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夜空を眺めているだけの女を追放した結果

作者: 根古
掲載日:2026/03/10

 その日、宮廷星読み官ステラ・メンシスの世界は、静かに終わった。


「——よって、本日をもってステラ・メンシス伯爵令嬢との婚約を破棄する」


 王太子エルヴィンの声が、白亜の謁見の間に響く。

 傍らには聖女リアーナが、扇で口元を隠し——どこか勝ち誇った目で佇んでいた。


「殿下、理由をお聞かせ願えますか」


 自分でも驚くほど、声は平坦だった。

 五年間、感情で星を曇らせないよう訓練してきた成果が、こんなところで発揮されている。皮肉だった。


「理由? そうだな、では言おう」


 エルヴィンは肩をすくめた。


「南方遠征の日取りを星の配置が悪いと覆したな。レゲンスブルクとの条約締結も、星の巡りを理由に二度延期させた。——お前はことあるごとに俺の判断に口を挟んできた」


 ステラは黙っていた。反論はない。事実だからだ。


「星読みなど、所詮は迷信だ。お前はただ——夜空を眺めているだけの女だろう? それだけの者が国事に口を挟もうなど、思い上がりも甚だしい」


 吐き捨てるように言って、エルヴィンは一つ息を整えた。


「これからは聖女リアーナの神託があるのだ、貴様が星を読む必要などなくなった」


 リアーナが控えめに頷く。


「わたくしの神託で、王国の未来をお守りいたしますわ」


 リアーナは控えめに微笑む。

 扇の陰に隠れた目だけが、静かに細められていた。


 ——夜空を眺めているだけ。

 ——余計な口出し。


 ステラは言葉を失った。


 南方遠征を止めたのは、あの時期の海流が船団を沈めると計算したからだ。

 条約締結を延期させたのは、相手国の星暦で凶日にあたる日取りだったからだ。

 すべて根拠があった。

 全てに意味があったというのに。

 そのすべてがたった今「夜空を眺めているだけ」の一言で切り捨てられた。


 ……いや、違う。

 最初から、見てもらえていなかったのだろう。


「……左様でございますか」


 ステラは深く一礼した。

 涙は出なかった。星読みは星の光を見るために、泣いて目を曇らせることを自分に許さない。五年間そうしてきたから、今さら泣き方を思い出せなかっただけだ。


「観測塔の鍵と、引き継ぎ書をお渡しいたします。明朝までに退去いたしますので」


「ああ、好きにしろ」


 エルヴィンは、もうステラを見ていなかった。


 ★ ★ ★


 ステラが去った翌日。

 宮廷魔導師長アルベルトが、観測塔を訪れた。


「引き継ぎ書……これか?」


 机の上に置かれていたのは、薄い冊子がたった一冊。

 全十二ページ。星読みの基本手順と、観測器具の使い方が淡々と記されているだけだった。


「なんだ、この程度か。殿下の仰る通り、大した仕事ではなかったわけだ」


 アルベルトは鼻で笑い、冊子を棚に放り投げた。

 そのとき、棚の奥で何かが崩れる音が鳴る。


 ——棚の裏に、隠し扉があった。


 扉の向こうには、天井まで積み上げられた帳面の山。

 三千冊を超える観測日誌が、五年分の夜空の記録が、びっしりと並んでいた。


「な……っ」


 アルベルトは一冊を手に取り、開いた。

 そして、顔色を失った。

 すべてが独自の記号と暗号で書かれていた。星読み官にしか解読できない、ステラだけの言語で。

 ページの端には、小さな文字で走り書きがある。


『北天第三星群の歳差が〇・七度。この傾きが続けば、三ヶ月後に寒波。穀倉地帯ヴァレンシュタットの作付けを二週間早める必要あり——農務局に提言済み、承認済み』


 アルベルトの手が思わず震えた。


