第67話 嫌そうな声を出すな
グレイ。
ホーエンガンプ家に仕えるメイドの一人で、俺の傍仕えのような女である。
おかっぱ頭に切りそろえられた灰色の髪。
俺を目の前にしても緊張なんて一切していない冷めた表情。
そして、プレイヤーの言うことに同意するのは気持ち悪いが、身長は小さい。
まだ子供みたいなものだ。
まあ、普通の子供とはまったく異なる濃密な人生を送ってきたらしいが、それはどうでもいい。
他人の過去なんて、大して興味もないからだ。
『ちっちゃいけど、胸はちゃんとあるよね! ロリっ子メイド!』
なんだこいつ……。
たまに見せる女への強烈な敵意があるくせに、性的な目も向けるとか、もうこいつ化け物だろ……。
俺は腹立つからこいつをいつか殺すつもりだが、世のため人のためにも殺した方がいい気がしてきた。
俺が人のために行動することを検討するなんて……おかしいぞ、この世界。
「ディオニソス様。上着をお預かりします」
「ああ。返り血がついているかもしれないから、うまくやっておいてくれ」
グレイに放り投げると、小さなこいつは完全に上着の中に埋もれてしまった。
「かもしれない、じゃなく間違いなくついていますわよ。お兄様、王国の騎士団長を殺してきていますから」
「まあまあまあまあ! 騎士の中でもトップの力を持つシルバー・フリムランを!? 素晴らしいです。ぜひその話も母に聞かせてくださいね!」
『王国の騎士団長を息子が殺したと聞いて、嬉々とする母親って……。やっぱり、ホーエンガンプ家って皆頭おかしい』
うるせえ……と言いたいところだが、確かに王家を守る盾、王族の誇る最強武力を潰してきて、ひたすらに褒められるというのはおかしい気もしてきた。
大丈夫か、この国……?
……大丈夫じゃないから、俺が好き勝手できているんだったわ。
よし、このままゴミみたいな国につき進め。
「情報はすでに知っているんじゃ?」
「息子から直接話を聞くのと、ただの文字だけの情報では全然違いますよ。わたくしは先に行って準備しておきますからね!」
『準備って……何の……?』
俺が知るか。
ウキウキとした様子で、母上は歩いて行った。
いつも家族で集まっていた部屋だろうから、いちいち聞くまでもない。
しかし、俺がホーエンガンプ家の武力担当になったように、家族のメンバーもそれぞれ忙しく活動しているため、一家勢ぞろいというのはほとんどなくなった。
誰かと誰かは会っているけど、誰かとは会っていないということはよくある。
俺も母上と顔を合わせるのは久しぶりだったし。
今日も全員が集まっているわけではないだろうしな。
「すー……はー……すー……はー……」
というところまで考えて、俺の上着で全身が見えなくなっているグレイを見る。
……なんでこいつ深呼吸なんてしてんだ。
俺の上着、血と土の匂いしかしないと思うんだが……。
臭いものが好きなのか? 変態だ……。
「で、母上がいなくなった途端に本性を出すのはどうかと思うぞ、グレイ」
グレイは本来このような性格である。
だが、それを父上や母上に見せることはない。
まあ、あの人たちの機嫌を害すれば、下手しなくても殺されるしな。
俺の側近扱いになっているからいきなりそのようなことはないだろうが、二人からの評価を下げるようなことはしないだろう。
ホーエンガンプ領において、最高の権力を持つのは、あの二人だからな。
上着から顔を出したグレイが、無表情でさらっと口を開く。
「本性とか何を仰っているのか分かりません。まったくご主人様は……いつまでたってもご主人様ということですね」
「どういう意味? 侮辱? 殺されたいの?」
メイドなのに俺にそんな口を利いていいと思ってんの?
まあ、誰であっても殺したくなるけど。
「とりあえず、上着とか適当に洗濯しておいてくれ。あと、私兵の連中も動かしたから、それの後始末も頼む」
「かしこまりました。エギス様、お願いいたします」
「……構いませんが、私はあなたに使われる立場ではないのですが」
エギスが難しい顔をしている。
ホーエンガンプ家に仕えているため、当然一族から命令されることには従うが、グレイの下についているわけでもないので、こいつに命令されるのが飲み下せないのだろう。
まあ、それもそうだ。別に従う理由すらない。
そんなエギスに、グレイは無表情で言った。
「ご主人様の御言葉をそのまま流しているので、あたしの言葉はご主人様のものと同義です」
「そんなわけねえだろ。あまり騙っていると殺すぞ」
「かしこまりました、短気なご主人様」
うーん、殺しちゃおっかな?
