第12話 優勢
諸侯連合軍とバンディットが衝突して、数時間が経っていた。
激しい戦闘音が鳴り響く。
実際に戦闘を行っている場所から少し離れた場所にいるフレイヤたちにも、その耳を塞ぎたくなるような悲鳴や怒号、破壊音は届いてくる。
むろん、それを見て目をそらそうとするような柔な精神は持っていない。
指揮官となったからには、常に戦場の状況を把握して適切な指示を送らなければならないのだ。
険しい表情の彼女の元に、腹心の部下が駆け寄ってくる。
「フレイヤ様。右翼より報告。作戦通り、順調に侵攻中とのこと」
「そうか。今のところ、うまくいっているってことだな」
「はっ。これも、フレイヤ様の優れた作戦のおかげです」
その言葉を聞いて、フレイヤは思わず笑いそうになってしまう。
作戦と言っても、そんな大したことはしていない。
なにせ、相手は賊である。
長期間をかけて策をめぐらすような余裕はなかったし、そんなことをするほどの相手でもない。
結局、バンディットが猛威を振るうことができたのは、その数である。
圧倒的な数があるからこそ、貴族たちが個々で対応しようとしてもうまくいかなかった。
戦闘は、質も大事だが数が何よりも大事だ。
一人の達人も、百人に一斉に襲い掛かられれば、たいてい敗北してしまうものである。
しかし、今この戦場にバンディットの構成員の数は少ない。
いや、それでも諸侯連合軍よりはるかに多いのだが、イナゴの集団と呼ばれていたほど圧倒的なものではなくなっていた。
「ろくに情報伝達もできていないんだな。……こんな奴らに好き勝手やられていたと思うと、情けなくなるね」
まさか、貴族たちが力を合わせて襲撃してくるとは思わなかったのだろう。
基本的にはそれぞれ個が強いため、力を合わせて共同作戦なんてことはほとんどない。
だから、バンディットの連中は舐めていたのだろう。
しかし、ここにきて王女パトリシアの威光の元に結集し、団結して襲い掛かってきた。
慌てて防衛しようと試みるが、基本的にはバンディットはずっと攻めていて、守る戦いをしたことがほとんどなかった。
そのこともあって、今数の不利を覆し、連合軍が順調に戦局を動かしていた。
「そうだな。ただ、油断はするなよ。こういうとき、一番良くないのは油断だ。それで一気にひっくり返されることだってある」
「は、はっ」
フレイヤの引き締めに、部下は深く頭を下げる。
そんな彼を見て、少しきつく言いすぎたかと、彼女はすぐに言葉を発した。
そもそも、自分も油断こそしていないが、この戦いに今から負けるとは、とてもじゃないが思えない。
「とはいえ、さすがにここから巻き返されるとは思えないけどな」
「忠告をいただいたばかりで恐縮ですが、バンディットもしょせんは賊。奴らの脅威は数です。しかし、現在その数はこちらの方が多く、奴らの強みは何もありません。しょせん、烏合の衆です」
「ほとんどが農民だろうからな。軍略とかも考えられないんだろうさ。……まあ、その農民を賊にさせるような状況は、どうかと思うがな」
深くため息をつく。
賊になるということは、理由が二つある。
そもそも、地道に働いて財を成すことを良しとせず、楽をするために他人を踏みにじることを許容して、自分からその道に堕ちる者。
そして、もう一つは地道に働きたくてもそれができず、他者から奪われてしまったがゆえに、仕方なく賊に身を落とした者。
前者は情状酌量の余地はなく、さっさと殺してしまうべきだと思うが、後者は違う。
フレイヤとしては、彼らにそのような選択肢を強いてしまった負い目がある。
だから、できる限り救い上げたいと思っているのだ。
一方で、どんな理由があろうと賊になって略奪行為を働いたのであれば死ね、という思想の貴族様もいたりする。
「残念だが、それで同じ立場の民から略奪していたら同情の余地はないね。ここで完璧に叩き潰すよ」
