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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第2部 第5話

終わったことは取り合えず水に流して、私は電車に乗り込んだ。

大丈夫、大丈夫。まだ7月だ。ただの模試だ。まだ間に合う。


だけど今日だけは許して、神様。


少し込み合っている電車の隅っこで私は小さくなって英単語集を開いた。

誰から隠れているわけじゃない。でも、敢えて言うなら受験とノエルからだろう。


模試は散々だった。

受験勉強を始めて数日じゃ仕方ないし一応一度大学受験を経験しているのだから大丈夫、と自分を励ましながらなんとか最後まで解答用紙を埋めたような状態だ。

朝会った180センチさんも私と同じ部屋にいた。医学部志望者用の試験が行われる部屋だ。

医者の卵(それに勝手な想像だけど多分頭もいい)の超イケメンということで、みんなの大注目を浴びてちょっと居心地が悪そうだったのがおかしくって、お昼休みに1人でこっそりニヤニヤしてたら、「笑うな」と言わんばかりに180センチさんに軽く睨まれてしまった。

でも、そんな顔もかっこいいからイケメンは得だ。


ノエルも・・・。


ノエルとは、夏休み前に生徒会で一度会ったきりだ。その時ノエルはみんなの前でわざと私を「本竜先輩」と呼んだ。誰の前でも平気で「桜子」と言っていたノエルのその発言は、私たちが別れたことを一瞬で周囲に示した。ノエルらしいやり方だし不満はない。それなのに目が潤んだ。ノエルは私を泣かす天才だ。「泣くな」というノエルの辛そうな視線がなければ、本当に泣いてしまっていただろう。


私と別れたノエルは数日でぐっと大人びて、それは私以外の生徒の目にも一目瞭然らしく、シズちゃんでさえ「なんか一段とかっこよくなりましたね」なんて、わざとおどけて言っていた。

ほんと、イケメンは何をしても得でムカつくんだから。



電車が、さっき模試の前に私が乗っていた電車と同じ方向へ動き出した。

つまり、寮とは反対方向ということだ。

私は視線を車窓から外へ向け、無理矢理頭の中からノエルを払拭した。


5つ目の駅で降りて、あまり使ったことのない路線に乗り換え、更に3駅。辿り着いたのは一度も降りたことのない、ちょっと騒がしい駅だった。

右も左も分からないけど、もし私がこの1年3ヶ月の間に何度か足を運んでいるのなら、身体が覚えているはずだ。私は本能に任せて歩き出した。

でもさすがに途中何度か道に迷いそうになってコンビニで目的地の場所を尋ねたけど、そこを知っている人はほとんどいなかった。レジに並んでいた女子大生が奇跡的にも「私たちも今からそこに行くの」と言ってくれなければ、辿り着けなかったかもしれない。神様は私が隠れていてもちゃんと見てくれてるらしい。


だけど地下への階段を下りて「そこ」にいる沢山の人を目にした時、この広い東京でここに来ようとしていた女子大生たちと出会ったのは、余り低い確率でもないように思えた。それほどに「そこ」は熱気に溢れている。


自分の手の中にあるチケットの半券を見ると、選んだように一番後ろの端っこの席の番号が書かれていた。どうやら私は受験とノエルだけでなく、「彼」からも隠れてこのチケットを買ったようだ。


私はチケットの半券を茶封筒の中にしまうと、席についた。


しばらくすると照明が落ち、さっきまでとは違った騒がしさが辺りを包んだ。

静かなざわめき。

そして20メートル程先にある舞台がパッと明るくなり大きな音で音楽がなり始めた瞬間、全てのざわめきが消えた。いや、消えたように感じた。


舞台に数人の男女が現れる。

その一番右端にいるのは学ラン姿の男の子。


聖だ。


変なの。聖って中学の時からブレザーで学ランなんか着たことないはずなのに、劇の中では着るんだ。


それが私の最初の感想だった。



本棚で見つけた茶封筒の中に入っていたもの。それは、1枚のチケットと5枚の半券だった。

正確にはたった今、1枚のチケットも半券になったから合計6枚の半券が茶封筒の中に入っていることになる。

日付はだいたい3ヶ月ごとになっていて、多分これがシズちゃんの言っていた、私が1人で出掛けていた原因だろう。


見つけた時は、一体これがなんのチケットなのか分からなかった。題名が書かれているので映画のチケットかと思ったけど、それにしてはどれも聞いたことのない題名だったし、チケット自体の作りも手作り感が溢れている。

それが何なのか分かったのはチケットの「主催 劇団こまわり」という文字を見た時だった。


劇団こまわり。


聖が所属している劇団だ。

つまり私はこの1年3ヶ月、シズちゃんにも多分ノエルにも内緒で聖が出る劇を見にきていたのだ。

それも劇が新しくなる度に。


私はどういうつもりでここに通っていたのか。

その答えもチケットの半券が教えてくれた。チケットの半券の中で一番日付の古いものは約1年前の物で、それだけは他の5枚とは雰囲気が違う。

指定の席が真ん中の前の方のいい場所で、よく見ると「招待券」と書かれてある。

多分聖が私にくれたのだろう。


確かに以前私は聖に「いつか、聖が演じてるとこ見せてね」とは言ったけど、本当に見せてくれたんだ。意外と律儀な性格なんだな、と今更ながら夫の本性を知った気分だった。


残りの5枚の半券は、全て席が一番後ろの端になっている。

この5枚は私が自分で購入して、きっと聖にも「見に行く」とは言わずにこっそり見に行っていたのだろう。


それはどうしてか?こればかりは分からない。単純に劇団こまわりの劇を気に入ったのかもしれない。それとも聖を応援するつもりで見に行っていたのだろうか。

どちらにしろ許婚が出ている劇を見に行くなんてノエルにもシズちゃんにも話せず、照れくさくて聖にも言えずにいたことは間違いないようだ。


だけどそれは私の目論見違いだったようで。


劇が終わってこそこそと帰ろうとしたところで、私は突然呼び止められたのだった。




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