ただ、割と使い勝手がいいからな、こいつ……。
力ある奴がある程度自分を主張するのは当然だし、それが通るのも当たり前のこと。
……とはいえ、むかつく。
代わりが出てきたりしたら殺そう。
『え、えぇぇ……。グレイって、こんな性格だったの……? ディオニソスにこんなズケズケ物を言うことができるの? 一メイドが? おかしくない?』
おかしいわ。
ただ、こいつ有用だからなあ。殺すのは代わりを見つけてからだな。
『えぇ……? 殺すの……? 原作でも、唯一主人公になびかずディオニソスについて行った可愛い子なのに……』
……そういえば、さっきもそんなことを言っていたな。
原作とやらでは、グレイは主人公に殺される俺を裏切ることはなかったのか。
『そうだよ。実の妹にまで裏切られていたディオニソスだけど、グレイだけは最期まで味方だったんだ。まあ、そんなグレイを囮にしたり盾にしたりして主人公の怒りを買って、君は殺されるわけだけど』
えぇ……。どうして……?
自分に付き従う部下の、正当な活用方法じゃん……。
オオトリはそれに対して何を怒っていたのか。意味が分からない。
まあ、しょせんプレイヤーが言っている世界の話だし、こっちの世界では、そんな頭のおかしいことは言わないだろう。
『頭がおかしいのは君だよ』
「……ところで、お怪我などはされませんでしたか?」
プレイヤーと話をしていると、グレイがそんな問いかけをしてきた。
じっと見つめてくる姿はいつも通りだが、いつもなら聞いてこないようなことを聞いてくるので、首を傾げる。
「んあ? 雑魚に傷をつけられることはねえよ。いつも通り無傷だ。ただ、メンタルがちょっとやられただけだ」
「そうですか」
ほっと息を吐くグレイ。
……なんでそんな反応?
「膝枕でもしてあげましょうか? 有料ですけど」
「いらんわ」
膝枕してもらう喜びが分からんし、そもそもなんでメイドが有料で膝枕を提案してくるんだ? 馬鹿かな?
『つ、ツンデレだ!』
どこが?
プレイヤーもあんまりバカなことを言ってくると、イライラが加速してしまうからやめてほしい。
ただでさえ、毎日血管が切れそうになっているというのに……。
「それと、あまりここで時間を潰さない方がいいと思いますが。ユーフィリア様もお待ちでしょうし、グレゴリアス様もいらっしゃいます。すでにダイアナ様は移動されていますが」
「…………」
グレイの言葉に、ふと視線を動かす。
……そこには、先ほどまでいたはずのダイアナはいなかった。
なるほど。父上と母上が待っているというのに、俺はこうしてメイドとダラダラ話していたと。
……マズイ!
「あ、あの野郎! 俺を見捨てていきやがったな……!」
一言言えよ!!
あいつ、絶対に俺をあざ笑いながらこっそり逃げただろ! ふざけんな!
この怒りは、グレイにぶつける。
「あと、お前のせいで時間を潰したんだから、他人事のようにするな!」
「他人事ですので」
「クソ! 使えない奴だったらとっくに殺しているのに……!」
「殺されないように頑張ります」
そんな会話をしながら、グレイに先導されつつ足早に移動する。
別に多少遅れたからといって罰してくるような人たちでもないのだが、気の持ちようが変わってくる。
『……そんなに優しい人たちなの?』
まあ、それは家族限定であって、赤の他人だったら容赦なく処断するだろうけど。
それは当たり前だし、何もおかしなことではないだろ。
そんなことを考えていると、グレイが足を止める。
いつも家族団らんしていた部屋だ。
「それでは、こちらのお部屋で皆さまお待ちです」
そう言って、グレイが扉を開ける。
大きなリビングだ。
ホーエンガンプ家も、それなりに一族がいる。
節操のない貴族だったら、本妻だけじゃなく愛人などを何人も作ってポコポコ子供を産ませている。
王国の中でも、ホーエンガンプ家はだいぶ常識的な方に分類されるはずだ。
それでも、その一族が集まるために大きなテーブルといくつもの椅子がある。
ただ、今はそこに座っているのは、自分を除く三人。
両親と、ダイアナだ。
「ただいま戻りました」
「うむ。よく戻った、ディオニソス」
鷹揚に頷くのは、ホーエンガンプ家の当主であるグレゴリアス・ホーエンガンプ。
俺の父である。
「さあさ、早くわたくしに武勇伝を聞かせてくださいね」
ニコニコと楽しそうにほほ笑んでいるのは、母であるユーフィリア・ホーエンガンプ。
「お兄様がまた殿下にいじめられていただけですわ」
ケラケラと悪質な笑みを浮かべているのは、守銭奴である妹ダイアナ・ホーエンガンプ。
『うわぁ……。ホーエンガンプ家勢ぞろいだぁ……』
嫌そうな声を出すな。
過去作のコミカライズ最新話が公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLや書影から飛べるので、ぜひご覧ください。
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第6話
https://manga.nicovideo.jp/watch/mg1005446
『偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~』第37話
https://unicorn.comic-ryu.jp/13772/
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第10話
https://magcomi.com/episode/12207421983410855800




