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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第1部 第14話

月島先輩は後輩に大人気だ。


見た目、頭、手際の良さは100点。

愛想の良さは40点くらいだけど、それよりも前者の3点の方がピカピカの海光1年生には魅力的らしい。


「月島先輩!入部届けってどこに行けばもらえますか?」

「ホームルームで担任が配ってくれる」

「月島先輩!職員室ってどこですか?」

「後から案内するよ」

「月島先輩!今日外出しようと思うんですけど、寮って何時までに帰ればいいんですか?」

「門限はないからいつでもいいよ」

「月島先輩!外泊は?」

「自由。でも外泊届けは書くこと」

「月島せんぱーい!」


もう、月島先輩・月島先輩の嵐だ。

私は部活紹介が無事に終わった体育館で新入生に囲まれているノエルを遠巻きに見ていた。


4月に入り、私とノエルは他の在校生より一足先に寮に戻って新入生を迎えた。

受け入れ、寮と学校の説明、入学式・始業式の手伝い、そして部活紹介。

ようやく初代「リトル」としての役割も一通り終わった・・・と思ったのだけど、

元気な新入生達はまだまだこれからもノエルを解放してくれそうにない。


特に寮が同じ男子生徒たちは何故か妙にノエルになついている。

あんなに愛想の悪い先輩のどこがいいのかと思うけど、同じくノエルに「なついている」私としては何も言えない。


え?私は何をしてるのかって?

・・・別に何も。

作業的なことはもちろん色々やってるけど、ノエルとは違って私には全然新入生はなついてこない。

見た目、頭、手際の良さはノエルに負けてないと思うけど(自称ね)、愛想の良さ0点はやっぱりよろしくないらしい。


そういう訳で、今はひたすら体育館の後片付けに追われてる。


「ほら、早く教室戻れよ。俺、片付けがあるから」


ようやくノエルが質問攻勢にストップをかける。


「えー?片付けってなんですか?」

「体育館の。ほら、桜子が1人でやってるだろ」

「・・・」


数人の女子生徒の視線が背中に刺さる。

新入生の視線だけじゃなくて在校生の視線も。


ノエルには「隠す」という概念がないらしい。


「桜子。椅子は俺が片付けるから、桜子は舞台の方頼む」

「・・・わかった」

「なんか怒ってる?」

「別に」


だから。みんながいる所でそうやって話しかけないで。

でももう手遅れだ。

今日中には「氷の女王が中等部の秀才・月島と付き合ってるらしいぞ」って噂が、学校中に広まることだろう。


「なんで?いいじゃん」

「よくない!」


私の手から椅子を取ろうとするノエルに小声で怒鳴る。


「それって俺と別れた時に困るから?」

「そうじゃないけど!恥ずかしいじゃない」


女子視線、怖いし。


でもノエルは本気でそういう女心が分からないらしい。

少し不機嫌そうにパイプ椅子を3つ重ねて持ち、備品倉庫の方へ歩き出した。

私も3つは無理だけど2つ持ってノエルの後に黙って続く。


突然、ノエルの背中から声がした。


「・・・桜子はいずれ俺と別れるつもりなんだろ」

「え?」

「いつかは許婚と結婚するんだろ?」

「しない!」


思わず口調が強くなる。

声も思いのほか大きかったようで、まだ体育館に残っている生徒達が驚いて私とノエルの方を見た。

だけどノエルはそんな周囲の視線を気にすることなく、そして私に振り向くこともなく、歩き続けた。


「どうして急にそんなこと言うのよ?」


さすがに声の大きさは抑えたけど、反対に口調は更に強さを増す。

私は視線を自分の持っている椅子の背もたれの部分に落とした。


今までノエルは一度も私の許婚のことを話題にしたことがない。

それは、ノエルは私が許婚と結婚するつもりがないと分かっているからだと、私は思ってた。


だけどそうじゃなかったの?


