第42話 飽きた
「これは……」
ディオニソスとニックが使う武器はこちらで用意できたので、刃を潰し、比較的危険度を下げたものだった。
しかし、ニックが作り出したゴーレムが振るっている武器は、こちらで準備したものではない。
そのため、彼らの武器は人を容易く殺しうるものであり、明らかに限度を超えていた。
この場を取り仕切る者として、この戦いを止めようとして……それは、自分よりもはるかに上の存在に止められてしまった。
「スイセン、動かなくて大丈夫です」
「……しかし、あの武器は刃が潰れていません。あくまでも御前試合で、殺し合いではありません。御身にそのような凄惨なものを見させるわけには……」
ディオニソスの心配というより、血なまぐさいものをパトリシアに見せられるかということを危惧していた。
しかし、それも当人が許可すれば終わる話だった。
「いいんです。私が見たいと言っているのですから」
「……はっ」
「それに、スイセンはディオニソス様が敗れると見ているようですが……」
パトリシアは一瞬たりともディオニソスから目を離さない。
「ちょうどいいハンデだと思いますよ」
「……殿下は、ディオニソス様を応援されているのですか?」
正直、複雑なところがあった。
スイセンも近衛騎士の一人。
同僚が王族から応援されないというのは、悲しくなってしまう。
パトリシアはそんな感情を知りながら、しかしはっきりと答えた。
「ええ、そうですよ。これは内緒ですけどね?」
「どうして、とお聞きしても?」
「別に隠すことでもありませんが……」
ニコニコと、楽しそうに。
宝物を見るかのように、ディオニソスを視界にとらえ続けながら言った。
「だって、あの近衛騎士は、私を潰してくださらないんですもの」
◆
戦いは数である。
そう主張する者は一定数存在するし、あながち間違いではない理論だ。
一定の数信じている者がいるということは、それだけ説得力のある意見ということ。
確かに、数は重要だ。
たとえば、国家間の戦争で戦力分析をする場合、最も重要な要素の一つに兵数がある。
仮に精兵100人いたとしても、雑兵10,000人と同時に戦えば、勝つのは雑兵である。
だから、戦う際には相手よりも数をそろえようとする。
一つの国でどうにもならなければ、他国と同盟を結んで味方を増やす。
戦いにおいて、数は重要な要素を占める。
それは、近衛騎士として日々切磋琢磨しているニックは、当然のことながら理解していることだった。
「おぉっ!」
雄叫びを上げてディオニソスに斬りかかる。
彼だけでなく、作り出したゴーレムたちと共に。
ニックが近衛騎士のエースと呼ばれている理由は、そこにあった。
まず、個人の能力が高いことは言うまでもない。
一対一であれば、どのような敵でも負けることはない。
加えて、ゴーレムたち。
彼らはいちいちニックが操作する必要もなく、自律して動く。
力は人間よりもはるかに強く、武器は人の命をしっかりと奪える本物のそれだ。
「やっぱ、戦いは数だよな。分かるぞ。俺も敵を潰すときは、それ以上の私兵を連れて行くし」
的確に人体の急所を狙って武器を差し込んでくるゴーレムたちを、ディオニソスは頷きながら迎え撃つ。
ギラリと光って首に差し込まれる剣をはじき、入れ替わるようにして懐に入ってくるゴーレムを蹴り飛ばす。
それは非常に重たく、弾き飛ばすことはできなかったが、動きを止めることはできた。
「おっ?」
しかし、一瞬とはいえ動きが止まったのはディオニソスも同じ。
その隙に、ゴーレムの一体が全力で組み付いてきた。
しがみついてきたそれは、人外の力で身体を拘束する。
身動き一つとらせないどころか、そのまま絞め殺すほどの力で。
「そう、これが我らが近衛のエースであるニックの力だ。人外の力を持つ敵が、一気に複数に増える。そして、ニック自身の能力も高い。乱戦でも大きな力を発揮するが、この一対一の真剣勝負で、ニックが敗北することはないだろう」
私を除けばの話だが、と言外にシルバーは言う。
パトリシアが窮地のディオニソスを見てキャッキャしているのをしり目に、彼の無様な姿を期待して笑みを浮かべる。
もちろん、周りにそんなことを考えているとはばれないようにしているが。
「終わりだ、ディオニソス。騎士を愚弄したこと、王族をないがしろにしたこと、心から後悔するといい!」
