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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第2部 第9話

私は一旦実家に戻って、亜希子さんの仕事が終わる時間まで勉強した。

そして午後5時15分。再び病院へ行くと、亜希子さんはきちんと定時で上がって私を待っていた。

いつもは一番最後まで残って仕事しているのに珍しい。


私服姿の亜希子さんはいつもと違って見えた。

私の知っている亜希子さんと言えば、海光か受付の制服姿だけだ。こうやって私服姿を見るのは初めてかもしれない。お洒落とは言い難いけど、結構身なりには気を使っているらしく、スタンダードだけど品の良い物を着ている。若干アンバランスなのはペタンコの靴。「お母さん」らしい。


私と亜希子さんは病院の前にある停留所に来たバスに乗り込んだ。

窓から差し込む丸いオレンジの夕日が眩しい。ちょっと前まで午後5時なんてまだ明るくて暑かったのに、もうすっかり秋の空だ。


亜希子さんはそんな夕暮れを眺めながら呟いた。


「私、桜子ちゃんには感謝してるの」

「感謝?」

「うん。桜子ちゃんは覚えてないかもしれないけど、

私が海光を退寮する日、桜子ちゃん、私に『私、小倉先輩のこと応援しています。頑張って元気な赤ちゃんを産んでください』って声かけてくれたの」

「・・・」


覚えている。だって、凄く勇気がいったもの。

私はちょっと赤くなって亜希子さんに頷いて見せた。


あれは「戻った」時のことではなく、それよりも前の私が高1のクリスマスぐらいだったと思う。

3学期の授業がない高3は2学期が終わると退寮する。ちょうどその頃柵木君の留学が決まり、1人大きなお腹を抱えている亜希子さんに---当時は全く話したことなかったけど---どうしても一言「頑張ってください」と言いたくて、勇気を振り絞って声をかけたのだ。

後から「なんて自分らしくないことをしたのだろう」と恥ずかしくなったけど、今思えばこれから出産しようとしている人に「頑張って」と言うなんて、すごく当たり前で自然なことだ。

どうして私はそんなことにすら戸惑っていたのだろう。


そう思えるようになったのは、なんでも思ったことをサラッと口にするノエルの影響だろうか。


「桜子ちゃんのあの一言で私、凄く励まされたの。私のことを知らなくても、こうやって応援してくれている人がいるんだって思えて・・・ああ、1人じゃないんだなって思った」

「亜希子さん・・・」

「本当はね、1人で子供を産むのは凄く怖かったの。だけど桜子ちゃんのお陰で気が楽になった」


私は笑顔の亜希子さんを見て、胸が熱くなった。


あんな一言で、亜希子さんは少し救われたんだ・・・。

勇気を出してよかった。


ほんのちょっとの勇気が誰かの為になることがある。

ほんのちょっとの勇気でも、それが集まれば大きな力になる。


そんな当たり前のことを私は分かっていなかった。

私は今までどれだけの「ほんのちょっとの勇気」をサボってきたのだろう。


でも亜希子さん、どうして急にそんな昔の話を・・・?