涙が出そうだ。

人が泣くのって、痛い時と悲しい時と感動した時だけだと思ってたけど、怒ってる時も泣くんだ。

ノエルのお陰でまた一つ勉強になった。

でも、嬉しくない。


ノエルの背中が急に遠くにあるように思えた。


「春休みの初日、許婚が家に来るからって俺との約束を取りやめただろ?」

「・・・気にしてたの?」


一言もそんなこと言ってなかったのに。


「違う。そのこと自体はどうでもいい。だけど、あの日は桜子の誕生日だった」


制服の襟に少しかかった黒い髪がノエルの歩調に合せて揺れる。


「あ・・・うん。そうだったね。それで気にしてるの?」

「だから違うって。俺が気にしてるのは、俺が桜子と会えなかったことじゃなくて、桜子の許婚が桜子に会いに来た事だよ」


思わず。足が止まった。

背中でその気配を感じたのか、ノエルも立ち止まる。

でもまだ振り向いてくれない。


「桜子の許婚は、あの日が桜子の誕生日だって知ってて、桜子に会いに来たんだよな?」

「・・・まさか」


そう言いながら、私は必死に記憶を辿った。


あの日。3月19日。

どうして聖はうちに来たんだっけ?


ぼんやりとしか聞いていなかったあの日の会話の中から私がその答えを見つけたのは、10秒ほどの沈黙の後だった。


――― 今日は聖君がうちに来たいと言ってくれたんだってね、ありがとう


そう言ったのは確かパパだ。

私の誕生日なんて、伴野のおじ様が覚えていなかったのはもちろん、パパとママでさえ、私の帰省と伴野父子の訪問のせいで忘れていた。


それを聖が覚えていたというの?

そして私を祝うためにうちに来た?


まさか。

まさか、まさか。それだけは絶対有り得ない。

だって、結婚する前もしてからも、聖に誕生日を祝われたことなんて一度もない。

私の誕生日自体、知ってるのかどうかも怪しい。

それに前うちに来た時だって「誕生日おめでとう」の一言もなく、ただ黙ってご飯を食べながらおじ様とパパの会話を聞いていただけだ。


私の誕生日に聖がうちに来ようと思ったのは単なる偶然だ。

そもそもうちに来たのだって、どうせパパからお小遣いでも貰おうと思ったんだろう。


「違うよ、ノエル。それは違う。あの日私の許婚がうちに来たのは偶然よ。

彼が私の誕生日なんか知ってるはずないし、私も彼の誕生日なんか知らないし」


忘れたんじゃなくて知らない。

聖が私の誕生日を祝ってくれたことはないし、私が聖の誕生日を祝ったこともない。

「生まれてきてくれてありがとう」なんて、お互い思ったことがない。


私の言葉を聞いたノエルが、ようやく振り向く。


「桜子の許婚は桜子のこと、大切に思ってるんじゃない?」

「思ってない、思ってない。絶対思ってない。面倒臭いって思ってるだけよ。なによ、ノエル。そんなこと気にしてたの?もし本当に彼が私のことを大切にしてたら、私も情にほだされて彼と結婚するとでも思ったの?」

「・・・」

「馬鹿ねぇ」


私は心の底からそう言った。

有り得ない。

聖が私のことを大切に思ってるなんてことも、私が聖と結婚したいと思うなんてことも。


ノエルは物凄く頭がいいのに、どうしてそんな簡単なことが分からないんだろう。

1+1より簡単なのに。


「私と彼の心が交わることは絶対ないわ。何度人生をやり直したとしても」


私がそう言うと、ノエルの表情がふっと和らいだ。

その瞬間、今の今まで遠くに感じていたノエルが私のすぐ近くにやってきた。

いや、今まで以上に近い場所に戻ってきた。


また涙腺が緩む。


今度はどういう涙なんだろう。

感動?ちょっと違う。なんだかホッとして・・・ダメだ。本当に泣きそう。


「文学少女みたいな発言だな」

「私、結構よく本読むのよ?」

「知ってる。それも湊さんから聞いた。『本竜はいつも違う本を持ち歩いてるけど、俺はあれは文学少女を装うためのカモフラージュだと思う。あいつ、絶対本の中身は読んでないぞ』って」

「なっ!」


ちょっと、柵木君!!!ちゃんと読んでるわよ!!!


ノエルは一度椅子を持ち直して、笑いながら歩き出した。

私もそれを追いかける。


数秒間だけ、ノエルが少し歩く速度を遅くして、私は少し早くした。

2人が並ぶ。

自然に2人の速度ができる。


この瞬間が、たまらなく好きだ。


もしも。本当にもしもだけど、一度だけでも聖とこの速度を共有できていれば、私と聖は「夫婦」になれたのかもしれない。


だけどもう手遅れだ。



私の新しい人生は始まってしまったのだから。






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