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ドワーフのデオドラント②

「さてっ! じゃあスズリさん」

「は、はいっ!」


 名前を呼ばれたスズリは鼻を啜り、慌てて背筋を正す。そんな彼女に、アルマは真剣な口調で告げた。


「今から貴女には――お風呂の入り方をレクチャーします」

「イノベーションはどうした」


 すかさず隣から口を挟むカヴィルに、アルマは儚げに微笑んで見せた。


「あのね、カヴィル……そんな簡単にイノベーションを起こせたら、私たちこんな苦労してないのよ?」

「自分で決め台詞を否定したぞコイツ」

「身も蓋もない発言やな」


 カヴィルとスズリが総ツッコミを入れる。数十秒前までのいい感じの空気は最早、影も形もない。スズリに至っては、完全に涙が引っ込んでいた。


「そっ、それにっ! 体臭ケアはまずは基本が第一っ!」


 何ともいたたまれない視線に、アルマは上擦った声で続ける。


「今の自分は何ができていて、何ができていないのか……そこをしっかりと押さえておかないと、上手く行くものも行かなくなるわ。安易な技術革新に頼るんじゃなく、ここは堅実に習慣改善から始めていきましょう」

「……じゃあそれ『イノベーション・タイム』じゃな」

「というわけで早速だけど、いくつか質問をさせてもらうわね!」


 部下の言葉を口早に遮りつつ、アルマはペンとメモ帳を取り出した。それから咳払いを一つして、表情をキリっと引き締める。


「まずはスズリさんのお家だけど……お風呂は『バスタブ』と『サウナ』どっちかしら?」

「初手からどんな質問だ」


 横から胡乱な視線が突き刺さるが、アルマは動じない。


「あら、大事なことよ。お風呂の様式が違えば、習慣も全然違うもの。そこに意外な落とし穴があったりするものよ?」

「だとしても、何だよその二択」


 カヴィルはすっかり呆れ返って、ソファの背もたれに体重を預けた。


「普通そういうのは『ちゃんと浴槽に浸かってるか』『シャワーだけで済ませてるのか』とかで聞くもんだろ。大体な、その辺の家にサウナがあるはず――」

「あ、ウチん家はサウナやで?」

「あるのかよ」


 完全に想定外の返答に、カヴィルは戸惑わずにはいられなかった。その様子に小さく笑いを漏らしながら、アルマは事情を分かっていないカヴィルに説明する。


「一昔前まで、ドワーフのお風呂はサウナが主流だったの。バスタブが普及したのは、ここ二十年くらい。わりと最近なのよ」


 決まり悪そうに黙り込んだ少年の頭に手を置くと、アルマは癖毛をわしゃわしゃと撫で回す。


「いつも言ってるでしょ、『先入観を持ちすぎないように』って。リオネアは多種族国家、人種の数だけ違う文化があるの。私たちの常識が、他の人の常識とは限らないんだから」

「……むぅ」

「なはは。なんや、傍から見てるとお姉さんと弟くんって感じやな」


 ムスッとした表情を浮かべながらも、されるがままのカヴィル。微笑ましいその光景に思わず吹き出しながら、スズリはアルマを見やった。


「にしても社長さん、よー気付いたな。今どきのドワーフん家なんて、もうどこもバスタブやで? ウチより年下だと、サウナを知らん子もおんのに」

「ご家族の話を伺った時にピンときたのよ」


 アルマは頬を緩め、心なし饒舌に語り出した。気分はさながら、サスペンスドラマの探偵役だ。


「バスタブを使うドワーフのご家庭は、一人暮らしや核家族世帯に多いの。でもスズリさんのお家は、おじいさんおばあさんも同居する拡大家族世帯。お住まいはマンションやアパートじゃなく、一戸建てと考えるのが自然でしょう?」


