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re-LIFE  作者: 田中タロウ
16/73

第2部 第1話

ハア、と。

右隣から深いため息が聞こえた。

この息遣いはノエルだ。そう思って右隣を見たけど、私が予想した場所にノエルの顔はなかった。

視線の位置を修正して、少し上に向ける。

あった。ノエルの顔。

でもノエルってこんなに背が高かったっけ?


ハア。

もう1つ、ノエルの口からため息が漏れた。


何をそんなにため息をついているんだろう。


それに・・・ここはどこ?


じっとりとした汗が私の頬を伝った。

頭の真上に太陽がある。

暑い。


「・・・分かったよ」


ようやくため息以外の声が聞こえてきた。

その声は心なしかいつもより低く感じる。


でも、分かったって何が?


ノエルが私を見た。いや、見下ろした。

ノエル、いつの間にこんなに背が高くなったんだろう。

それに顔も少しシュッとしていて大人っぽい。

・・・なんかかっこいいよくなったじゃない。


だけどドキッとしたのも束の間、ノエルの口から衝撃的な言葉が発せられた。


「そんな理由で振られるとは思わなかった」


・・・は?

振られる?

誰が?


困惑している私をノエルは切なげな表情で見つめた。

そこには一種の色気すらある。


待って。待って、待って。

何なのこれは。


ここはどこ?私、ノエルとここで何をしているの?何の話をしているの?


オーバーフロー気味の脳をなんとか制御して、私は辺りを見回した。


海光の校庭だ。

数人の生徒が暑さをもろともせずにバレーボールをやっている。

どうやら昼休みらしい。


だから待って。

私今まで何してたんだっけ?

新入生への部活紹介を無事終えて、ノエルと2人で「打ち上げだ」とか言いつついつも通りのファミレスでいつも通りのご飯を食べて、

寮に帰って眠って・・・


で、今?


背中を汗が流れた。

でもそれはさっき私の頬を流れた汗とは違う。


私、また「飛んだ」んだ。


やだ。なにこれ。

またなの?どうして?


今、いったいいつなの?


右手で前髪をかき上げ、動揺を隠しつつ自分の服を見下ろした。

海光の制服だ。つまり私はまだ高校時代にいる。

だけどその制服というのが・・・夏服だ。

部活紹介は4月上旬。つまり私は3ヶ月ほど「飛んだ」ことになる。


よかった。たいしたブランクじゃない。


でも・・・本当に?


私は前髪をかき上げた手を頭に置いたまま、ノエルを見た。

やっぱり背が伸びてる。

顔も大人っぽい。

声も低くなってる。


・・・まさか。


おそるおそる自分の左胸の名札に目を落とす。


『3-1 本竜』


3-1。3年1組。


3ヶ月じゃない。

1年3ヶ月飛んだんだ。


また背中を冷や汗が流れた。


「1年以上も付き合ってきて、今更そんなこと言うんだな」


嫌味ではなく、純粋な感想といった感じでノエルが言う。

「そんなこと」って何?

私、何を言ったの?

振られるって何?


分からないことが多すぎて、言葉も出ない。


ハア。

三度目のため息。


「・・・でも、分かった。桜子がそう言うんなら仕方ない」


ノエルが立ち上がったのを見て、私はようやく自分が校庭の淵にある花壇に腰掛けているのに気が付いた。

ノエルはポケットに突っ込んでいた両手を出し、少し無理して笑顔を作る。


「受験、頑張って」

「・・・あ」


やっと声が出た。でも言葉にならない。


「俺も勉強頑張らないとね。桜子に振られたからって成績が落ちたんじゃ情けない」

「ノエル・・・」

「じゃあ」


ノエルは一瞬笑顔を崩して真顔で私を見つめ、そして踵を返して歩き出した。


待って。ノエル、待って。

心はノエルを追いかけようとしていたけど、身体が動かない。


待って。お願い。

ノエルも。時間も。


だけど私は、校庭にチャイムが鳴り響いても動けずにいた。






あれ。鍵穴に鍵が入らない。

時間だけじゃなくて扉まで私を拒むのか。


限りない脱力感の中で、そんな被害妄想に襲われた。


結局私はパニック状態から立ち直ることができず、先生に気分が悪いからと言って午後の授業をサボって寮に戻ったのだけど、制服のポケットに入っていた鍵が寮の部屋の鍵穴と合わない。


・・・そうだ。私今、3年生なんだ。つい数日前に2年生になったとこなのに。


必死に記憶を辿り、3年生の時にいた部屋を探し当ててベッドの上に身を放り出した時には、時計は午後2時を回っていた。


うつ伏せになってベッドに顔を埋め、考えてみる。


どうしてこんなことになったんだろう。

高校1年生からもう一度人生をやり直せると思っていたのに。

このやり直しの人生は神様からのプレゼントじゃなかったの?

