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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第1部 第1話

あれ?ここどこだっけ?

私、家で寝てたんじゃなかったっけ?


自分が今いる場所が分からず、私はまさに夢心地で辺りを見回した。


広い空間で反響する独特のアナウンス、

大きなスーツケースを転がす人、

遠くからかすかに聞こえるのは・・・飛行機の音?


ああ、ここ、空港だ。

羽田だっけ?成田だっけ?


夢か現実かも分からないままそんなことをぼんやりと考えていると、

突然私の真横で声がした。


「俺、先輩のこと好きなんですよね」


まさか自分の横に誰かいるとは思っていなかった私は驚き、首を右に回した。

見慣れない男の子が立っている。


その視線は、比較的背の高い私のそれとほぼ同じ位置にあるけど、

顔はまさに「男の子」だ。せいぜい中学生くらいだろう。


でも、綺麗な顔をしている。サラサラの黒髪に知的な切れ長の目。いかにも頭が良さそうだ。

スタイルも良い・・・


ん?


私は視線を男の子の身体に落として、ようやく気が付いた。

男の子の服装に。


制服を着ている。中学生だから当然なのかもしれないけど、この制服、見たことがある。

紺色の分厚い上品な生地でできているブレザーの胸の部分に金色の複雑な刺繍があり、襟首にはホック式ではない本物のネクタイ。


そうそう、このネクタイ。自分で結ばなきゃいけないのよね。

高等部にあがる頃にはみんな上手に結べるようになってるんだけど、中等部の生徒はまだ結ぶのが下手で、みんな結び目がやたらと大きくって不恰好だった。

でも、この子は上手に結べてる。


「・・・海光かいこうの制服?」


思わず呟いた私を、男の子が訝しげに見下ろす。


「は?」

「あ、君が着てるのって、海光学園の制服?」


私は懐かしいその学校の名前を口にした。

男の子が眉を寄せる。


「何言ってるんですか。先輩だって着てるじゃないですか」

「え?」


今度は自分の身体を見下ろした。


本当だ。

私も海光の制服を着てる。

もちろんスカートだけど。


そうよね。私だって海光の生徒なんだから、この制服を着ていて当然・・・


「はあ!?」


私は勢い良く顔を上げ、男の子を見た。

男の子は「何やってんだ、こいつ」と言わんばかりの呆れ顔だ。


「どうして私、海光の制服着てるの!?」

「海光の生徒だから」

「うん、そうよね。・・・じゃなくって!!!」


私が海光を卒業したのなんて、もう10年も前の話だ。

なんで28歳の私が、今更海光の制服なんて着てる訳!?


ていうか、ここどこ!?

旦那は!?

病院は!?

この子、誰!?


私は今度はかなり焦って辺りをキョロキョロ・・・というか、

ギョロギョロ見た。


人混み。

スーツケース。

カウンター。

ツアーガイド。

航空券片手に急ぐ人。


やっぱり空港だ。

一体、どうなってるんだろう。


ふと目が大きなガラス窓に止まる。

そこには、行きかう人々の波に取り残されたようにポツンと立っている私と隣の男の子が映っていた。

男の子の顔には相変わらず不審の色が漂っている。


そして私は・・・

おかしなことに、こんな時にもかかわらず私は「ああ、やっぱり私は昔からこんな顔だったんだ」と、

がっかりした。


周りの人は私のことを美人だという。

「モデルみたいだね」「フランス人形みたいだね」と。

確かに私のおばあさんはフランス人だから、

そういう意味で「フランス人形みたいだね」というのは当たっているのだけど、それは私にとって決して褒め言葉ではない。


みんなが私をちやほやしてくれていたのは子供の頃だけ。

小学校の高学年になる頃には、見た目だけで「冷たそう」「子供らしくない」「近寄り難い」というレッテルを貼られ、友達はどんどん少なくなっていった。

それに、自分の性格が暗いとは思わないけど、人とのコミュニケーションが苦手なのは事実。

それも友達を作れずにいた一因だろう。


中学受験をして、難関と言われる中高一貫の海光学園に合格した後は尚更だった。

「美人だし、頭はいいし、親は開業医だし。天は何物なんぶつも与えるんだね」、なんていつも嫌味を言われていた。


ただ、海光に入ったのは正解だった。

海光は全寮制で、私は親戚や近所の人から離れ一から人間関係を構築できたし、海光の生徒はみんな将来を期待されているエリートばかり。頭は良くて当たり前。外見で浮くのは相変わらずだったけど、以前ほど「異色人種」として見られることはなかった。


仲の良い友達もできた。

それも意外なことに男の友達が。

人懐っこいその子は入学してすぐ私に、「お前って人形みたいだな。でも中身は俺と変わんなさそう」と言って、何かと私にちょっかいをかけてきた。

最初はちょっと面倒臭い奴だと思っていた私も、次第に打ち解け、結局中・高校6年間ずっとその子とつるんで・・・


違った。

その子は高2になる時、交換留学制度を使って海外へ行ったんだ。

あの時は寂しかったなあ。

空港まで見送りに行って、思わず泣きそうになったっけ。


ん?・・・あ。


「あああ!」

「・・・何なんですか、さっきから」

「今ってもしかして、私、見送りに来たの!?」

「・・・」


思い出した!この光景!

高校1年の春休みに、あいつを成田まで見送りに来た時だ!

そうだ、そうだ!あの時と同じだ!


私はお腹を抱えて笑った。


「なーんだ!あの時の夢かあ。懐かしいなあ」

「・・・」

「でも、どうして急に10年も前の夢を見てるんだろう?

あいつはまだ海外だし、特に昔を思い出すような出来事もなかったと思うけど」

「・・・」


首を傾げながら笑う私を見て、男の子が無言ですっと手を伸ばしてきた。

そしてそれがそのまま私の額に触れる。


その温かさが夢とは思えないほどリアルで、私は思わず笑うのを止めた。


「本当に大丈夫ですか?熱でもあるんじゃないですか?もう飛行機も行っちゃったし、早く寮に戻って休んだ方がいいですよ」

「う、うん・・・」

「今から生徒会で新入生の歓迎会の打ち合わせですけど、本竜ほんりゅう先輩は体調が悪いから休みですって僕言っときますから」

「うん・・・」


生徒会。

そうだった。私、生徒会やってたんだ。

普通は成績が学年で1番の生徒がやるんだけど、

その生徒であるあいつが「生徒会なんか面倒臭い」なんて言って、

2番の私に振ったもんだから、渋々やってたんだっけ。


どうやらこの子も生徒会をやっているようだ。

それに、ネクタイの色が高等部の青ではなく赤のところを見ると、やはり中等部の生徒なんだろう。


えーっと。ちょっと待って。思い出しそう。

この子は・・・この子は・・・確か・・・


月島つきしま君?」

「はい」

「やっぱり!」


そうだ!月島君だ!

入試で過去最高得点を叩き出した、超秀才の月島君だ!

一緒に生徒会やってたんだった!


「うわー!懐かしい!久しぶり、月島君!」

「はい?」

「あ、そっか。これは夢だから久しぶりも何もないか。でも懐かしい!月島君、今はどこで何やってるんだろう」

「はい?」


思わぬ再会(?)に大興奮の私を、月島君はいよいよ本気で心配し始めたのだった・・・。





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