第39話 よお、近衛くん
パトリシアから意味の分からない強要を受けてから、一日。
本日が、近衛騎士ニックとの御前試合の日となっていた。
すでに会場……というか、普段騎士団が鍛錬などで使用している広場の準備は整えられているらしい。
御前試合というだけあって、王族なども照覧するらしいが……。
いくら何でも手続き早すぎない?
次の日に試合を見に来られる王族、暇なの?
『娯楽が少ないから、凄く張り切って準備したのかもね。パトリシアって人気も高いから、そんな王女からの指示だったら余計に頑張ったのかも』
クソ迷惑だよ。
「はあ……。なんだよ、御前試合って……。誰に得があるんだよ」
「それを見る王族は暇つぶしもできて楽しい。騎士は騎士の誇りを守れて、かつむかつく貴族をボコボコにできて楽しい。パトリシア王女はお兄様が苦しんでいるのを見られて楽しい。お兄様以外は全員ウキウキですわ!」
「俺に幸せがない世界なんていらないだろ……」
だったら、俺に関係のないところではしゃいでおけよ。
俺を巻き込むな、ゴミ共。皆殺しにするぞ。
「それに、わたくしもさらにご褒美がもらえて嬉しいですわ! 金! 金を頼みますわね!」
キャッキャッと楽しそうにしているダイアナ。
パトリシアが、この御前試合に勝てば、さらなる褒賞を約束したからだろう。
まだ決めていないわけだが……。
『勝つこと前提なのが凄いね』
負けるわけないんだけどさ。
しかし、褒美か……。
パトリシアが自害するとかはダメかな?
まあ、ともかく大はしゃぎしている守銭奴には悪いが……。
「それ以外にするわ」
お前が喜んでいる顔とか見たくないし。
「がるるるるるるるるるっ!!」
「な、なんだテメエ! 妹と言えど殺すぞ!!」
食らいついてくるダイアナに応戦する。
こいつ……っ! もやしのくせにどうして金が関わるときだけ力が強くなるんだ……!
「しかも、近衛騎士って……。今更騎士をボコボコにしてもなあ……。まあ、弱い者いじめは好きだし、別にいいか……」
ダイアナにデコピンして悶絶させ引き離す。
転がっている姿が滑稽だ。
『近衛騎士を相手によくそんな言動ができるね。近衛って、エリートしかいないんじゃなかったっけ?』
「そんなの関係ねえよ。雑魚は雑魚。近衛だろうと何だろうと、俺に勝てるわけねえだろ」
エリートだか何だか知らないが、優男が俺に勝てるはずもない。
俺が普段、どれほど人を虐げていると思っているのだ。
そう考えていると、ダイアナが怪訝そうな顔を向けてきた。
額が真っ赤だが。
「ところで、お兄様。さっきからブツブツと言っていますが……」
「あ……」
『独り言を喋っているように聞こえていたんだろうね。ふふっ』
何笑ってんだ!
やばい。一人でペラペラ喋っている奴みたいになってしまった。
どうする……? 記憶をなくすために一回ぶっ飛ばすか?
そんなことを考えている俺に対して、ダイアナは怪訝そうな顔のまま口を開いた。
「先ほどから喋っているこの中性的な声は誰ですの? ずっと気になっていたんですけれど」
『…………えっ!?』
「お前、こいつの声が聞こえているのか?」
思わず目を丸くしてしまう。
プレイヤーの声が聞こえているのは、俺だけではなかったのか?
ダイアナはちょっと引いた表情を浮かべる。
「ええ、まあ……。え、何ですの? お化けですの? そういうの求めていないんですけれど」
「そんなようなもんだ」
『全然違うけど!?』
一緒だろ。何の予兆もなく、いきなり脳みそに住み着かれた俺の気持ち、分かるの?
