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#15

## 第三十五章:二つの新たな魔法と、立ちはだかる壁


僕の「したいことリスト」の上位に君臨し続けるおもちゃ、ComfyUI。今日はそのマスターガイドのChapter 7、二つの新たな魔法、「ControlNet」と「IPAdapter」を学ぶ日だ。


ControlNetは、画像から輪郭やポーズといった特定の情報だけを抽出し、それを設計図として新しい画像を生成する技術らしい。僕はてっきり、キャラクターに好きなポーズを取らせるための専門魔法だと思っていたのだが、どうやらもっと奥深い、画像の構造を支配するような魔法だったようだ。一つ、長年の誤解が解けた。


一方のIPAdapterは、画像そのものが持つ雰囲気と、添えられた言葉プロンプトの両方を反映させて絵を描くという、実に興味深い手法のようだ。SNSでよく見かける、特定の画風を真似たイラストなどは、この魔法の応用例なのかもしれない。「IPAdapter」という呪文自体は知っていたが、まさかこれほど身近なところで使われていたとは。灯台下暗しとはこのことか。


しかし、このIPAdapterがなかなかの曲者だった。教科書の通りに呪文を唱えても、うんともすんとも言わない。開発者の集うギルド(GitHub)を覗いてみても、僕の未熟な目では解決の糸口は見つけられなかった。仕方がないので、一旦白旗を上げ、本の出版元に助けを求める手紙(問い合わせメール)を送った。この魔法は、僕の創造の幅を大きく広げてくれる強力な武器になりそうだ。なんとしても手懐けたい。


この一件で、僕はふと、以前に投げ出したままだった別の魔法、「Inpainting」のことを思い出した。画像の一部を修正するための、いわば「修復魔法」だ。これも当時はうまくいかなかったが、今の僕ならどうだろう。古い版の魔法書(旧バージョンのモデル)を引っ張り出して試してみると、驚くほどあっさりと成功してしまった。これで、この分厚い教科書で僕が使いこなせていない魔法は、IPAdapterただ一つとなった。


最初の頃に比べれば、僕の魔法の腕は格段に上がった。それは間違いない。だが、よりによって一番使えそうなIPAdapterでつまずくとは、何の因果だろうか。まるで、世界の創造主が僕に「まだ早い」とでも言っているようで、少しだけ勘繰ってしまうのだった。


## 第三十六章:アスファルトに滲む、母の背中


夕方からの授業のため、重い腰を上げて家のドアを開けると、世界は灰色一色の豪雨に沈んでいた。アスファルトを叩きつける雨音に、僕の心はますます憂鬱になる。


傘と荷物で両手が塞がったまま、駅へと急ぐ。ふと時間が気になったが、すぐに確かめる術はない。ポケットの中のスマートフォンが、まるで分厚い壁の向こうにあるかのように遠い。技術の進歩なんて、こんな些細な不便さの前では無力だ。わからない時間への焦りが背中を押し、僕はただ走るしかなかった。


ようやく滑り込んだ電車の車内は、まるで嵐の中の避難所のようだった。ここでようやく、僕は日課にしている読書の時間へと意識を切り替える。手に取ったのは、県税事務所で働く人々を描いた短編集だ。淡々と、しかし生々しく綴られる彼らの葛藤やストレス。その活字を追ううちに、僕の脳裏にふと、母の姿が重なった。


そうだ、僕の母も、この物語の登場人物たちと同じように、無数の理不尽やストレスと戦いながら、毎日「おかえり」と僕を迎えてくれていたのだ。僕がこの自由な時間を満喫している間も、母は僕のために、見えない場所で頭を下げ、心をすり減らしていたのかもしれない。その当たり前すぎて見過ごしていた事実に、胸が締め付けられるような思いがした。


僕にできることは何だろう。大それたことはできない。でも、せめてこの家が、母にとって心安らぐ場所であるように。僕の存在が、母のストレスを少しでも和らげるものであれるように。これまでの態度を、少しずつでも改めていこう。


そんな小さな決意を胸に、僕は帰り道、ローソンのドアを開けた。母が好きだと言っていた、あのソフトクリームを一つ、手に取って。雨上がりの湿った空気の中に、ほんの少しだけ、甘い匂いがした。


## 第三十七章:優しさの波紋と、レポートという名の投石


今日の大学の授業は、奇妙な違和感から始まった。いつもは素っ気ない態度の同期が、やけに優しいのだ。そのあまりの変わりように、僕は少し戸惑ってしまった。家に帰ってきた今でも、あの親しげな笑顔が頭の片隅にこびりついている。一体、何が彼をそうさせたのだろうか。


そんな小さな謎を抱えていた僕の思考は、授業の終わりに講師が投下した一言によって、あっけなく吹き飛ばされた。「全学年、この授業の学びをレポートとして提出してもらいます」。その爆弾発言は、穏やかだった僕の心に、確かな波紋を広げた。


この「プロジェクト」という名の授業には、実は抜け道がある。プロジェクトのコアメンバーとして担当教員に認められれば、授業への出席からレポート提出まで、あらゆる制約を合法的に回避できるのだ。しかし、そのためにはリーダーに掛け合う必要があり、そうすれば面倒事を押し付けられるのは目に見えている。このプロジェクトにそこまで時間を捧げる気概もないし、友人たちも皆レポートを書くと言う。まあいいか。僕の結論は、いつも通り実にシンプルだ。


授業が終わり、雨上がりの道を友人と駅へ向かう。彼の口から語られる、万博の予約を取る上での注意点や、ホテル、移動手段、チケットといった実用的な話は、無計画な僕にとって非常に有益だった。もちろん、彼の専門分野である政治の話も、僕の知らない視点ばかりで面白い。彼の思想は決して偏っていない。だからこそ、その言葉はすっと心に入ってくる。


途中で彼と別れ、一人電車を待つ。本に目を落としながら、ふと最近の自分の睡眠の質が著しく低いことを思い出した。スマートフォンの光を浴びながら、いつの間にか寝落ちしている毎日。そうだ、寝る前に読書をしよう。最近、寝室の照明が丁度いい明るさに調節できることを発見したばかりだ。これはいい思いつきだった。


今日の出来事を振り返る。同期の不可解な優しさ、友人が教えてくれた実用的な知識。いくつもの優しさに触れた一日だった気がする。その温かい余韻に浸りながら、僕もまた、誰かに優しさを振りまけるくらい、心に余裕のある人間になりたい、と柄にもなく思った。


家に帰り、かねてから万博に行きたがっていた母に、今日友人から聞いたばかりの情報を話してみる。「じゃあ今週末にでも、色々調べてみましょうか」。そう言って微笑む母の顔を見ながら、僕が今日受け取った優しさの波紋が、また一つ、日常の穏やかな海に広がっていくのを感じていた。

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