「はっ」
フレイヤの言葉に、部下は頷く。
そんな彼は、スッと目を遠くに向けた。
そこは、本陣から遠く離れ、またバンディットとの衝突している場所からも距離のある場所。
ディオニソスの軍がいる場所だった。
「しかし、奴ら……ホーエンガンプの者どもも、動きませんね」
「あいつらはほとんど賊と変わりないほどの連中だ。そんな奴らに共同作戦なんて持ちかけても、大人しく従うとは思えない。そもそも、そんな危険な奴らと肩を並べ、背中を任せられるとは思えないね」
フレイヤはふんっと鼻を鳴らす。
これは、彼女の命令である。
ディオニソス率いるホーエンガンプ軍は、戦闘に参加するな。
もちろん、そんな直接的な命令をしたわけではないが、その意思は伝わっているだろう。
ディオニソス軍が動く様子はなかった。
殺戮皇とも称されるほど、悪名高い男の軍だ。
大人しくこちらに従うとは、とてもじゃないが思えない。
しかし、今好き勝手動いていないということは、動きたくても動けないということだろう。
「まあ、かなり前線から離れているんだ。動きたくても動けないんだろうさ」
「みじめですね」
ふっと鼻で笑う部下。
他人の陰口はあまり褒められたことではないが、ディオニソスが相手ならいいだろうと、フレイヤも笑う。
ディオニソスとは違い、尊敬のまなざしを向ける相手も存在した。
それは、左翼で圧倒的な強さを振るっている集団……その戦闘にたつ女傑であった。
「しかし、それに比べて、あの集団は凄まじいですね。彼らの配属されている左翼が、突出しています」
「あそこは……アビスの軍だ。王国で最強と謳われる連中だ。賊なんて相手にもならないんだろうな」
アビス。
王国最強と名高い武人である。
彼女が軽く剣を振れば、それだけで人の死体が十も二十も積みあがる。
彼女の前には誰も立つことはできず、彼女の過ぎ去った場所に残るのは死体の山だけだ。
そして、その武を崇拝している多くの猛者たちが、彼女の下についている。
やはり、最強という存在は、多くの人を引き付ける。
武で身を立てようとしている者からすると、なおさらだ。
そのため、アビスの軍は王国でも随一の精強さを誇っていた。
フレイヤと部下も、そんな彼女に畏敬の念を抱いていた。
もちろん、負けず嫌いのフレイヤは素直にそれを認めることはしなかったが、心の奥底ではアビスのことを認めていた。
「数はそれほど多くなかったはずですがね……。さすがの一言です。しかし、我らがフレイヤ様も、負けてはいません」
「変な気を遣うなっての。まあ、簡単に負けてやるつもりはないがな」
ふっと笑うフレイヤ。
しかし、これに乗ってやるのもいいだろう。
すでに、この戦いの趨勢は決まった。
このままだと、アビスたちだけが目立ってしまい、自分は王族からの覚えが悪くなってしまうかもしれない。
力をほとんど持たず象徴としての意味合いが大きい王族だが、だからこそその権威は強かった。
パトリシアに覚えをよくしてもらうためにも、フレイヤは自分が動くことを宣言した。
「よし、このまま本陣も動かすぞ。この勢いのまま、バンディットを一気に押しつぶす!」
「はっ!」
フレイヤの命令通り、諸侯連合軍の本陣が動き始める。
今にも瓦解しそうなほど壊滅的な被害を受けているバンディットめがけて、止めを刺すために。
フレイヤは、自信に満ちた笑顔を浮かべて武器を構えた。
◆
「あー……いい感じに調子に乗ってそうだなぁ。何かあるとしたら、この後だな」
『……分かっているんだったら、忠告とかしてあげたら?』
「え、何で? 嫌だけど?」
『うーん、この……』
ホーエンガンプ軍の中でそんな会話があったのは、誰も知らない。
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