第8話 指揮官
高台から見下ろすと、大人数の軍勢が陣を作っていた。
一つの軍であれば一つの陣ができるのだろうが、ここにいるのは同じ国に属しているとはいえ、それぞれ別勢力と言っても過言ではないほど、距離感のある関係だ。
そのため、お互いの軍の内部に他所を入れるわけもなく、それぞれが簡易的な営舎を作っていた。
一つの国としてこれはどうなんだと思わないでもないが、自分だって率いている軍内部の情報を周りに隠しているわけだから、何も言うことはできないな、と思う。
「結構集まってんな」
女が場を見下ろしながら呟く。
気の強そうな顔立ちで、露出度が高めの装備を見に着けている。
いかにも接近戦が得意と言った風貌の女戦士だった。
これから戦うといった集団を見ると、どうにも昂ってきてしまう。
無論、目の前に広がる集団と殺し合うわけではないので、殺気を漏らすことはない。
自分たちの敵は、賊なのだから。
「直接的な力は落ちてきているとはいえ、やはりこの国において王族というのは一定以上の価値がありますからな。それも、人気の高い第一王女のご命令ときた。ここで明確な理由なく拒絶すれば、民からの評価も下がりましょう」
彼女の側近がそう言葉を発する。
もはや、各地を治める貴族たちに助力を求めなければならないほどに、国家としての力を失っている王国。
だからと言って潰れていないのは、貴族たちの中でも大小はあれど、一定の王族に対する敬意が残っているからだろう。
今回も、王族……とくに、その儚く美しい見た目で国民から人気の高い王女が前に出てきている。
その申し出をむげにすることもできず、これだけの軍勢が集まった。
まあ、敬意と言っても本当に様々で、それこそ王族と国家のためなら何でもするような忠臣もいれば、彼女たちのようにそこそこの忠誠心しか持ち合わせていない者もいる。
そして、ホーエンガンプ領のように、王族すら何とも思っていないようなやべー連中もいる。
「まっ、あたしはそもそもこの国と民を守るために戦うなら、何でもいいしな。確かに、いつもはバラバラの貴族たちを集結させられるのは、王族だけだろうし。そこだけでも感謝だよ」
「ほとんどの貴族は、王族に敬意を払っていますから」
「ほとんど、な……」
彼女は心底苦々しそうに顔を歪める。
自分も絶対の忠誠を王家に誓っているわけではないから、あまり他者の忠誠心についてとやかく言うつもりはない。
しかし、あまりにも敬意を払っていなければ、王国の人間としては思うところが出てきてしまう。
それも、評判が恐ろしいほどに悪い貴族……たとえば、ホーエンガンプ家ならなおさらだ。
そんなことを考えていると、兵が駆け寄ってきた。
「フレイヤ様。殿下が参陣してくださった貴族様方をお呼びしております」
「あー……顔合わせみたいなものか。分かった、すぐ行く」
そうして、女戦士――――フレイヤは、大きな天幕へと赴くのであった。
◆
巨大な天幕は、そこに相応の地位の人間がいることを示す。
フレイヤはもちろんのこと、各地から終結した貴族の軍勢は、自分たちこそ一番だと立派な幕を立てていた。
しかし、ここほど立派なものにしているところはない。
できないことはないだろう。
それこそ、際限なく巨大で立派な天幕を競争で作り上げていくことだってできる。
しかし、ここがこの程度で収まるのであれば、それ以下で競い合うことしかできない。
その理由は、この天幕を立てた者を超えることは、貴族であっても許されないからだ。
幕内の上座に、その者は座っていた。
銀色の輝くような美しい髪を、ボブカットに切りそろえている。
彼女が多少身動きするたびに揺れ動くそれは、キラキラと光の粒子をまき散らす。
決して豪奢ではなく清楚ではあるのだが、戦場に立つ者とは思えないドレスを見に着けていた。
身体の起伏は豊かで、彼女が普通以下の立場ならば、ここに集まっている貴族の男たちは隠すことなく下卑た目を向けていたことだろう。
今は隠しているつもりでこっそり盗み見していた。
王族をそのような目で見ていることがばれれば、罪に問われても不思議ではない。
だが、彼らはばれることはないと分かっていた。
なぜなら、彼女は穏やかな笑みを浮かべつつも、目を開いていなかった。
盲目の王女パトリシア・レッドフォード。
今回、貴族たちを集めてバンディット討伐を呼びかけた張本人である。
軽んじられているとはいえ、王族よりも見栄を張るわけにはいかず、天幕はそれ以下の高さで競い合っていた。
「申し訳ありません。遅れてしまいました」
そこに、フレイヤが到着する。
気が強く、たとえ自分が悪くても基本的に謝ることのない彼女だが、パトリシアがいれば話は別だ。
深く頭を下げるフレイヤに、パトリシアが儚い笑みを浮かべて答える。
「いいえ、大丈夫です。遅れていませんから、安心してください。いきなり呼び出したのは、こちらですから」
「とんでもありません、殿下」
そう言って、フレイヤは自分の指定された席に座る。
彼女が最後だったようで、すでに席は埋まっていた。