 我々は長年王国に仕えたとてつもない何かを失ってしまったのではないか、と。


 全てを理解できぬとも、アルベルトはそのメモから得体のしれぬ恐怖を感じ取った。

 すなわち、彼女は夜空を眺めるだけの女にあらず。

 彼女こそ未来を計算し、王国のあらゆる政策に——誰にも気づかれないまま、その判断の根拠を与え続けていたのではないかと。


 しかし、アルベルトは諦めが悪く未来志向の男だった。


「暗号など解読すれば済む話だ。魔導師団に回せ」


 彼は帳面を一冊持ち帰り、塔を後にした。


 しかし、暗号は三日経っても解読できなかった。


 ★ ★ ★


 ステラが去って七日目。

 最初の綻びは、思わぬ形で現れた。


「殿下、大変です! 隣国レゲンスブルクの使節団が——」


 外交儀典官マティアスが、血相を変えて謁見の間に駆け込んできた。普段は宮廷一の鉄面皮と呼ばれる男が、額に汗を浮かべている。


「歓迎の宴の最中に、レゲンスブルク大使が席を蹴って退席されました。随行の騎士団もすべて宿舎を引き払い、今朝未明に国境へ向けて出発したとの報告が」


「何だと? 宴の準備は万全だったはずだ。料理も、楽団も、贈答品も——」


「はい。しかし問題はそこではなく……日取りです」


 マティアスは声を落とした。


「昨夜は『カリストの暗夜』でした。レゲンスブルクの星暦でその日は……国喪に等しい凶日とのことで。その夜に華やかな宴を開くことは、レゲンスブルク王家への重大な侮辱と受け取られると」


「そんな暦など聞いたことがない! なぜ事前に分からなかった!」


「それが……」


 マティアスは苦い顔で続けた。


「毎年、星読み官から各国の星暦との照合表が提出されていたのです。私どもはそれに基づいて日程を組んでいました。今年は——その照合表が、ありませんでした」


 沈黙が、謁見の間を満たした。

 それが意味することは、すなわち――その答えを得る前にエルヴィンは言葉を発する。


「聖女リアーナの神託では防げなかったのか」


「リアーナ様にお伺いを立てましたが……『神は異教の星暦など気にされません』と」


 神託は、神の意志を伝えるもの。他国の暦や星の運行のような「地上の知識の集積」は、神託の管轄外だった。

 ステラが黙って補っていたその領域に、ぽっかりと穴が空いたのだ。

 エルヴィンは舌打ちをしたが、まだこの程度のことで自分の判断を疑うような男ではなかった。


「先方への謝罪は、私のほうで改めて行う。次からは外交官に直接確認させるように」


 ★ ★ ★


 十四日目。

 被害は外交だけに留まらなかった。

 王国南方の港町グラーツから、早馬が宮廷に駆け込んだ。伝令の男は泥と潮で汚れた顔のまま、震える声で報告した。


「海路貿易船団五隻が、フェルゼン海峡で嵐に遭遇。四隻が沈没、一隻が大破し漂流中。乗員百二十名のうち、救助されたのは三十一名——」


 謁見の間に悲鳴に似た声が上がった。


「馬鹿な!」


 エルヴィンが立ち上がった。


「出航前に天候は確認したはずだ!」


「はい。港湾局の天候予測では、向こう一週間は穏やかな海況でした。しかし——」


 伝令は一枚の紙を差し出した。

 港湾局から回収した過去五年分の航路策定資料だった。


「港湾局に確認したところ、毎月、星読み官から『長期海流周期報告』なるものが提出されており、それを元に安全航路と出航日を決定していたとのことです。今年はその報告がなく、通常の天候予測のみで出航日を判断しました」


「長期海流周期報告……?」


 エルヴィンは、そんな報告書の存在すら知らなかった。


「フェルゼン海峡には十年周期の深層海流の変動があり、特定の時期に突発的な暴風が発生するそうです。星読み官はそれを星の動きと過去の記録から予測し、危険な時期の出航を回避させていた、と港湾局長は証言しています」