なんだろう。昔、何かあった気がする。

亜希子さんの子供に関する何かが。


「実は私、子供を産んだ時にお見舞いに来てくれた月島君に、そのことを話したんだ」

「え・・・ノエルに?」


朝は私が急に柵木君の名前を出して亜希子さんをビックリさせたけど、今度は私がビックリさせられる番だ。


胸の熱さに痛みが少し加わる。

亜希子さんは、私とノエルが付き合ってたって知ってるんだ。

だけどきっとまだ、別れたことは知らないだろう。


私はそのことを言うべきかどうか少し悩んだけど、今は話をそらさない事にした。


「ノエルなんて言ってました?」

「本竜先輩って冷たそうに見えるけど、そんなことするんですね、意外です。って」


あのね。


「これは私の勝手な想像だけど、月島君が桜子ちゃんを本格的に気にしだしたのってそれからだと思うの」

「じゃあノエルは、私が亜希子さんに『頑張れ』って言ったのを知って、私を好きになったってことですか?」

「多分ね」

「・・・案外単純なんですね、ノエルって」

「ふふ。そうね。男の子って単純よね」


亜希子さんはちょっと含みを持たせて「男の子」と言った。

ノエルも男の子。柵木君も男の子。確か亜希子さんの子供も男の子だ。


バスが止まる。

亜希子さんは「着いたよ」と言って立ち上がった。





バス停から徒歩5分くらいのところにある亜希子さんの実家は、ごく普通の一軒屋だった。

玄関先や庭に、柔らかそうなサッカーボールや三輪車が置いてあるのが微笑ましい。


「今いくつなんですか?」

「1歳半。やっとよちよち歩きができるようになったの。目が離せなくて困るわ」


そう言いながらも、亜希子さんは全然困った様子は無い。

病院で色んな親を見てるから分かるけど、親ってこういうもんだよね。


でも実は私は子供が好きじゃない。だからうちの小児科ではなく産婦人科の医者になったくらいだ。

だって子供って話も理論も通じないし、一緒に遊んでも楽しくない。

子供がおままごととかを楽しいと思うのは当然なのかもしれないけど、そんな子供と一緒に楽しそうにおままごとをしている大人は、私には理解できない。


だから、子供のいる家にこうやって来るのって少し緊張する・・・んだけど、


「うわ!」


私はリビングに一歩足を踏み入れて、思わず叫んだ。


「す、凄い!」

「散らかっててごめんね」

「い、いえ、そういう問題じゃ・・・」


お世辞じゃない。本当にそういう問題じゃない。これはどう片付けても綺麗にはならないだろう。

それほど大量のおもちゃがリビングに所狭しと並べられている。


「凄いですね・・・」


私がもう一度そう言うと、亜希子さんは苦笑いした。


「この前、月島君と桜子ちゃん一緒に遊びに来てくれたじゃない?その時私が月島君に、うちはあんまりおもちゃがなくてって言ったら、1週間後に大量におもちゃを持ってきてくれたの」

「おもちゃ?」

「うん。月島君のお父さんがおもちゃのメーカーで働いてるらしくて、発売前のおもちゃなんかもあって、大喜びよ。・・・あれ?どこにいったのかな?」


亜希子さんが部屋の中を見渡す。


そうか。ノエルは柵木君の代わりに亜希子さんと子供の様子を時々見に来てるんだ。

私もそれに同行したことがあって、亜希子さんとも仲良くなった、ということらしい。


やっぱりノエルは私に色んな影響を及ぼしている。


でも、柵木君がわざわざ私に亜希子さんと子供の様子を教えて欲しいとお願いしてくるということは、ノエルは柵木君に亜希子さんたちのことを話してないということだ。

私と別れたことはメールするくせに、どうしてこんな肝心なことを教えてあげないんだろう。


と。

突然、布でできた絵本の山がもこっと動いた。

ギョッとして思わず一歩さがると、絵本の山はまるで噴火の如く飛び散り、

中からはマグマ、じゃない、小さな物体が飛び出してきた。

そしてそれはそのまま亜希子さんの足目掛けてすっ飛んでくる。


亜希子さんは「もう」と言ってそれを抱き上げた。


「ほら、かなで、桜子ちゃんよ。前遊びに来てくれたでしょ?」


亜希子さんの腕の中から黒目勝ちな2つの瞳がじーっと私を見つめた。

誰このオバチャン、もとい、お姉ちゃん、とでも思っているんだろうか。


私もじーっとその瞳を見つめ返す。

全体的な雰囲気は亜希子さん譲りだけど、この目は間違いなく柵木君だ。柵木君そのものだ。


私は更にその「奏君」を見つめた。


なんか・・・こうやって見ていると、子供って面白い形をしてるなって改めて思う。

身体に比べて頭がやたらと大きくて、更にその中の瞳も大きくて。だけどその頭を支えている首は驚くほど細く、オムツ付きのぽこっとしたお尻と短い足は、ユーモアさえ感じる。


さっきの「話も理論も通じない」のに加えて「面白い形をしている」ことから、「子供」は人間ではない何か別の生物だ、というのが私の持論だ。


だけど、黙って私を見つめる「別生物」はなんだかとても興味深くって、なんだかとても・・・柔らかそうだ。



私と奏君はそれからしばらく無言のまま見つめ合っていた。





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