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第3話 元人間

 フェリックスと笑顔で見つめ合ってから、ほんの少し経った時。

 不意に、コンコン、と扉がノックされた。


「入っていいよ」


 フェリックスが言うと、ゆっくりと扉が開く。中に入ってきたのはノアだった。

 相変わらずの無表情である。


「マチルダ、何かあったら、彼を頼るといい」

「えっ?」

「もちろん、僕にできることは何でもする。だけど、ノアは君にとって、いい話し相手になると思ったんだ」


 そうかしら? ノアさんはかなり嫌がっているように見えるし、わたくしも、あまり話しやすいとは感じていないのだけれど。


「だってノアは、元人間だから」

「……はい?」

「元々人間なんだよ、ノアは」


 元人間って……え? そんなことがあるの?


 確かにノアを見て、人間のようだと感じた。けれどまさか、彼が元々人間だったなんて。


「ノア。人間同士、聞きたいこともあるだろうから、マチルダの相手をしてやってくれ」

「はい」

「じゃあマチルダ、また明日。今日はもう遅いし、ゆっくり休むんだよ」


 またね、と手を振られたら、いつまでも部屋に居座るわけにはいかない。おやすみなさい、と告げてから、フェリックスの部屋を後にした。

 もちろん、嫌そうな表情を浮かべたノアと共に。


 部屋を出てしばらくしても、ノアは一言も喋らなかった。やはり、積極的にマチルダの話し相手になる気はないらしい。

 けれど、元人間、だなんて聞いて、何も聞かずにはいられない。


「あの……元人間って、どういうことですの?」

「言葉通りです。私は元々、人間だったんですよ」


 面倒くさそうにそう言うと、ノアは長い髪を右手でまとめた。露になった首筋には、くっきりとした噛み痕がある。

 まるで、鋭い牙で深くまで噛みつかれたような……。


「吸血鬼の眷属になったんです」

「吸血鬼の眷属……?」

「ええ。といっても、私自身は人間だった頃とさほど変わりません。ただ、寿命は延びて、老いは遅くなりましたが」

「……老いが遅く?」

「ええ。こう見えても私、百七十歳なので」

「えっ?」


 人間の寿命はとっくにこえているし、ノアは二十歳前後にしか見えない。なのに、マチルダの十倍近くの年月を生きているなんて。


「……驚きましたわ」

「そうでしょうね」


 感情のこもっていない声に、ちょっとだけいらっとする。

 元人間、ということで親近感がわいたけれど、それがすぐになくなってしまった。


 でも、安心したわ。

 ノアさんのように、元々人間だった方も、こちらでの暮らしにすっかり馴染んでいるんだもの。

 わたくしだって、きっとここでやっていけるはずよ。


「ここでのルールや規則があれば、教えていただきたいのですけれど」

「別に、ルールなんてものはありませんよ。作ったところで、守られないでしょうから」


 フェリックスが魔界は統制がとれていないと言っていたことを思い出す。

 どうやらその通りらしい。


「まあ、一つだけ忠告をしてあげましょう」

「なんですの?」

「なるべく、一人で出歩かないことです。人肉を好む魔物もいますから」

「そんな……」

「彼らによると、私たち人間からは美味しそうな匂いがするそうです。まあ、魔王からもらった指輪をつけておけば、手を出してくるものは少ないでしょうが」


 ちら、とノアは何もついていないマチルダの左手を見た。


「つけておくことをおすすめします」

「ご忠告、感謝するわ」


 愛想はないけれど、悪い人でもない……と判断するのは、まだ少し早いだろうか。

 ただ、ノアに敵意がないことは確かな気がする。


「ノアさんは、元人間だから、もう大丈夫なの?」


 ノアの手には当然、指輪ははめられていない。

 そんなものがなくても、ここにいる魔物たちに存在を認められているのだろうか。


「ええ。私にはたっぷり、匂いがついているらしいので」

「匂いって……」


 何の? いや……誰の?


 聞こうとしたところで、ノアは足を止めた。いつの間にか、マチルダの部屋の前に到着していたからだ。


「では、今日はこれで」

「え? あ、いやあの、あと少し……!」

「主人が待っていますので。おやすみなさい、マチルダ殿」


 そう言うと、ノアは足早に去っていった。その背中が見えなくなってから、マチルダも部屋の中に入る。

 念のためしっかりと鍵をかけてから、ベッドに飛び込んだ。


 主って、フェリックス様のことじゃないわよね?

 ノアさんは吸血鬼の眷属と言っていたし、吸血鬼のことかしら?


 吸血鬼は、人間界でもかなり有名な魔物だ。人間の血を好む、魔力の強い魔物。

 吸血鬼によって、村人全員の血が吸い尽くされ、滅んでしまったという村の話も聞いたことがある。


「まあ、どこまで本当かは分からないけれど」


 ベッドに横になると、どっと疲れがわいてきた。今日はもう、このまま眠ってしまおうか。

 ドレスを着たままだし、湯浴みもしていないし、髪も結ったままだ。でもこれ以上、意識を保っていられる気がしない。


「明日やればいいわよ、全部。……だってわたくしは、明日もここにいるんですもの」


 眠りに落ちる寸前、マチルダの頭に浮かんだのは、優しい微笑みを浮かべたフェリックスの姿だった。

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