第41話 卑怯
「本日、この場では近衛騎士団のニック騎士と、ホーエンガンプ家嫡男であられるディオニソス様の御前試合を行います。恐れ多くもパトリシア王女殿下がおいでになられており――――――」
「この無駄話、いるか?」
スイセンが大勢の人の前で話している中、その話をろくに聞いていないディオニソスが、面倒くさそうにつぶやいた。
公の場なので、パトリシアは口を開くことはない。
ニコニコとディオニソスを見下ろしているだけだった。
それが気味悪くて、より不機嫌さが増す。
一方で、スイセンの話を傾聴していたニックが、彼を睨みつける。
「黙っていろ、ディオニソス。殿下の側近であるスイセンさんの御言葉だ。ひいては、殿下の御言葉でもある。心して聞くべきだろう」
「こんなダラダラしているより、さっさと試合を始めろ、くらいは言いそうだけどな」
「……私は、その王族を王族とも思わない、貴様ら貴族の態度が気に食わない」
ニックはギロリとディオニソスを睨みつけた。
強烈な敵意が含まれたそれ。
鍛えられた近衛騎士に見据えられれば、身がすくんでもおかしくない。
しかし、ディオニソスは面倒くさそうに眼を細めるだけだった。
「この王国を代表し、象徴となっておられる方々だ。どうして尊敬の念を持たない? どうして尊重しない? 一般市民であれば、まだギリギリ理解できるが、貴様ら貴族はより王族に近しく、忠義を尽くさねばならない存在のはずだろう」
「えぇ……。あれに忠義……?」
グスタフ……はちょっとあれだから、一番身近な王族であるパトリシアのことを思い浮かべる。
ニコニコと柔らかい笑顔を浮かべている印象だが、中身はどうにも気持ち悪い。
余計なことに巻き込もうとしてくるから、近寄りたくない。
国民のことを考えている王女として人気が高いが、はたしてそれがどこまで本当のことなのかと、ディオニソスからすると疑問だった。
まあ、最近はシルバーくんが殺してくれるとプレイヤーから教えられたため、ディオニソスもにっこりである。
「はあ。遠くから見ているだけなら分からないこともあるんだよ、一般人くん」
「……ッ!」
ギッと歯を噛み砕かんばかりに力を籠めるニック。
ヘラヘラと明らかにこちらを侮って見ているディオニソスに、強い怒りを覚える。
今すぐにでも、その減らず口を叩けなくしてやりたいくらいだが、もはやすぐ後にそれができる状況にあるのだ。
ニックは何とか怒りを押さえつける。
「それでは、これより御前試合を始めます。各々が使用する武器は、刃が潰されているものとなっているため危険度は大きく下げられていますが、それでも当たり所が悪ければ危険なため、注意してください」
「お、よかったな、ニック。お前、運が良かったら死なないらしいぞ」
「貴様……! よくもそこまで私を侮辱できるな……!」
せっかく抑えた怒りは、すぐさま再発した。
スイセンも言っていたが、刃を潰しているからと言って絶対に死なないというわけではない。
お互いに振るうのは鈍器であるから、当たり所が悪ければ命に係わる。
しかし、それでも構わない。
御前試合の中で相手が死ぬのも、不幸な事故だ。
ニックは凄惨な笑みを浮かべた。
「それでは、はじめ!」
「行くぞ!」
スイセンの合図を聞いた瞬間、待ってましたとばかりに飛び出す。
ニックは近衛騎士の制服で硬く重たい鎧を身にまとっているが、それを意に介さない素早い動き。
一般人なら身動きすら取れないレベルだが、さすがは鍛え上げられた近衛と言えるだろう。
「うわぁ、元気だなあ……。というか、近衛騎士とやり合うのって結構しんどいよなあ。ほら、俺って文系の貴族だから。激しい戦闘とかできないし」
何合か打ち合いながら、ディオニソスが嘆息する。
ダイアナが聞いていたら、それはひょっとしてギャグで言っているのか? というような顔をするであろう発言だった。
