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下:自分を変えてくれた人

当時、一兵卒だったガルディオは、悪評通りの戦闘狂だった。優秀だった剣術は過信となり、退屈しのぎと怖いもの見たさで、剣を振るい続けていた。


彼はかつて、ハピが産まれた獣人の集落、ビスマルの里を訪れたことがある。その時も、魔物たちを倒すためだけにそこにいた。


救助は別の輩に任せれば良い、自分は暴れるだけ。こうしても貢献されるのだ、倒せば倒すほど色々なモノが満たされる・・・!



ーーーお兄さん!そっちは危ないよ!!



刹那、引っ張られたガルディオの体。手を引っ張ったのは、幼い獣人の子供だ。何だお前、邪魔をするな・・・そう怒鳴ろうとした途端、崩れてきた家の瓦礫。あのまま暴れていたら、あっという間に潰されていただろう。


―――良かった・・・パパとママみたいにならなくて・・・。


ボロボロと涙を流す子供は、その後フラフラと膝を着いた。よく見れば、その子供は体中が傷だらけ。すぐさま避難所へ連れて行けば、彼は現状を知った。


人で埋め尽くされた野戦病院、明らかに足りない物資。両親を失うという苦しみを抱えながら、自分を助けてくれた子供。ボロボロになった少年は涙を流しながら、自らの腕の中で眠る・・・。


自分が快楽的に暴れていた裏で、こんなにも苦しんでいる人がいたなんて。己はどれだけ、世間知らずに暴れてしまっていたのだろうか。


以来、ガルディオは変わった。一刻も早く、争いを終わらせることを目指した。


例え今までの悪行で、後ろ指を指される日が続いても。支配欲が強いアテニア家に、自らが利用されることになっても。とりわけ怠惰で世間知らずなクラッシュに、手柄を奪われ続けても・・・ガルディオは奮闘し続けた。


「・・・あの暴力騒動も、アイツが『獣人に支援なんか必要ない』と言い放ったから、手を出した。免罪符にしようとは、これっぽっちも思ってないけどさ。逆にチャンスだと思ったよ。自ら現地へ行って、特に承諾無く作業できるからな。


だがどうしても、あの時救ってくれた子供が気になって・・・所在を探して、あの孤児院に辿り着いた」


孤児院の財政危機を知ったガルディオは、すぐさま支援を決めた。いきなり申し出ても話にならないのが想像できたため、「下働きが欲しい」という手紙を送ったのだ。


そうして現れたのは・・・あの時助けられた子供によく似た、獣人の少年だった。


「・・・償いとは違うが、変わるきっかけを与えてくれたのは、おそらくお前だ。お前が、こうして受け入れられる俺にしてくれたんだ」


ハピはあの日のことを、よく覚えていない。だが彼の話を聞き、少しずつだが思い出してきた。


ボンヤリとした大きな背に、今にも崩れそうな瓦礫を見つけた不安。グイッと彼を引っ張り、その人を助けられた安堵。抱えられた時に感じた、人の温もりと感触。


・・・同時にそれは、両親を失った衝撃と悲しみも蘇ってしまう。炎に焼かれた実家に、自分を逃がすために動けなくなった両親。そこに崩れていく瓦礫・・・。


ポタッと、ハピの目から涙が零れた。


「あっ、あ・・・ご、ごめんなさい。その、あのっ・・・」


嗚咽を出すハピを、申し訳なさそうな顔で、ガルディオはゆっくり抱きしめた。彼の温もりが、ゆっくり背をさすられる感触が、ハピに涙と安心を誘う。


「・・・辛いことを、思い出させたな」


「い、いえっ・・・僕、ガルディオ様を助けられてたって・・・」


「・・・ありがとう、ハピ。感情を出すのは苦手だけど・・・俺は嬉しい」


涙で歪んだハピの視界には、涙を出しながら微笑む、ガルディオの姿が合った。




「・・・何だよコレ、全然分からねぇ!」


都の国家機関にて、英雄クラッシュ・アテニアは、大量の書類に埋もれていた。小難しい単語が並ぶだけでなく、自分が知らない言語すら合った。


「こんなことを、アイツは容易くやってたのか!?特に苦労せず片付けてたから、俺でも簡単に出来ると思ったのに・・・!!」


ガルディオを追い出してから、彼の日常は一変した。名誉を独り占め出来た一方、知らなかった業務が彼の元に回ってきたのだ。当然と言えば当然だが、彼は全く知らなかった。ガルディオは英雄になった後も、多くの業務をしていたことを。