 全てお見通しと言わんばかりの笑みを浮かべ、彼女は指先でペンを回す。無事キャッチに失敗し、ペンはあえなく床に落下した。


「ご家族のお財布事情を考えると、借家や新築という線も考えにくい。この辺、意外と家賃は馬鹿にならないし……となると考えられるのは消去法で、ご実家暮らし」


 テーブルの下に入り込んだペンを拾いながら、アルマはキメ顔で告げる。


「ご両親の世代か、それより前に建てられたお家なら、お風呂がサウナタイプの可能性は十分にあり得ると思ってね。違ったかしら?」

「いいや、ドンピシャやで! ウチん家、じいちゃんが若い頃に建てとる!」


 スズリの拍手に、アルマは自慢げに鼻の穴を膨らませる。


「お見それしたで社長さん! すっごい洞察力やなぁ!」

「フフフ、そうでしょうそうでしょう? もっと褒めてくださってもいいのよ!」

「ただ愉快なだけの人とちゃうんやな!」

「オーッホッホ! ……褒めてるのよね、それ?」


 スズリの言葉に引っ掛かりを感じつつも、アルマは気を取り直して依頼人へと向き直る。


「ちょっと本題から逸れたけど、こんな感じでお話を聞かせて頂戴ね。勿論、プライバシーはきちんと守るわ」

「よし、わかったで!」

「じゃあ次は、入浴時間についてなんだけど……」


 そうして始まったアルマの聞き取りは、終始和やかに進んだ。彼女の朗らかな気質と細かな気遣いもあり、スズリはいつの間にか、自然体で受け答えができるようになっていた。


「なるほど。見えてきたわ」


 そうして40分ほど経った頃。一通り聞くべきことを聞いたアルマは、脳内で状況を整理するとそう切り出した。


「スズリさんの場合、体の洗い方に改善の余地がありそうね」

「洗い方?」

「ええ。具体的な話をすると……体を洗うときは、石鹸をきちんと泡立てて使うことから始めてみて」


 自分がとったメモを見返しながら、アルマは続ける。


「手で伸ばして使ってるみたいだけど、それじゃ全然足りない……というか、洗い方次第では逆効果になるわ」

「せなん!?」


 思わず身を乗り出したスズリの問いに、アルマは首肯を返した。


「石鹸やボディソープには『界面活性剤』っていう成分が含まれてるの。これが汚れを落としてくれるんだけど……泡立ちが足りないと洗浄効果が半減するし、水で流しても石鹸が肌に残りやすくなるのよ」