どうしてノエルと別れないといけないの?

しかも、私が振るなんて!


だけど心の中で散々神様を罵る一方で、私の頭の一部は冷静だった。


さっき私がノエルを追いかけられなかったのは、パニックのせいだけじゃない。


今の私には、1年3ヶ月の間に何があって私がノエルと別れる決意をしたのかが分からない。

だって例えばノエルが凄く暴力を振るう人だったら?

付き合い始めた頃には分からなかった本性が少しずつ分かってきて、私はノエルと別れる決心をしたのかもしれない。


そんなはずがない。

でも絶対ないとは言えない。


私はノエルのことを信じ切れなかった。

だから追いかけられなかった。


私、ノエルのことを好きとか言ってたくせに、信じることもできないんだ。



「桜子さん、何やってるんですか?」


パッと部屋の電気が点き、視界が明るくなる。

ん?電気?


私はベッドから顔を上げた。

眩しさでぼやける視界の中に、誰かが立っている。


「あれ・・・今何時?」

「7時ですよ」

「夜の?」

「当たり前じゃないですか、大丈夫ですか?体調悪いんですか?」

「ううん・・・今日、何日?」

「7月16日ですよ。ほんと、どうしたんですか、桜子さん。変ですよ」

「えっと・・・」


目が光に慣れてきてその声の主の姿がはっきり見えてくる。

癖もボリュームもないストンとした髪を高い位置でポニーテールにしている、ちょっと吊り目で小柄な女の子。

見たことはあるけど誰だか思い出せない。

でもなんだか私に親しげに話しかけてくれているから今更「あなた、誰?」とも聞けない。


だけど取り合えず私はホッとした。

また「飛んだ」のかと思ったけど、どうやらただ眠っていただけらしい。


じゃあノエルと別れ話をしたのはまだ「今日」の昼なんだ。

せっかく晴れてきた視界がまたぼやけそうになる。


ポニーテールの女の子はパパッと制服を脱いでジャージに着替えた。


「桜子さん、今日私たちトイレ掃除の当番ですよ」

「トイレ掃除?」

「もう。それも忘れてるんですか?でも体調悪いなら私1人でやるから寝ててください」


そうだ。海光では部屋ごとに共有スペースの掃除当番が回ってくるんだった。

どうやら今日は私の部屋がトイレ掃除の当番らしい。

つまり、この女の子は私のルームメイトってことか。


あ。この子、もしかして。


「じゃあ、お願いしていい?・・・小島さん」

「え?『小島さん』?」


女の子が驚いた様子で私の方を見た。


しまった。違ったかな。

確かこの子、3年の時に同室だった2学年下の小島さんって子だと思ったんだけど。

もっとも、お互いに全然興味がなくて、ロクに話したこともなかったから顔も名前もうろ覚えだ。


ところが。


「どうして急にそんなよそよそしく苗字なんかで呼ぶんですか?いつもシズちゃんって言ってるのに」


シズちゃん?

そう言えば小島さんの下の名前は「しずえ」だとか「しずか」だとかだった気がする。

やっぱりこの子は小島さんのようだ。

でも小島さんのことを「シズちゃん」なんて呼んでた覚えはない。

「桜子さん」なんて呼ばれてた覚えもない。


そもそもこんな風に話したことなんてあったっけ?


「やっぱり今日の桜子さん、変ですよ。休んでてください」

「う、うん。ゴメンね、よろしく。シズちゃん」


若干ぎこちなく「シズちゃん」と言ってみたけど、

小島さんは特に怪しむことなく「了解です」と笑顔で返してきた。


私が飛んだ1年3ヶ月の間には、ノエルとのこと以外にも変化があったらしい。


私は「いってきまーす。お大事に」と明るく部屋を出て行く「シズちゃん」を

唖然として見つめた。





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