第40話 よお、近衛くんpart2
御前試合の会場となっている広場。
もともと、王族や騎士団長が騎士団を見る際に使われる台座などもあるため、そこにパトリシアが座るべき場所が作られていた。
彼女は後ろに立つスイセンに、楽しそうに笑いながら問いかけた。
「さて、どうなるでしょうか。スイセンはどう思います?」
「……私は直接ディオニソス様の力を拝見したことがないので、推測にしかすぎませんが」
「やはり、近衛騎士が敗北するというのは、色々とプライドもあるでしょうから、そちらの予想はできかねますね」
「そうですか。スイセンも近衛ですからね。身内が敗北するとは、口が裂けても言えないでしょう。それも、相手は嫌われ者のディオニソス様ですしね」
うんうんと頷くパトリシア。
自分の所属している仲間が負けるとは、なかなか言えないだろう。
実際に、ディオニソスが戦っているところを見たわけではない。
ニックの力は知っているのだが。
「(……ただ、殿下を救ってくださったバンディットとの戦い。あれは、間違いなくディオニソス様のお力。彼の部下が優秀なのか、あるいは……)」
部下の力だけでないというのであれば、ニックは恐ろしく不利になるだろう。
バンディットは、武名を誇っていたフレイヤを撃破していた強大な集団だった。
あれを倒したのは、アビスという最強と謳われる女もいたが、ディオニソス軍の働きが非常に大きいと、スイセンは考えていた。
「殿下は?」
「私はスイセンと違って、武の心得はありませんから、どちらが優位かという分析はできませんね。しかし……」
パトリシアは薄く微笑んだ。
「ディオニソス様は、勝ちますよ。たとえ、何が相手でも。私を楽しませるために」
後ろにいるスイセンは気づかなかった。
パトリシアの笑顔が、ひどく歪んだものであったことに。
また、少し離れた場所では、シルバーとエスペランサが話をしていた。
エスペランサはともかく、騎士団長であるシルバーは、しっかりとした席が用意されている。
パトリシアの傍の席なので、そこに行く前に、誰もいない暗い通路で話していた。
「エスペランサ。お前から見て、この戦いはどうなると思う?」
「……どうと言われても」
「まあ、それもそうか。そもそも、こんなものは時間の無駄だがな。私の時間を費やす理由もないが……」
自分で準備してやった、部下の晴れ舞台なのだが、そんなものはどうでもよかった。
ニックのことなんて考えていない。
自分のためにしか行動しないシルバーは、もちろん今回も自分のために行動していた。
「どうにも、あの王女はディオニソス・ホーエンガンプを気に入っているように見える。ここで一つ、みじめな姿をさらしてもらおうではないか」
いずれ、自分のものになる運命にあるパトリシア。
恋慕ではないだろうが、彼女は少なくともディオニソスを好意的に見ている。
ここで一つ、みじめな姿を見せてもらって、興味が失せるようにしよう。
「私が手塩にかけて育てた手駒は、かなり強いぞ?」
「…………」
ニヤリとあくどくほくそ笑むシルバーを、エスペランサは無表情で見つめるのであった。
一方で、彼らが戻る会場では、多くの騎士たちが詰めかけていた。
自分たちの同輩である近衛騎士が、パトリシア王女の前で御前試合をする。
しかも、相手は貴族。その中でも悪名高い殺戮皇ディオニソス・ホーエンガンプである。
清廉で正義感の強い者が多い騎士たちの中には、彼の存在を快く思っていない者も多い。
もし、自分たちの仲間がディオニソスを痛い目に合わせることができれば、どれほどスカッとすることができるだろうか。
多くの騎士が、そんな結末を期待してニックの応援に来ていた。
しかし、とある一角では、それらとは正反対の集団がいた。
「さあ、皆! めちゃくちゃアウェーっすけど、全力で閣下を応援するっすよー! ここでちゃんと応援していないと、後で閣下が痛い目に合わせてくるっすよ、絶対! 戦っている最中でも、たぶんこっちのことを注視する余裕があるっすからね!」
「「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」」
ウキウキでマリエッタが煽ると、全力で野太い声を上げるチンピラ集団。
全員、昨夜は王都でやりたい放題やって満足げなディオニソス私兵団である。
ぶっちゃけ、ディオニソスがちょっと痛い目に合うのであればそれを見てみたいくらいなのだが、マリエッタの言った通り、それが露見すれば冗談抜きで一族郎党皆殺しにされかねない。
文字通り、命がけの応援である。
そして、それを煽るだけ煽ったマリエッタは、心底冷めきった表情で、広場に立つニックを見下ろした。
「はーあ。せっかく一度は助けてやったというのに……。もう知らねっす。あれも、気まぐれでしたし」
ため息をつき、すぐにいつものニコニコとした気の抜けた笑顔に戻る。
「あと、単純にウチもあの騎士にむかついていただけでしたしね。助けたわけじゃないっす」
そう切り捨てられたニックは、もちろんそのことに気づくことはなく。
「ふっ……」
むしろ、ようやくこの時が来たと、満足げな笑みを浮かべていた。
この日を、どれほど待ち望んだことか。
彼は剣を抜き、空高く掲げた。
「今日、ここで我ら騎士を軽んじる貴族、ディオニソス・ホーエンガンプ殿に見識を改めていただくべく、私はこの場に立っている。必ずや、騎士の誇りにかけて、打ち倒さん!」
「「「おおおおおおおおおおおおお!!」」」
「ふっ……」
騎士たちの大歓声。
ディオニソスの私兵たちから大規模なブーイングが飛んでくるが、そんなものが気にならないくらい気持ちよかった。
自分の力を発揮できる。そして、むかつく男を打ち倒すことができる。
その期待感に胸を膨らませていた、その時だった。
「……ッ!?」
ズン、と身体が一気に重く感じた。
体調が悪化したとか、そんな話ではない。
物理的に、自分の周りの重力だけが何十倍にも重たくなったと錯覚するような感覚。
ニックは、それに対して覚えがあった。
自分が騎士として、初めて戦場に出た時だ。
そう、それは死の重圧。
自分が死ぬかもしれないと、本能が悟ったとき、動物は身体を硬直させてしまうことがある。
ニックは、今まさにそれに襲われていた。
久しく忘れていた死の重圧。
それを思い出させたのは、正反対の場所からゆっくりと歩いてきた男。
面倒くさそうに頭をかきながら、しかしその姿とはまったく反比例する瘴気が吹き荒れさせている男は……。
「よお、近衛くん」
「ディオニソス・ホーエンガンプ……!」
汗を一筋垂らし、ニックはディオニソスを睨みつけた。
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