おんがえしとは
猟師の男は寺の住職から、隣村で起こったちょっと変わった話を聞いた。
「お前さんと同じような猟師の男がな、怪我した鶴を助けたんじゃと。
なんの気まぐれじゃろうか、普段獲物にする鳥の手当てをしてやって、
そのまま放してやったんだと。
そうしたらな、数日経ってそりゃあ美しい若い女が訪ねてきてな、
『わたくしは先日あなた様に助けていただいた鶴にございます。
どうかあなた様の妻としてお世話させてくださいませ』
と言って、本当にその猟師の女房になったのだと。
その若い女、働き者だし料理はうまいし、いいことづくめらしい。
猟師の男もそのおかげでそりゃあ生き生きとしておるようだ。
お前さんも、生業上仕方ないかもしれんが、無益な殺生はいかんぞ。
生けるものを助ければ、よきことがあるやもしれんしの」
話を聞いた猟師の男は、なるほどそんな事があるのかと思った。
この男は未だ独り身で、おなごに言い寄られたためしはない。
男側から言い寄った事はあるが、顔はまあ並み、猟師の腕前も並み、
小銭が入ればその晩には酒代に消えるようなその日暮らし。
人柄がいいかと言えば、そう悪くはないという程度で、
おなごに好意を寄せられる理由もなかった。
が、この住職の話にひらめくものがあった。
わしも何か生きものを助ければ、女房がもらえるかもしれんぞ!?
この男、助けた相手がオスであった場合は微塵も考慮していない。
いや、女房であればこの際性別など問わないのかもしれない。
こうしちゃおれん、と男は野山を駆け回る。
怪我をしておる生きものはおらんか、困っている生きものはおらんか、
しかし闇雲に探したところで都合よく見つかるはずもなかった。
一日中駆けずり回って夜を迎え、疲れ切って家に帰り、
晩飯の代わりにしなびた大根を齧りつつ、足りぬ頭でうんうん考えた。
そうだ、わしが罠を仕掛けておけば、助ける生きものが捕まえられる!
自作自演である。本末転倒である。生きもの達は大迷惑である。
翌日、日の出前から男は野山のあちこちに、罠という罠を仕掛けて回った。
さらには無駄に行動力を発揮し、海や川にも訪れて、網も仕掛けて回った。
これだけ仕掛けがあれば、一匹二匹はかかるに違いなかろう。
果たしてさらにその翌日、全ての罠と網を確認して回れば、いるわいるわ。
四つ足は鹿、猪、狐、狸、穴熊、鼬、鳥は鶴、雉、鵯、燕、鴛鴦、雁、
魚は鮃、鯵、蛸、鮎、鱒、山女魚と選り取り見取り。
男は大喜びして罠から獲物を外し、片っ端から傷の手当をして放ってやる。
そして、元気でなー、達者でなー、と棒読みで手を振り見送ってやった。
罠を回収し、やり遂げた表情で男は帰宅し、妄想にふける。
助けた生きものは、合わせて二十匹は超えていた。一人ぐらいは来るはず。
いやいや、もしかすると二十人を超えるおなご達が来るかもしれんぞ!
女日照りのわしが、一晩で女房二十人とは!もう毎晩眠れんぞ!
そんな薔薇色の未来を想っていた翌晩。
男の家の戸をとん、とん、とん、と叩く音が聞こえる。
来た来た、やべぇ、わしムラムラしてきたぞ!と興奮しながら戸を開ける。
そこには確かに美しく若い女達が二十人強立っていた。
代表なのだろうか、一人の女が前に出る。
「わたくしは、先日あなた様に助けていただいた鹿でございます。
後ろにいる女達も皆、あなた様に助けていただき…
罠にかけられていた者達でございます」
空気が冷たく重たい。
気づけば女達、全員笑顔ではあるが、視線は吹雪の如きである。
思い返せば、罠を持ち帰るところは生きもの達に見られていた。
「助けていただいたのは事実。ですが罠にかけられ傷つけられたのも事実。
お礼ではなく、お礼参りでございます。
命まで取るつもりはございません。
ひとり拳一発ずつ顔面に、それで手打ちといたしましょうか」
女達は惚けている男を囲み、一斉に拳を握りしめた。
怨がえし。