「命乞いか!? 随分と早いな!」
「おう、そうだな。お前も助けてくれ、なんてみじめなことは言わないように気をつけろよ」
言葉を交わしながらも、お互い腕を振り続けている。
とくに、ニックは頭部や首など、人体にとっての弱点を狙って全力で剣を振り下ろしている。
それを、ディオニソスが弾いていく。
「おぉ……」
感嘆のため息が漏れたのは、観客となっている騎士たちから。
ニックが優れた近衛騎士であることは、同僚である彼らは周知のことだ。
その実力は高く、近衛騎士団のエースと称されるほど。
戦場での経験も豊富で、まだいささか早いが、次期団長の候補にも挙げられている。
そんな彼が本気で打ちかかっていることは、鍛えられた騎士だからこそ分かっていた。
しかし、それを一切もらうことなく、完璧にいなし続けているディオニソス。
悪徳貴族ということは知っていても、戦えるかどうかは知らなかった騎士たち。
まともにニックと打ち合えているという事実に、感心したのだ。
「これは……」
高い実力を誇るスイセンは気づけた。
その前で、ニコニコと試合を見ているパトリシアも。
それは……。
「(遊ばれている……!?)」
剣を振り下ろし続けるニックは、すでに額に汗を浮かばせている。
両腕でしっかりと、思いきり剣を振るい続ければ、誰だってそうなる。
しかし……。
「おう、どうした。ちょっと緩くなってないか? もしかして、俺のことを気遣ってくれているのかよ? 優しいなあ。さすが、近衛騎士様だ」
無論、そんなわけないことは、ディオニソスが一番よく分かっているだろう。
分かっていて、こちらを煽ってきているのだ。
「ふざけるな……! 私をバカにして……!」
「というか、これは完全に善意なんだが、お前もうちょっと頑張った方がいいぞ。お前のわがままで、おそらくお前以外の奴にも動かせてパトリシアに声をかけてこんなお膳立てをしたんだろうが……。今のままだと、お前に便宜を図った奴の顔に泥を塗ることになるぞ。あと、お前の同僚の騎士。……パトリシアもつまらなそうに……していないな。全然楽しそうだわ」
「……ッ!?」
背筋が凍り付く。
頭の中は、ディオニソスのふざけた顔をぶちのめすことでいっぱいだったが、その当たり前のことを突きつけられ、激しく狼狽した。
そう、今回のことは、自分の力だけでは、決してたどり着くことができなかった。
ディオニソスを無理やり引きずり出せたのは、王女パトリシアの便宜があったから。
王女パトリシアを動かせたのは、王国騎士団長のシルバーが動いてくれたから。
自分の醜い欲望のために、雲の上の存在が動いてくれて、ようやく出来上がったこの場。
だというのに、今自分は何をしている?
ディオニソスを倒すどころか、完全に遊ばれてしまっているではないか。
「で、もう終わりか? だったら、早くお前をぶちのめして領地に帰るわ。正直、こんなところに来たくなかったし」
「舐めるなよ、ディオニソス・ホーエンガンプ……! 私の実力は、こんなものではない!」
今回は、直接自分の手でディオニソスに痛い目を合わせたかったから、使うつもりはなかったが……。
今はそんな悠長なことを言っている暇はなかった。
地面に剣をぶつけ、力を籠める。
「こい、ゴーレム!」
「お?」
ディオニソスの前には、複数の人が立ち上がる。
しかし、それは土くれで作られた人型の自立駆動物体、ゴーレムだった。
それぞれが武器や防具まで用意されており、立派な装いだ。
そんな彼らが、ギラリと光る武器をディオニソスに向ける。
「卑怯とは言うな。これも、私の力なのだからな!」
「卑怯」
ヘラヘラと笑いながら言うディオニソスに、ニックとゴーレムたちが一斉に襲い掛かった。
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