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## 第二十八章:Grok狂想曲と、奪われた期待
午前4時。あまりにも早く目が覚めてしまった僕は、二度寝の誘惑にあっさりと負けた。次に意識が浮上した時、時計の針は無情にも、授業開始まであと10分という時間を指し示していた。僕は迷わず、心の貯金箱から「有給休暇」と書かれたコインを取り出した。幸か不幸か、今日はxAI社が「Grok 4」を発表する日でもある。この偶然は、僕の怠惰な決断を力強く後押ししてくれた。
正午、約束の時間。しかし、xAIの公式Xアカウントには「The Grok 4 livestream will begin soon. Stay tuned.」という、のんびりとした一文が投稿されただけだった。まあ、アメリカ圏の時間感覚なんてこんなものだろう。僕も特に何も思うことはなかった。結局、ストリームが始まったのは、それから一時間も過ぎた午後13時のことだった。
だが、僕の失望はそこからが本番だった。
画面に映し出されたのは、OpenAIやGoogleが見せてくれるような、洗練されたプレゼンテーションではなかった。視覚的に訴えかけるスライドも、聴衆を惹きつける巧みな話術もない。ただ、イーロン・マスクと数人の社員が、内輪話のようにボソボソと専門用語を並べているだけ。正直言って、退屈以外の何物でもなかった。
見せられたのは、いくつかのベンチマークスコアと、まるでタイムスリップしたかのような時代遅れのデモ。それは、昨年の今頃にはOpenAIがとっくに見せていたような光景だ。僕は、静かにブラウザのタブを閉じた。
もしスティーブ・ジョブズが生きていたら、こんな失態を演じただろうか? 1時間の遅刻も、素人同然のプレゼンも、決して許しはしなかったはずだ。僕の心には、消化不良のモヤモヤだけが、重くのしかかっていた。
はっきり言おう。あの発表会は、AI業界で圧倒的なトップに立つ王者だけが許される、いわば「殿様商売」だ。あれを見て、一体誰がGrok 4に喜んでお金を払うというのだろう。一部の熱心なアーリーアダプターは、物珍しさで課金するかもしれない。しかし、その他大多数の人間にとって、Grok 4が以前のモデルと比べて何がどう優れているのか、全く伝わってこなかった。
新機能があるわけでもなく、何か特筆すべき能力があるわけでもない。それなのに、無料で試すことすら許さず、いきなり課金を要求してくるその神経が、僕には到底理解できなかった。
そもそも、最近のAI業界において、ベンチマークスコアが実用性を保証しないことは、もはや常識だ。Googleの「Gemini 2.5 Flash」が、高いスコアを叩き出しながらも、実際の性能がそれに追いついていないという事実が、それを何よりも雄弁に物語っている。そんな潮流の中で、時代遅れのデモと、信頼性の低い数字だけを並べられても、僕の心は動かない。むしろ、冷めていくだけだ。「僕の期待を返してくれ」と、思わずにはいられなかった。
そして、追い打ちをかけるように、大学生向けの無料プランが「.edu」ドメインのメールアドレスを持つ者にしか提供されないという事実が、僕のやるせない怒りに最後の燃料を投下したのだった。