 ——百二十名の船乗りのうち、八十九名が海に沈んだ。


 単なる事故で片付けられる規模ではない。

 エルヴィンは玉座に崩れるように座り直した。

 それでもまだ、彼は認めなかった。


「……海流の変動など、長年の経験がある船乗りなら読めるはずだ。星読み官に頼りすぎていた港湾局の怠慢だ」


 そう言い切ったエルヴィンの横で、リアーナが不安そうに袖を引いた。


「殿下……わたくしの神託では、海のことは……」


「わかっている。お前のせいじゃない」


 エルヴィンは聖女の手を握り、安心させるように微笑んだ。

 悪いのは港湾局だ。星読み官に依存していた体制が問題なのだ。——そう結論づけることで、自分の判断を守った。


 ★ ★ ★


 一ヶ月目。

 王国は、取り返しのつかない災厄を迎えた。

 大霜。

 それは例年より三週間も早く、まるで季節を間違えたかのように訪れた。

 一夜にして、穀倉地帯ヴァレンシュタットの麦畑が白く凍りついた。

 収穫まであと二週間だった麦の穂は、朝日の中でほとんどが無残に折れていた。


「今年の穀物収穫量は例年の二割以下になる見込みです。このままでは、冬を越せない民が——」


「なぜ予測できなかった!」


 エルヴィンの怒声が謁見の間に反響した。


「三ヶ月前の農務局の記録を確認しろ! 作付け時期の前倒し提言が出ていたはずだ!」


 農務局長は青ざめた顔で首を横に振った。


「……出ていません、殿下。例年は星読み官から長期気象予測に基づく作付け提言が提出されていたのですが、今年は星読み官の退任に伴い、提言自体がございませんでした」


 ――星読み官。

 幾度となく聞いたその言葉に、謁見の間が、氷のように静まり返った。


「魔導師長!」


 エルヴィンはアルベルトに向き直った。


「星読み官の観測日誌を解読しろと命じたはずだ! あの日誌に予測が書かれていたのではないのか!」


 アルベルトは汗を拭いながら答えた。


「解読を試みておりますが……あの暗号は、既知のいかなる暗号体系にも合致しません。星読み官独自の記号体系で、星座の配置と数式が複雑に組み合わされており……魔導師団の暗号班十二名をもってしても、一ページの解読に一週間を要する状態です」


「何をもたもたしている! 三千冊もあるのだぞ!」


「はい。全巻の解読には……概算で、五十年以上はかかるものと……」


 沈黙が降りた。

 五十年。

 それを、たった一人の女が、五年間で書き上げたのだ。


 アルベルトは、自分の言葉の意味に今さら気づいたように、声を落とした。


「……そもそも、なぜこれほどの職務を星読み官ひとりに負わせていたのですか。外交暦の照合、長期海流の予測、農務局への作付け提言——本来であれば、それぞれ専門の部署が担うべき仕事です」


