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## 六十三章:更新ボタンの先にあるもの
木曜日の午前。僕は、まっさらなテキストエディタに向き合っていた。テーマは、大学生向けのGoogle AI Proプラン、その一年間無料キャンペーンの登録方法について。
以前も同じテーマで記事を書いたが、今回はその第二弾だ。一通り書き終えた後、僕は過去の自分が書いた第一弾の記事を読み返す。寄せられたフィードバック、そして自分自身で感じていた反省点。それらを一つ一つ拾い上げ、タイトルを練り直し、サムネイルを作り変え、文章に手を入れていく。過去を土台に、新しい何かを組み立てるような感覚。これが吉と出るか、凶と出るか。そんなことは僕の知ったことではない。
noteの編集画面と、OpenAIやAnthropicが流してくる新着記事のタブを行き来しているうちに、時計の針はとっくに午後二時半を指していた。空腹を告げる腹の虫の音に促され、昨日の残りのカレーを胃に流し込む。そして、僕はいつものように図書館へと向かった。
今日の目的は、読みかけだった『暗黒の啓蒙書』に決着をつけることだ。席に着き、硬質なページの感触を指先に感じながら、再びあの混沌とした思索の海へ潜っていく。途中、不意の腹痛に襲われたが、幸いにもここのトイレは、僕のささやかな平穏を乱さない程度の清潔さを保ってくれていた。
一気に最後まで読み終え、翻訳者による懇切丁寧な解説にまで目を通す。だが、もし誰かに「この本はどんな本だったか」と問われたら、僕はきっと言葉に詰まるだろう。物語が「展開」するのではなく、思考がただひたすらに「転回」していくような、目まぐるしい文章の連続。結局、僕の頭に残ったのは「生存バイアスで煮固めたような資本主義への賛歌」と、「ゲノム編集による新人類の創造」という、あまりに過激で、現実味のない断片だけだった。
解説のおかげで、この支離滅裂さがどこから来るのか、その輪郭くらいはぼんやりと掴めた気もする。だが、その理解すら、図書館の自動ドアを抜ける頃には、初夏の生ぬるい風に吹かれて、遥か彼方へと飛んでいってしまった。
明日は、GPT-5が発表されるらしい。深夜まで起きてその瞬間を見届けるか、それとも朝一番に全ての情報を浴びるように摂取して、また新たなnoteの記事にするか。おそらく、後者を選ぶだろう。
VALORANTをアンインストールしてから、僕の時間には、確かな手触りが戻ってきた気がする。画面の向こうの戦場に捧げていた時間を、今はこうして、よく分からない本を読んだり、誰かの役に立つかもしれない記事を書いたりすることに使っている。それが「有意義」かどうかは分からない。でも、悪くない時間の使い方だと、今は素直にそう思えるのだ。




