第38話 今、シルバーくんが
国王も居住する国家の最重要拠点である王城には、当然のことながら選ばれた人間しか居住することは認められない。
使用人ですらも、王城ではなく近くの場所で寝泊まりして毎日出勤しているが、その例外の一人がシルバー・フリムランであった。
王国の軍隊でもある騎士団の団長を務める男だから、王城に執務室や私室が用意されるのは当然だが。
そんな場所にノックもなしに入ってきたのは、彼が目をかけて育てている近衛騎士ニックであった。
「シルバーさん!」
「ああ、ニックか。どうした?」
目を通していた書類から視線を上げて、薄く微笑みながらニックを見る。
その目には、父性さえ感じられるほど、若者を優しく見守る意思が感じられた。
「お礼を申し上げようと思いまして。ディオニソス・ホーエンガンプとの御前試合を整えていただき、ありがとうございました」
「気にするな。近衛騎士団のエースの御言葉だ。叶えてやるのは当然だろう。それに、私ができたことも、ただ王女殿下に進言し、提案しただけだ。私の力なんて微々たるものだよ」
「しかし、シルバーさんのおかげで、あのいけ好かない貴族を倒すことができる機会を得られました。本当に感謝します!」
シルバーは苦笑いを浮かべる。
気にしなくていいと言っているのに、生真面目な性格だ。
「お前の報告を聞けば、確かにディオニソス殿はかなり悪辣なようだ。噂通りともいえるが……。私も一騎士として、思うところがないわけではない」
ニックも近衛騎士として、一般の騎士よりも騎士らしい。
しかし、シルバーのそれは他の追随を許さない。
何せ、騎士たちのトップである騎士団長なのだ。
ディオニソスが騎士を騎士とも思わずあざ笑い軽んじていることを聞いて、いつも通りの平静でいられるはずもなかった。
ニックの胸に拳をぶつけ、シルバーは力強く言った。
「ただ、ここまでお膳立てして、負けるわけにはいかないぞ。そこはしっかりとな」
「私は今まで鍛錬を積み重ね、近衛騎士として恥ずかしくないよう、精一杯励んできました。その鍛錬は、私に強烈な自信を植え付けています。ですが、決して油断はしません。全力でディオニソス・ホーエンガンプを叩き潰します」
力強いニックの言葉に、シルバーはふっと頬を緩ませる。
「よし。ならば、準備をしておけ。御前試合まで、日もそんなにない。お前のことだから大丈夫とは思うが、後悔のないようにな」
「はっ!」
敬礼し、胸を張って部屋を出ていくニック。
そんな彼の背中を、まるで父のように温かい目で見送るシルバー。
扉が閉まり、誰もいなくなった部屋で、深く椅子に腰かける。
「ふー……」
深く、長く息を吐いた。
そうすると、先ほどまでの穏やかで柔らかい騎士団長としての雰囲気が霧散し、荒々しく刺々しい危険な匂いを醸し出すものに、一瞬で変わっていた。
「いい感じに私を信頼しているな。使い勝手のいい手駒になる。実力だけは本物だから、使いようはいくらでもある。ここまでよく手綱を握ったな、エスペランサ」
軽薄な笑みを浮かべるシルバーは、つい先ほどまでの彼とは思えない。
別人でないかと思うほどだった。
しかし、そんな本性を知っているエスペランサは、どこからか現れてもうろたえることはしなかった。
「……いえ」
「相変わらずだな。この国の王になる私に、少しは媚びを売っていてもいいんじゃないか? お前は有用で、見た目もいい。私の妻にすることはできんが、妾には十分してやれるが」
「……あなたが王になった後のことはどうでもいいので。この国を滅ぼしてくれるのであれば、それ以上の望みはありません」
「そうか、随分と無欲なことだ」
ふっと笑うシルバー。
エスペランサはとても見た目の良い女だが、無理やり手籠めにして反発されても困る。
有用な駒なのだから。これからも使う予定があるから、そんなことはしない。
「……国を滅ぼしたいというのは、随分強い欲望だと思いますが」
「それもそうだな。この国は私がいただくが、連綿と続いてきた王族の血が途絶えるのであれば、国が亡ぶと同義だろう。それで満足してくれ」
「……はい」
頷くエスペランサを見て、シルバーは彼女の目的をもう一度考える。
彼女が自分に協力している理由は、ただ一つ。
この王国を、滅ぼすこと。
無論、この国を自分のものにするつもりのシルバーは、物理的に破壊するつもりはない。
しかし、自分が王となるということは、今の王族を廃絶するということ。
それは、すなわち今の王国が滅びるというのと同義である。
彼女もそれで満足しているようなので、シルバーとは目的を異にすることにはならない。
仮に、エスペランサがこの国を物理的に破壊しようとしているのであれば、いくら有用でも駒として使うことはできなかっただろう。
「しかし、随分とこの国を恨んでいるようだ。その理由を知りたいが、教えてはくれまい?」
「…………」
「ああ、いい。この国は、歪だ。王族よりも貴族の方が力を持っていて、各領地で好き勝手している。まるで、王のように振舞っている。それぞれの場所で、横暴を働く貴族もいると聞く。そういう関係だろう」
黙り込むエスペランサを横目に、シルバーは語る。
強烈な王国への敵意。
それを持つようになった理由は、簡単に想像がつく。
各領地で暴君として君臨する貴族の多いこと。
もちろん、善政を敷いている貴族もいるが、ホーエンガンプ領を筆頭に、民に厳しい領地も多いとシルバーは把握している。
エスペランサが王国を毛嫌いする理由というのも、そこで何かがあったのだろう。
彼女は決して口には発しないが、シルバーはそれでもよかった。
自分を裏切らなければ、自分に都合が良ければ、それでいい。
「そもそも、王族に力がない。王に権力がない。そんな国は、もはや国として成り立っていない。象徴としての権威はあれど、力が備わっていなければ無意味だ。だから、私が王になる」
「……そんな格好いい理由で王になりたいんでしたっけ?」
「いいや」
冷めた目で見てくるエスペランサには、怒りではなく面白さを覚える。
その通り。力を持たない王を国が戴いていたら、国や民が不幸になる。
それは事実だろうが、そのために自分は王国を裏切ろうとしているわけではない。
「私は……いや、俺は、好きに生きたいんだよ。本来であれば、絶対に手が届かない女を手籠めにしてやりてえ。俺はさっき、お前に妾ならって言ったよな? 嫁にする奴は、もう決めてんだよ。あのいつも笑顔を浮かべた、善人の中の善人。誰からも愛されるあの女を犯してやれば、どれだけ気持ちがいいかなぁ?」
ニヤニヤと笑うシルバーの顔は、高潔な騎士のそれではなく、底辺に位置するような欲望にまみれた男の浮かべる顔だった。
ニックが最も嫌悪するような顔を、尊敬する男がしていた。
「なあ、パトリシア・レッドフォード?」
シルバーが脳裏に思い浮かべるのは、この国の華。
国民から愛される美しい王女、パトリシアであった。
彼女を跪かせ、自分の下に押し倒せたら、どれほど気持ちがいいことだろうか。
近い将来に起きうることを夢想して、シルバーは気味悪くほくそ笑むのであった。
◆
「はっ!? 今、シルバーくんがとてもいいことを言っていた気がする!?」
『なに? その第六感……。あと、シルバーくんって気持ち悪いよ、ディオニソス』
過去作のコミカライズ最新話が公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLや書影から飛べるので、ぜひご覧ください。
『偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~』第31話
https://unicorn.comic-ryu.jp/11327/
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第7話
https://magcomi.com/episode/2551460909829488747