 その問いは、誰よりもまず自分に向けられていた。

 宮廷魔導師長として、彼女の仕事の全容を把握していてしかるべきだったのは、他ならぬ自分なのだから。


 そして宮廷の者たちもまた、誰も答えなかった。

 答えられるはずがない。誰もその仕事の存在すら知らなかったのだから。

 彼女が一人でやっていたことに、彼女がいなくなるまで誰も気づかなかった。それが答えだった。


 エルヴィンの顔から、ようやく血の気が引いた。

 外交事故は「不運」で済ませられた。船団の壊滅は「港湾局の怠慢」で片付けられた。

 だが——穀倉地帯の全滅は、もう何かのせいにすることができなかった。


「ステラを……ステラを連れ戻せ」


 その声は、初めて震えていた。

 しかし、家臣たちの返答は残酷だった。


「ステラ様はメンシス伯爵領に戻られましたが、現在の所在は掴めておりません。ただ——辺境伯ライゼ閣下がメンシス伯爵家と接触した、という報告がございます」


「辺境伯だと……?」


 ★ ★ ★


 その頃——

 レイモンド・ライゼ辺境伯は、メンシス伯爵領の外れにある小さな丘の上に立っていた。

 北方辺境を守護する彼がこの地を訪れた理由は、ひとつ。毎年届いていた星読み官からの「北方気象特報」が、今年は届かなかったからだ。


 北方辺境の民にとって、星読みは迷信ではない。極寒の地で凍土の融解時期を一週間読み違えるだけで、村ひとつが雪崩に呑まれる。ステラの予測は、辺境の民の命綱だった。


 丘の上の古い観測小屋——ステラが幼い頃に使っていたという場所に、彼女はいた。


「……辺境伯閣下。なぜ、こんなところに」


 ステラの手には、古びた望遠鏡。しかし、その瞳は空を見ていなかった。伏し目がちに、足元の枯れ草を見つめている。


「今年、北方気象特報が届きませんでした」


 レイモンドは静かに言った。

 銀の髪に、北の凍土で鍛えられた精悍な面差し。辺境伯として北方の守りを一手に担う男は、しかし今、剣ではなく何も持たない両手でただ立っていた。


「……読んでくださっていたのですか。あの報告書を」


「読んでいた、というより」レイモンドは一瞬言葉を探すように視線を落とした。


「頼りにしていました。毎年」


 沈黙が流れた。観測小屋の古い窓枠が、冬の風にかたかたと鳴っている。


「三年前の冬を覚えていますか」


 レイモンドが言った。


「三年前……」


「あの年、あなたの特報にこう書かれていた。『北天の星群配置から、例年より二十日早い凍土融解の可能性あり。山間部の雪崩に最大限の警戒を要する』と」


 ステラは覚えていた。あの年の星の配置は特異で、計算に三晩かかった。


「あの警告がなければ、ヴェルネ村は消えていました」


 ステラの手が、膝の上で小さく震えた。


「特報を受けて避難指示を出した翌朝、村を丸ごと呑み込む雪崩が起きた。百四十人の村民は全員が無事でした。——あなたが三晩かけて計算した星の配置が、百四十人の命を救ったのです」


