小走りする。だって一歩一歩の歩幅が違うから普通に歩いていたらどんどん離れていってしまう。


それでも私は目の端で大学の様子を観察した。


みんな何の時間に追われることもなく、

何に縛られることもなく、

ゆったりとしたペースで歩いている。


だけどその歩調の中には、自由と希望に混じって少しの不安が時折見え隠れする。


懐かしいな、この感じ。


大学生という時間は特別だ。

大学生は小学生みたいに親に縛られることはない。

中学生や高校生みたいに学校や勉強に縛られることもない。

社会人みたいに仕事に縛られることもない。


好きな勉強をして、好きな遊びをできる。

バイトをしてお金をためれば、旅行だってできる。


いつだってどこにだっていける。


ただし、自分の将来への責任という重いリュックを背負って。


どうして子供というのはあんなに無邪気に「将来の夢」を語り、

それに対して何の努力もしていないことに不安を覚えることなく、毎日楽しく過ごせるのだろう。


私は医者になって家を継ぐということが決まっていたから他の大学生より自分の将来への不安はだいぶ小さかったと思う。そんな私でさえ、日本の将来への漠然とした不安や、老後にちゃんと年金をもらえるんだろうかという小さな不安―――歳を取るにつれてこれは次第に大きくなっていくんだろうけど―――を常に抱えていた。


就職が決まらない学生の不安は半端ではないだろう。


そんな不安を一生懸命隠すかのように明るく笑っているように見える学生達が、足早に構内を駆け抜ける180センチさんとすれ違うと、誰もがみんな素の表情になって振り返る。そこにあるのは、類まれなる容姿を持ち、医者という将来を保証された男の子に対する羨望と嫉妬。


だけど180センチさんはそんな視線などどこ吹く風でずんずん歩いている。


そして私はそこに、ある種の「諦め」があるように感じた。





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