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守銭奴無自覚ブラコン妹と盲目ヤンデレいじめっ子皇女に好かれる極悪中ボスの話  作者: 溝上 良
第2章

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第33話 名前なんだっけ?

 










 ディオニソス・ホーエンガンプのことは、ニックはとてもじゃないが認められない、好きになれない男だった。

 自分の敬愛する、いやすべての王国民が忠誠を誓わなければならないはずの王族に対しても、舐めた態度をとる男。


 さすがに王族に直接的にそのような態度をとる者はほとんどいないが、王国そのものを軽視しているのは、貴族に多い。

 王族にすでに力がなく、自分たちの力を借りなければ何もできないとふんぞり返っているからである。


 それが、ニックにとっては認めがたいものだった。

 だから、ディオニソスは特に嫌いだが、貴族全般も好きではない。


 近衛騎士になる前から……いや、なってからはなおさらそう思う。

 だから、今回のことは、ちょっとした嫌がらせであった。


 偶然であった。

 偶然、自分が王都を歩いていると、目の前でもめごとが起きていた。


 偶然、それはディオニソスの抱える私兵が加害者だった。

 偶然、そこから一番近い詰所が、色町を突っ切ることが最短の近道だった。


 偶然、そこで歩いているディオニソスを見つけた。


「(偶然にしてはできすぎていないか……?)」


 ふとそう思ったが、すぐにその考えを捨てる。

 偶然でなければ、何だというのか。


 誰かが、こうなるように仕向けたというのか?

 そのメリットがまるでないし、意味がないだろう。


 たとえば、ディオニソスにちょっかいを出して高い所からキャッキャッと楽しみたいと考えている性悪な王女がいる可能性もあるが、そんな確率は万に一つもないだろう。

 だから、ニックはその考えをすぐに捨てた。


 結局、ディオニソスに謝罪をさせようとするのも、自分の溜飲を下げるためのものである。

 元より、王女に対しても不敬な言動を繰り返していた、貴族の男。


 しかも、不快なことに、先の戦いでは彼の働きで王女が救われたと言う。

 無論、賊が近くまで来ていれば、近衛騎士たちが何の問題もなく対処していただろう。


 だが、結果として、そこに至るまでにディオニソスがすべてを終わらせていた。

 そのこともあってか、なぜか敬愛する王女パトリシアからの覚えもいい。


 それが、どうしても許せなかった。


「(バカが。後方の安全な場所でふんぞり返ることしかできない貴族が、最前線で戦う近衛騎士に勝てるはずないだろうが)」


 ディオニソスが剣を抜いて襲い掛かってきたとき、ニックはそう嘲笑した。

 日々苦しくつらい鍛錬を行い、命を落としかねない危険な戦場で戦っているのは、自分たち騎士である。


 だらけ切った貴族に、近衛に選ばれた自分が敗北するはずがない。

 そう思っていた……。


「ぐぉっ!?」


 ガギン! と鈍い金属音が鳴り響く。

 とっさに剣を抜くことができたのは、さすが近衛と言えるだろう。


 鍛錬していなければ、剣を抜く動作ですらおぼつかなく、うまく武器を構えることすらできないものだ。

 慌てているにもかかわらず、それができたのは、見事の一言。


 だが、そんなことを気にする余裕がないほどに、ニックは切羽詰まっていた。


「(おもっ……!?)」


 ギャリギャリと耳を塞ぎたくなるような音を立ててつばぜり合いをしている。

 しかし、それは互角の力で起きているものではなく、ニックが何とかこらえているという状況だった。


 確かに、体勢も関係あるだろう。

 上から剣を振り下ろした方が、下から受け止めるより力が入るのは自明だ。


 だが、受け止め方にもいろいろある。

 ニックの技術ならば、その振り下ろしも見事に受け流し、硬直してしまった相手を斬ることもできる。


 何なら、それをしなくとも、単純な力で弾いて返り討ちにすることだってできる。

 だが、それをしようと思ってもできない。


「どうした? あんなに俺を挑発していたんだ。もっと頑張ってみてもいいんじゃないか?」

「くっ……!」


 そのにやけ面を叩きのめしてやりたい気持ちはたっぷりとある。

 それができないのは、単純なディオニソスの暴力。


 美しい技や感嘆するような技術を見せているわけではない。

 ただ、相手を捻り潰すためだけの力。


 あまりにも単純で、鼻で笑いたくなるような純粋な力は、だからこそとてつもなく強大だった。


「ほら、もっと力を籠めろよ。じゃないと、このままお前の身体に当たってしまうぞ?」

「ぐっ、ぐぐぐぐぐっ……!!」


 顔を真っ赤にして力を籠めるが、上から振り下ろされている剣をはじくことはできない。

 それどころか、つばぜり合いしている位置がどんどんと下がっていき、鈍く光る刃がニックの身体に届きそうになっている。


 ガリガリと嫌な音を立てて近づいてくる刃。

 ニックは、それに対してかすかに、本当に少しの恐怖を覚え……。


「お?」


 素早く駆けてくる人影があった。

 どたどたと走ってくるのではなく、その一歩一歩がとても歩幅が長い。


 跳んでいるかのように近づいてくるその人影は、剣を抜いて……。

 ガキン! と音を立てて、ディオニソスの剣をはじいた。


 腕を跳ね上げられたが、すぐに力を込めてもう一度振り下ろされる。

 だが、その一瞬の隙で十分だった。


「ぐぇっ!?」


 人影はニックに一切配慮することなく腹を抱えると、一気に飛びのいた。

 直後、彼のいた場所にディオニソスが剣を振り下ろす。


 ズガン! とただ剣を振り下ろしただけとは思えない音と共に地面が破壊される。

 しかし、確実に追い詰められていたニックを、その人影は救った。


「あー……お前、名前なんだっけ?」


 肩に剣をのせてポンポンと叩くディオニソス。

 そんな彼に、人影……彼女は口を開いた。


「……エスペランサ」




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