「……そんな、報告は受けていません」


「宮廷に報告は上げました。しかし、辺境の小さな村の避難など、王都では誰も気にしなかったのでしょう」


 レイモンドの声に怒りはなかった。ただ、事実を述べているだけだった。それがかえってステラの胸を打った。

 宮廷では「夜空を眺めているだけの女」と呼ばれた。

 けれどその星読みは、顔も知らない北の村の人々の命を繋いでいた。


「今年、特報が届かなかったとき」


 レイモンドは続けた。


「ヴェルネ村の村長から手紙が来ました。『星読み様は御無事か。あの方がいなければ、わしらは三年前の冬に死んでいた。何かあったなら、村を挙げて恩を返しに行く』と」


 ステラは唇を噛んだ。

 泣いてはいけない。星読みは泣いてはいけない。


「……私は、ただ、計算をしていただけです」


「ただの計算で百四十人は救えません」


 レイモンドの声は穏やかだったが、譲る気配がなかった。この人は北の凍土で魔獣や雪崩と対峙してきた人だ。嘘や謙遜で退くような柔な精神は持ち合わせていないのだろう。


「あなたがこの王国を守っていたことを、知っている人間が少なくとも一人はいるべきだと思いました。だから来ました」


 ステラの目が、わずかに揺れた。


「……ありがとうございます。わざわざ、こんな遠くまで」


「遠くはありません。北方からここまでの距離は、あなたの特報が毎年越えてきた距離と同じです」


 不意に、三年前の記憶が蘇った。

 業務文書の末尾に、つい書き添えてしまった一文。星読み官の報告書にそんな私信めいたことを書くべきではないと、後から後悔した言葉。


 レイモンドが、まるでその記憶に応えるように口を開いた。


「三年前の特報の最後に、書き添えられていたのを覚えていますか」


「……え」


「『北方の民の皆様のご安全をお祈りしております。厳しい冬になりますが、どうかご自愛ください』と」


 覚えている。やはり、読まれていたのだ。


「あの一文を読んで——ああ、王都にも、北の民のことを案じてくれる人がいるのだと」


 レイモンドは、自分の言葉に照れるように視線を落とした。


「あの日から、あなたの特報が届くのが……その、待ち遠しくなりました。星読みの内容だけではなく」


 ステラは、この男が何を言おうとしているのか、ようやくわかりかけていた。


「私の領地に来てくれませんか」


 レイモンドの声が、少しだけ柔らかくなった。


「北方辺境は、星が美しい。宮廷の塔よりも、ずっと空に近い」


「……星読みとして、ですか」


「……それも、あります」


 レイモンドが視線を逸らした。

 その反応が意外で、ステラは思わず彼の顔を見る。


「それも、と仰いましたが」


「……私は、口が上手くありません」


「……はい、何となく」


 思わずステラはそう返してしまって、自分で驚いた。

 不思議とこの人の不器用さに確信があったからこそ、つい口に出してしまった言葉だった。


 レイモンドが困ったように眉を寄せ——それから、腹を括ったように口を開く。


「星読みが必要なのは事実です。ですが、正確に言い直させてください」


 レイモンドが顔を上げた。不器用に、けれどまっすぐに。


「星読みが必要なのではなく——あなたが。ステラ・メンシスという人が、必要なのです」


「……少しだけ、考えさせて頂けませんか?」


 ステラは震える声でそう返す。

 言葉の意味はわかった。

 そして彼の言葉が嘘偽りのないものであることもわかっていた。

 けれど、それを真正面から受け止めきれるほど、ステラの心は丈夫ではなかった。


「はい、もちろんです」


 その返答を聞いたレイモンドは、落胆するでもなく、ただ静かに頷いた。


「……ありがとうございます」


 ステラはゆっくりと顔を上げた。

 視界の端に、夕暮れの一番星が滲んで見えた。


 ★ ★ ★


 後日。

 宮廷には、ステラの辺境伯家への嫁入りの報せと共に、一通の手紙が届いた。


『拝啓、宮廷魔導師長アルベルト様。

 観測日誌の暗号解読表を同封します。

 王国のために役立ててくださいませ。

 ただし、三千夜分の日誌を実務に落とし込むのに要する人員は、最低でも十二名です。

 私は一人でやっておりましたが。

 追伸——殿下に、今季の星の暦をお伝えください。

 来月、北天に吉兆の流星群が現れます。

 その日に隣国との講和会議を設ければ、先の外交問題は解決するでしょう。

 これが最後のご奉公です。

 敬具

 ステラ・ライゼ(旧メンシス)』


 手紙を読んだアルベルトは、その場に膝をついた。


 そしてエルヴィンは——。

 ステラの新しい姓を見つめたまま、長い間、動けなかった。


 ★ ★ ★


 観測塔の整理を命じたのは、それから間もなくのことだった。

 三千冊の日誌の中に、たった一ページだけ、暗号ではなくステラの素の文字で書かれた箇所があった。

 最後の日誌の、最後のページ。


『今夜の星は、特別に綺麗でした。

 五年間、この塔からたくさんの星を読みました。

 嵐の前兆を見つけた夜も、豊作を約束する星の並びを見た夜も、ありました。

 でも、いちばん好きだったのは、殿下の居室の灯りが夜更けまで点いている夜です。

 あの灯りもまた、私にとっては星でした。

 どうか、お元気で。

 もう、空を見上げることはないと思います。

 ——ステラ・メンシス最後の観測夜に』


 彼女がどれほど王国を守っていたか、今ならわかる。

 彼女がどんな想いであの塔に立っていたか、このページを読んで知った。

 あの居室の灯りを——自分の灯りを、彼女が星と呼んでいたことも。


 けれど、もう遅い。

 北の空の下、辺境伯領の新しい観測塔には、温かな暖炉が備え付けられていた。

 星を読む女がもう凍えなくていいようにと、不器用な辺境伯が自ら設計したその塔で。


 かつて彼女を「夜空を眺めるだけ」と切り捨てた男は、今さら空を見上げることしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
自分の失った物の重さと後悔を空を見上げることしかできないって表現てま表してるの凄く好きです。
ステラの最後までエルヴィンに尽くして相手の不幸を望んでいない所がいいですね。 もしかしたらエルヴィンが早い段階で心から謝罪して迎えに行っていたらステラは戻ったかもしれませんね。
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