 アルマはペン尻を唇に当て、少し思案してから言葉を続ける。


「シャワーを浴びた後に『ぬめぬめ感』が残ってたりしない? あったら、それが流し足りてない証拠よ」

「うぐっ……」


 スズリの視線が露骨に宙を泳いだ。大いに心当たりがあったらしい。


「落ち切らなかった石鹸は、肌にダメージを与えるの。すると雑菌が繁殖しやすくなって、それが臭いの元になる」


 アルマは「特に」と強調するように言う。


「サウナタイプのお風呂だと、こういうことが起きやすいわ。お湯に浸からない分、余計にね」

「ああ、そう繋がるのか」


 ここで初めて、最初の質問の意図を理解したカヴィルが呟く。確かにアルマの言葉通り、入浴方法が異なるからこその落とし穴だった。


「ちゃんと泡を立ててから、『擦る』じゃなくて『揉む』つもりで洗ってみて。毛穴の皮脂が揉みだされて、臭いが付きにくくなるから」

「ん、わかった。帰ったら早速やってみる」


 スズリがしっかりと頷いたのを確認して、アルマは再びメモ帳に目を落とした。


「それと、スズリさん。髪型には何かこだわりがあったりするかしら?」

「髪? いや、特にはあらへんな。床屋代ケチっとんのと、髪切りに行くのがメンドいってだけやね」


 そう答えながら、スズリは何気なく自身の三つ編みおさげに触れた。


「もしこだわりがないなら、短くカットしちゃった方がいいわ。お手入れが楽だし、臭いもつきにくくなるわ。スズリさんの場合、床屋さんよりも美容院の方がいいかも」

「美容院かぁ……どこもお洒落で、ウチみたいなのは入り辛いんよなぁ」


 渋い顔のスズリに、アルマは苦笑いを浮かべながら続ける。


「もし髪を伸ばしたままにするなら、お手入れは毎日欠かさないこと。私も伸ばしてるから分かるけど、ちゃんとやろうとすると中々の手間よ?」

「せなんよなぁ。さっきの話もあるし、分かってはおるんやけども」


 これまでそういったお洒落や身だしなみには無頓着だったのだろう。いまひとつ踏ん切りがつかない様子のスズリに、カヴィルは助け船を出す。


「どっちも嫌なら、画期的な方法があるぞ」

「おぉ!? それ、ホンマか?」

「ああ」


 勢いよく食いついた依頼人に力強く頷き、カヴィルは『画期的な方法』を伝授する。


「――バリカンで丸刈りにしろ。これなら痛っった!?」


 背中を押すどころか蹴り飛ばす勢いの暴論に、アルマは拳骨を落とした。たまらず頭を押さえたカヴィルに、彼女は目を吊り上げる。


「あなたね!? 女の子になんて提案してるの!?」

「いてて……何が駄目なんだよ? 自分でできてすぐ終わる。髪は短くなるし、伸びるまでの期間も空く。名案じゃねーか」

「他の全てをぶっちぎってるでしょうが!? そんなの廃案よ、廃案!」

「ま、まぁまぁ社長さん、その辺で」


 部下の頬を引っ張って折檻するアルマを、スズリがやんわりと制止する。


「うだうだ悩んどったウチも悪いし、そないに怒らんといて。おかげでこっちも、腹決まったわ」

「丸刈りかっ!?」

「や、それだけはないけども」


 目を輝かせるカヴィルの脳天に、もう一度拳骨が炸裂した。頭から煙を出しながら突っ伏す少年を横目に、スズリは続ける。


「近場でよさげな美容院探して、一回行ってみるわ。社長さんが学割してくれた分、お小遣いは全然残っとるしな」

「それがいいと思うわ。向こうもプロだもの、悩んでる女の子を無下はしないはずよ。あとはそうね、消臭剤の使い方だけど――」


 そこから更にアルマは二、三個助言をすると、「ざっとこんなところね」と相談のまとめに入る。


「これで一通り、体臭ケアの基本はお話させてもらったけど……何か、ご質問はあるかしら?」

「いや、大丈夫や! 社長さんが分かりやすく教えてくれたから、ちゃーんと全部覚えたで!」

「フフ、ありがとう。そうしたら、これで依頼は完了ね」


 その言葉にスズリは立ち上がると、二人に向かって頭を下げる。


「二人とも、おおきにな! ちょっと落ち込んでたけど、行けそうな気ぃしてきた!」

「いいのよ、これくらい。アルバイト、頑張ってね」

「もし何かあったら、また相談に来い」

「はいっ! ほんま、おおきにっ!」


 元気に返事をして、スズリはフレフレ社の事務所を後にした。

 パタリと出口の扉がしまって1秒、2秒……手を振っていたアルマは大きく安堵の息を吐いてから、お手本のようなドヤ顔を浮かべた。


「フッ……イノベーション・コンプリート」

「イノベーションのイの字もなかったけどな」

「いいの! こういうのは気分の問題なのよ、気分の!」


 ぷりぷりと怒りながら、アルマは湯呑に口をつける。淹れてから随分とぬるくなっていたが、朝に呑んだ青じ……特製ブレンドティーに比べれば、飲みやすさに天と地ほどの差があった。


「……にしても、風呂ってバスタブだけじゃなかったんだな」

「勉強になったでしょ?」


 正真正銘の粗茶を味わいながら、アルマは少年に微笑む。


「今回はサウナだったけど、他にも野人種(ワイルドリング)の砂風呂、一部の小人種(ハーフリング)の芳香浴なんかは有名ね。あと変わり種だと、機械人種(オートマタ)の高圧洗浄浴とか」

「相変わらず物知りだな、アルマは」


 つらつらと語り出す上司に、カヴィルは素直に賞賛を口にした。


 何かと抜けた言動が目立つ彼女だが、やはりこの手の依頼ではとても頼りになる。視野と教養の広さがそのまま、依頼人の問題把握と課題解決に直結するためだ。


 件数こそ多くないが、これまでの案件が概ね高評価に終わっているのも、この辺りが関係しているのだろう……少なくともカヴィルはそう思っているし、それを内心では誇りに思っている。


 だから彼は、アルマからあれこれとウンチクを聞くのは嫌いではなかった。


「……なんだかご機嫌ね。何かいいことでもあった?」

「いや、別に」


 不思議そうなアルマにパタパタと尻尾を振りながら、カヴィルは話題を変えた。


「それよりアルマ、いいのか? 今回俺たち、タダ働きだったろ。今日のタイムセール逃すと、食うもんなくなるぞ?」

「…………あ゛っ」


 ギギギ、と音がしそうな動きで、アルマは壁掛け時計を確認する。


 時刻は9時56分――もう5分と経たず、最寄りのドカヤスマートでは消費者たちの仁義なき戦いが幕を開けるだろう。


 万が一にも乗り遅れようものなら、今日一日の飢えは水道水と雑草のサラダで凌がねばならない。


「もうこんな時間っ!? 社長命令よカヴィル! 急いでドカヤスマートに大急ぎで急行! なんとしてでもモヤシは確保するわよ!」

「どんだけ急ぐんだよ」


 慌ただしく準備を始めた上司にやれやれと首を振って、カヴィルもまた立ち上がった。果たしてその10分後、ドカヤスマートでは押し寄せる主婦の群れに揉まれるフレフレ社の2人の姿があったそうな。



■フレフレ社の業務報告


FILE01.『ドワーフのデオドラント』


――依頼完了!








 ……とは、問屋が卸さなかった。




「社長さん。言われたこと、とりあえず一通りやってみたんやけど」


 依頼人のスズリが再びフレフレ社を訪れたのは、その一週間後のこと。


「あーその……なんていえばいいんやろな」


 驚きで言葉を失ったフレフレ社の2人の前で、スズリは非常に言い辛そうに頬を掻く。



「……臭い、()()()()()()()()



 ――どうしたらええと思う?


 より強い臭いに纏わりつかれたドワーフの少女は、困り果ててそう言ったのだった。

☆ちなみにフレフレ社のお風呂はシャワールーム。

ただしアルマは、拾ってきたドラム缶を設置してバスタブと言い張っている。



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