ゴーレムに拘束させたら、当然止めを刺すのは自分だ。
剣を空に掲げる姿は様になっていて、否応なく観客の騎士たちの期待が高まっていく。
一方で、ディオニソスのチンピラ私兵たちは、「え? マジで? 信じられないけどちょっと楽しみ」と言わんばかりの、不安と期待が混ざった感情を向けていた。
「後悔か……。色々とあるけど、それで後悔することはねえな。あと、あいつらは後で殺そう」
そう言った瞬間、絶体絶命のはずのディオニソスが動いた。
自分を拘束していたゴーレムの足を踏み砕く。
硬い土で作られたそれは、無論人間が踏んだところでビクともしない硬度はあるが、しかし足の甲が粉々になるほどの威力で破壊された。
痛覚のある生物なら激痛と共に悲鳴を上げて転げるだろうが、そこはゴーレム。
痛みも感じなければ恐怖も覚えない。
それがニックの強みでもあるのだが、重心がずれて体重を支えることができなくなってしまった。
身体を拘束する力は緩んでいながら、体勢が崩れたらどうとでも対応できる。
ディオニソスは自分の首元に回っている腕を掴むと、引きちぎった。
拘束が解かれてすぐに振り返り、刃の潰れた剣でゴーレムを粉々に弾き飛ばす。
「……え?」
そして、風が吹いた。
爽やかなものでも、優しいものでもない。
暴力。圧倒的な暴風が吹き荒れた。
気づけば、ニックが作り出したゴーレムは、一つ残らず瓦礫に代わって地面を転がっていた。
「終わりか? 俺は弱い者いじめは好きじゃないんだ。全力を出してくれないと、お前が可愛そうになるじゃん」
『どの口が言っているの? 顔と言動があっていないんですけど……』
満面の笑みを浮かべて、肩に剣を置く。
あまりにも隙だらけな姿だが、それでも、今にもお前を殺すことができるんだぞ、という明確なメッセージが伝わってくる。
それは、当然ニックだけでなく、周りの観客たちにも。
歓声を上げていた騎士たちは、すでに黙り込んでいる。
一方で、野太い歓声を上げる私兵団。
応援をサボっていたら殺される。
その中に、某王女の楽しそうな歓声も入っていたが、ディオニソスは一瞬で脳の外に放り投げた。
「わ、私を舐めるなああああああ!!」
ニックが感じているのは、屈辱。
若き近衛のエースとして勝者の道を歩き続けてきた彼は、他人から侮られることが許せなかった。
自分の全力を尽くし、能力を発揮する。
粉々に破壊されたゴーレムのかけらが積み重なっていき、どんどんと体積を増していく。
そして……。
「これは凄いですね」
「ええ。我らが近衛の、若きエースですから」
思わずパトリシアも賞賛の声を送ってしまうほどのもの。
シルバーも、誇らしげに顔を緩めた。
作り上げられたのは、ゴーレム。
しかし、先程の人のサイズとは、まったく異なる大きさ。
高い位置にあった観客たちも見上げなければならないその大きさは、普通の建物を凌駕する大きさ。
巨大ゴーレム。
硬い土で作り上げられたそれは、人が単体で倒すことなんて不可能だった。
「どうだ、ディオニソス! 私の力は、決して弱くない! 貴様にも届く……貴様を超える! これこそが、我ら誉れ高き近衛の騎士の力だ!!」
「あー……」
これだけのものを作るとなると、使用者の疲労も大きい。
むしろ、今までこれだけのゴーレムを作ることはできなかった。
火事場の馬鹿力とでもいえるだろうが、ぶっつけ本番で成功した奇跡の代物だった。
城一つ落とすことができるであろう巨大ゴーレム。
それを、たった一人の相手に向かって、その力を振り下ろす。
「ゴーレムの一つ覚えは、もういい。飽きた」
一閃。
ディオニソスは乱雑に、何の型にもなっていない動きで、剣を振った。
ただただ力に任せて剣を振っただけ。
それだけで、巨大で強固なゴーレムは、粉々に粉砕された。
「…………は?」
過去作のコミカライズ最新話が公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLや書影から飛べるので、ぜひご覧ください。
『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された』第7話
https://kimicomi.com/series/eb41931417e85?myself=false