化け物か寄生虫以外なら、何だって言うんだよ。
『えーと……僕は』
プレイヤーが説明をする。
それを、ダイアナはふんふんと頷きながら聞いていた。
「なるほど。お兄様を死の運命から救うために来たと……」
説明を聞き終えたダイアナは、ふっと鼻で笑った。
「まあ、お兄様は本当に好き勝手しやがってくれていますからね。恨みは方々で買っていることでしょう」
「お前ほどじゃねえよ。言っておくけど、金が原因の恨みとかの方がはるかに発生しやすいからな」
俺は暴力が得意だから、実はそれほど敵意を向けられることは多くない。
一度敵意を向けた時は、俺を殺すか、俺に殺されるかの二択になる。
後戻りできない選択肢になるので、なかなかそこまで踏み込む奴はいない。
……最近、オオトリであったりニックであったり、頭がおかしいガキが多いけど。
一方で、ダイアナは見た目は普通の女だし、実際武力に特化しているわけでもない。
そして、人間が生きていくうえで必須なお金を愛する守銭奴である。
他人から搾り取ることにも、容赦はない。
その分、俺と同等以上の恨みを買っていることだろう。
……まあ、その辺はしっかりとリスクに対して担保しているものがあるのだろうが。
「しかし、誰から殺されるか分からないのであれば仕方ありませんが、もう下手人が分かっているんですわよね? じゃあ、そいつをさっさと殺してしまえばいいのでは?」
『あっ……』
「……確かに」
そうだな。そう言えばそうだわ。
ぶっちゃけ、プレイヤーの言っていることなんてろくに信頼していない。
無視していい情報だが、そのまま放置しておくには気持ち悪いものだ。
だって、俺を殺すと言われている奴だしな。
だったら、今のうちに殺しておいてもいいだろう。
基本的に、人間が相手の問題は、その相手を殺せば済む話が多い。
世の中、だいたい暴力で解決できるのだ。
『い、いや、それはまずいよ! 主人公が死ぬ展開ももちろんあった鬱グロゲーだけど、こんな序盤に死ぬことはなかった。もし原作と全然違うことになったら、その余波がどれほどのものか想像できない。というか、オオトリが死ぬことで多くの人が死ぬことになるのは、ちょっとどうかと……』
「いや、ぶっちゃけそいつらが死のうがどうでもいいんだけど……」
『よくないぞ』
いいんだよ。
顔も知らない奴が死んでも、知ったことじゃない。
知っている奴が死んでも、どうでもいいんだけど。
「そもそも、死ぬはずの俺を生かそうとしているお前も、その原作とやらからかけ離れたことをしてんじゃねえの?」
『確かにそれはあるんだけど、あくまで一人のキャラを殺すんじゃなく生かそうとしているからね。あまり悪い影響は出ない……と思いたい』
「お兄様は早めに殺しておいた方がいいと思いますわ。世の中に利益を何一つ生み出しませんもの」
「お前、もう俺の投資先から金を回収してゲヘゲヘするの禁止な」
「そんなっ!? どうしてそんなひどいことを……!」
縋り付いてくるダイアナ。
なんで俺がそう言ったことが分からないの?
自分の言動思い返してみろよ。
「まあ、オオトリのことだが、あいつ今フレイヤの後ろ盾があるからなあ。直接攻撃されていたら殺せるが、舐めた口をきいてくるくらいだと、ちょっとやりづらい」
「あの家も結構高い地位にありますものね。まあ、ホーエンガンプ家が負けるはずありませんが」
というか、フレイヤはよくもまあ素性のしれない男の後ろ盾をしているよな。
後ろ盾をするということは、そいつの言動に対して責任を取るということである。
オオトリがおかしなことをすれば、フレイヤとその家が責められることとなる。
かなりでかい規模の貴族だから、一度命を救われた程度で気を許しすぎではないかと思うのだが……。
まあ、あの家が没落してもいいんだけどさ。
王族にろくに力がないとはいえ、さすがに貴族同士の戦争となると、具合が悪い。
「適当なタイミングで殺すからいいよ」
『いや、主人公と敵対しないようにしてほしいんだけど』
「無理だろ」
あいつ、結構俺のこと嫌いみたいだし。
だからと言って、俺がへりくだるつもりもない。
いつかはぶつかるだろうし、その時にちゃんと殺せるようにしないとなあ。
「ディオニソス様。お時間です」
「あー……」
扉がノックされ、騎士がそう告げてくる。
面倒くさい……。
ため息をつきながら、俺は立ち上がった。
「褒美のために頑張ってくださいまし!」
『本当、殺すのだけは勘弁してあげてね』
そんな心温まる応援を受けながら、俺はダラダラと歩いて……。
会場となる広場で、近衛騎士ニックと相対するのであった。
「よお、近衛くん」
「ディオニソス・ホーエンガンプ……!」
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