……いや、たった一つだけ空席があった。
フレイヤは怪訝そうに眉を顰めるが、もはや待つことはないと、パトリシアの右後ろに立っていた女が口を開く。
先程はパトリシアが口を開いていたが、基本的に高貴な身分の彼女は、簡単に言葉を発することもできないのだ。
話を進めるのも、彼女の側近であるスイセンが行う。
「お集まりいただいたのは、皆さまとのお顔合わせ。そして、悍ましくもはびこる賊を討伐する作戦を起案するためです」
一見すると怒っているようにすら見える切れ長の目で、全体を見渡すスイレン。
見た目は美しく整った女だが、それだけでないことは、か弱いパトリシアの側近を務めていることからも明らかだった。
「総司令官は殿下が勤められますが、作戦起案、指揮等は現場をご経験されている貴族様の方がよろしいとお考えです。まずは、指揮官を決定したいところですが……」
王族は、まさしく象徴である。
パトリシアが実際に軍事を学び、最前線で切った張ったができるというわけではない。
ただ、王国全体を脅かすほどに成長したバンディットに対し、王族が動いていないとなると、国民からの支持が下がってしまう。
そのため、飾りの大将として君臨するということだった。
実際に作戦指揮等は、現場の貴族が担うべきだとスイセンは主張するが、それに対してフレイヤは笑ってしまう。
「そうは言われても、なかなか自薦する奴はいないだろうぜ。この空気の中でそんなことが言えるのは、とんでもなく自信家だ。うらやましい限りだよ」
「そうおっしゃられるフレイヤ様はいかがでしょうか。名声、実力ともに申し分ありません。その武名は、王都にまで届いております」
「はあ!?」
スイセンの言葉に、フレイヤはギョッと目を見開く。
間違っても自分がトップに立とうとは思っていなかった。
とはいえ、あながち的外れな指名ではない。
フレイヤは貴族の令嬢であると同時に、前線で戦う戦士である。
戦闘経験も豊富で、実際に戦いを繰り広げてきたことから、戦闘能力も高い。
多少直情的なところはあるが、周りを見渡してフォローする能力もある。
「あ、あたしが!? そんなタイプじゃないよ。武名というだけなら、そこでぼーっとしている奴が一番じゃないのさ」
フレイヤが視線を向ける先には、ボーッとしている女がいた。
色素が抜けきった真っ白な髪を、長く垂らしている。
特徴的なのは、日に焼けてか生まれつきのものかは分からないが、褐色の肌である。
この国ではそうそう見られないような髪色と肌の色。
そして、この場に集められているということから、想像できる人物はたった一人。
フレイヤも顔は知らなかったが、彼女こそが王国最強の女であると、その身体的特徴からすぐに察した。
名を、アビス。
多くの武人がいる王国の中でも、最強と称される女である。
そんな彼女は、フレイヤの言葉を受けて一瞬だけ視線を向けるが、すぐに虚空に戻した。
「私はやる気ないけど」
「やる気ないって、あんたねぇ……」
どうやら、アビスは名誉欲などが一切ないようだった。
明らかに自分で引っ張る気がないというのが伝わってくるので、フレイヤもそれ以上呆れて何も言うことができない。
「いかがでしょうか? 他の方々も、異論はないようですが……」
「あー……それなら……」
正直、フレイヤも自分が自分がと声を張り上げるようなタイプではないが、頼られることに優越感というか、気持ちのいいものを感じないわけではない。
アビスのように、まったく承認欲求がないことはない。
しかも、今回は自薦ではなく、王女パトリシアの側近スイセンからの推挙である。
加えて、スイセンにも知られている通り、フレイヤは自分の武力には自信がある。
当然、私兵を指揮することだってあるので、軍を率いることだって経験がある。
となれば、否定する理由はどこにもなかった。
まんざらでもない様子で、スイセンからの提案を受け入れようとした、その時だった。
「――――――おう、ここか」
粗雑な声と乱暴な態度で、男がズカズカと天幕の中に入ってきた。
ここに集まっているのは、全員が貴族。
しかも、王女であるパトリシアまでいるのだ。
たとえ、貴族であってもこのようなふるまいは厳罰に処されることだろう。
これが、平民であれば、間違いなく処刑である。
だが、入ってきたものに対して咎める声を上げるのは、誰一人としていなかった。
その人物が、大問題児だったからである。
「ほ、ホーエンガンプの……ディオニソスだ……」
誰かの畏怖が込められた声が、小さく響くのであった。
過去作『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された』のコミカライズ第6話がニコニコ漫画で公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLや表紙から飛べるので、ぜひご覧ください。
https://manga.nicovideo.jp/comic/73126




