第13話 倒してもらいましょう
「よし、そのまま一気に攻め立てろ! このまま押しつぶすぞ!」
フレイヤの号令に従い、本陣のフレイヤ軍が一気に襲い掛かる。
バンディットの構成員は、ほとんどが戦闘訓練を受けたことがない元農民だ。
鍛えられた兵に敵うはずもなく、数の有利もほとんど意味をなさない今となっては、ひたすらに数をすり減らしていた。
また、多くの賊が背を向けて逃げ出していた。
それも当然だ。
兵とは違い、忠誠心や郷土愛なんてものを持っていないのだから。
彼らは自分のために賊に身を落としたのだから、その身が危なくなれば逃げだすのも当たり前と言えるだろう。
「逃げる奴は追いかけるな! 後で徹底的に追い立てる! 今は目の前の賊を打ち倒せ!」
フレイヤの指示通り、彼女の私兵たちは忠実に動く。
明らかにバンディットは瓦解しており、もはや風前の灯火だった。
「勝敗は決しましたね」
「ああ」
腹心の言葉に、フレイヤも頷く。
「こういうことを言うのもなんですが、パトリシア王女からの覚えも良くなることでしょうな。まさしく、殿下の忠臣として」
「本当に言うのもなんだな」
あまりにも堂々と言うことではないだろう、とフレイヤは苦笑いする。
「だが、まあそれも悪いことではないな……」
しかし、彼の言うとおり、王族からの覚えが良くなって悪いことは何もないだろう。
強権を振るうことができない王族とはいえ、象徴としての権威はいまだに強大なままだ。
この先、貴族の力がより強くなり、貴族同士の衝突も考えられる時代に入っていく。
その時に、パトリシアの力を借りることがあるかもしれない。
ならば、評価を上げておくのは悪くないだろう。
「そのためにも、早くあの賊どもを潰さないとな」
「はっ!」
フレイヤたちは、はっきり言ってしまえば油断していた、慢心していたと言える。
とはいえ、ここまで完璧に事が運び、勝利まであとわずか。
相手に逆転の芽などないという状況にあれば、そうなってしまうのも仕方ない。
むしろ、この状況からひっくり返すことなど、ほとんどの者ならできなかった。
不幸だったのは、バンディットにそれができる者が、たった一人存在していたことである。
「ん? どうした、なぜ戻ってきた?」
「…………」
腹心が、ゆらゆらと歩きながら戻ってくる私兵を見つける。
戦いの跡が残っている兵だ。
怪我をして撤退してきたのかとも思うが、その様子はない。
それはともかく、返事すらしない兵士に腹心は怪訝な顔をする。
「おい……?」
喋らず近づいてくるだけの兵の肩に手を置いた瞬間だった。
「がはっ……!?」
腹心の背中に突き出てくる剣。
至近距離でいきなり剣を突き刺された彼は、血を吐く。
これが敵だったらそもそもここまで接近を許していない。
味方である部下が近づいてきたからこそ、油断していた。
「なっ!? お前、何してんだ!?」
「んー、うまくいきましたねぇ。良きかな良きかな」
フレイヤは剣を抜いてその部下を見据えるが、声が聞こえてきたのは別の場所からだった。
穏やかな男の声。
戦場で聞こえているからこそ違和感を覚える声音だった。
「……あんた、誰だい?」
「もちろん、あなたたちの敵ですよ」
そこにいたのは、優男と称される風貌の男だった。
激しい殺し合いをする戦場には似つかわしくない容姿。
そんな彼は、上品に頭を下げる。
「初めまして。私の名はスペンサー。バンディットの頭領を務めております」
「まさか、大将首がのこのことこっちに来てくれるとはなあ。よかったぜ。敵の大将を殺した誉れももらえるし、お前を殺せばこの混乱も一気に落ち着く」
フレイヤは気づいていた。
先ほどまでの、勝利目前の余裕がある空気ではなくなっている。
悲鳴や怒号が聞こえてくるが、それはすべて自分の私兵によるものだった。
押されている。
だが、一気に逆転するためには、敵の頭を潰すことが一つの方法だ。
それができる状況に、今ある。
それをしない理由がなかった。
「勇猛果敢な女性だ。感服しますよ。あなたもとても強いようですが、あちらの女性ほどではなさそうだ。だから、こちらを選んだわけですが」
そんな強烈な殺意を向けられても、スペンサーは余裕のある笑みを隠さない。
彼の視線の先には、大暴れしていたアビスの軍があった。
あちらも突出していたフレイヤの軍ほどではないが、混乱が生じている。
こちらの救援に来ることはできなそうだ。
「それに、あの悪名高い殺戮皇も戦場には来ても参戦はしないらしい。いやはや、助かりましたよ。噂通りならば、とんでもない地獄が広がっていたことでしょうから」
スペンサーはそう言ってフレイヤの判断をあざ笑った。
どうして武力の高い勢力を作戦に使わないのか。
なるほど、作戦に従わなかったりすれば、それは悪影響を及ぼす。
しかし、部下を命令に従わせられないというのは、上の無能である。
それを聞き取ったフレイヤは、顔を真っ赤にして怒りを露わにした。
「あたしの前で、あの男を評価するようなことを言うのは、命がいらねえって言っているようなものだよなあ!」
「うーん、どうやらあなたは勘違いをしているようですねえ……」
その反応に、スペンサーは笑う。
「バンディットの頭領である私が、何の策もなく敵本陣に入り込むことなどありえません。そもそも、どうして私がここにいるのかも疑問に思っていない。あなたは、どうやら大将失格のようだ」
「ほざくな!!」
我慢ができなくなったフレイヤは、自らスペンサーに斬りかかる。
とてもじゃないが接近戦ができるようには見えないいでたちの男。
貴族であるが常日頃から鍛えているフレイヤが負ける道理はない。
「いやはや、本当、バカで助かります」
そう思ってくれるのは、スペンサーの思い通りであった。
◆
「殿下」
ひときわ立派な天幕に入ってくるのは、スイセン。
側近である彼女が駆け寄るのは、当然のことながら主である王女パトリシアであった。
普段は冷静で落ち着いているスイセンが、少々焦っているように見える。
パトリシアはそんな彼女を見て、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
「どうかしましたか?」
「バンディットに押され始めています。さらに不可解なのは、フレイヤ軍の一部がそれに与していると見られることです」
「あら……」
驚いたという表情を見せるパトリシア。
実際はどうなのかは分かったものではない。
少なくとも、ここにディオニソスがいれば、白い眼を彼女に向けていたことだろう。
「今すぐこの場を離れましょう」
「そうはいっても、私の目ではそんなにすぐ動くことはできません。追いつかれてしまうでしょう」
「しかし……」
スイセンは王女の側近を任されるほど能力は高い。
正直、ろくに鍛えていない賊が百人で襲い掛かってきても、パトリシアを守り切る自信はあった。
しかし、問題はフレイヤの私兵の一部が裏切ってこちらに攻撃を仕掛けてきているということ。
鍛えられた軍人を相手にするのは、数の差が大きいとさすがにスイセンもしんどい。
加えて、フレイヤがその裏切りに加担していないという確証もなかった。
有象無象ではないフレイヤが敵となれば、スイセンも覚悟を決めて戦う必要がある。
とはいえ、パトリシアの言っていることも十分に理解できることだった。
「だから、こうしましょう」
そんな彼女に、パトリシアは薄く微笑んで別の提案をした。
「ディオニソス様に、お願いして倒してもらいましょう」
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