クラッシュは何かと出来るガルディオといて、何もせず恩恵を受けていた。2人で行動していたと言っても、討伐も執務も、ほとんど彼に任せていたのだ。


任せていればクラッシュは何もせずとも地位と名誉、そして報酬が手に入る。周囲はおろか、ガルディオからも何も言われなかったのを良いことに、怠惰は次第に常習化していく。


そしていつしか、その地位に名誉、さらには報酬も、自分1人のモノにしたくなった。偶然にもガルディオは自分を傷付けたことで、表から去った。全てが自分のモノとなった。彼の望み通りになったのだ。


・・・はずなのに。


「ガルディオがいなくなってから、随分滞りが出来てないか?」


「クラッシュ様、あんなに自分1人で出来ると言っていたのに」


しばらくは「怪我から回復できていない」という理由がついた。しかし追放から数ヶ月も経ち、クラッシュの処理速度が未だに遅いことに、周囲は次第に疑問視するようになっていたのだ。手放しで褒められることが少なくなり、今まで近くにいた人すらも怪しむほどだ。


(あぁ、くそっ・・・アイツがいなくなった後、さっさと一線から退いちまえば良かった!報酬だけかっさらって、どこか別の場所に・・・!!)


そんなことを考えていると、国家機関の大臣が顔を出す。クラッシュは慌てて猫を被り、書類とにらめっこするフリを始めた。


「どうした、大臣」


「クラッシュ・アテニア、国家機関の資金を長年にわたり窃盗していたようだな」


バキィッ!とクラッシュの持っていたペンの筆先が折れる。


「な、な、何だよ急に!?」


「財務室から、定期的に金銭が消失している事件が判明した。今月、内密に映像記録システムを付けたところ、そなたが堂々と侵入して、少量の金額を窃盗する様子が映っていてな」


「それは、私の食事や部屋の装飾で使ったんですよ」


「組織の金を私用のために使うことは、横領・・・犯罪に値すると学ばなかったのか?」


無意識に罪を認めたクラッシュを、ガバッと獣人の男達が背後から拘束する。


「な、何だコイツら!?おい、離せ!獣臭ぇんだよ、お前ら!!」


「もう頃合いだろう。過剰な人種偏見と、常識不足なお前では、今の立場は重すぎる。これ以上罪を重ねる前に、ここから去るんだ」


「何でだよ・・・俺は、英雄だぞぉおお!!?」


よく言えば誰からも愛される無垢な者、悪く言えば他人に依存する知能が無い者。それがクラッシュ・アテニアだ。誰も叱る人がいなかったから、こうなってしまったのだろう。


もっと早くから、自分で気付かせなければいけなかったな・・・。


大臣はため息をつきつつ、騒ぐクラッシュを冷たい目で見るのだった。





【クラッシュ・アテニア 国家資金の横領により、英雄の称号を剥奪】


【強い人種差別発言を繰り返したことも問題視】


【来月にも国家機関を追放か】


辺境地に流れてきた新聞を眺めつつ、ガルディオは1人、庭先にいた。


元から、他者の実力で上がった人間だ。不足が多すぎた人間のため、この結末は予想できた。尤も、常識のある大臣の傀儡になるかと思ったが・・・変に自尊心はあったらしい。自分の好き勝手に動いた結果がコレだ。


「・・・まぁ、とっくに関係ない話だ。それに俺も、昔は似たような奴だったし」


バサッと新聞を畳めば、「ただいま戻りました!」とハピの声が聞こえてきた。


「街に買い物に行ったら、林檎が豊作だからと沢山貰っちゃいました。形は不揃いですけど、味は美味しいですよ!」


「・・・嬉しいな。なら、ジャムでも作るか」


「良いですね!沢山作って、お裾分けしましょうか」



かつての【血塗られた元英雄】は、今日も救ってくれた人と共に、静かに生きる。


現在にこの居場所、そして大切な人を、自分で守りたいから。



fin.

読んでいただきありがとうございます!

楽しんでいただければ幸いです。


自由な時間も、そろそろ終わる・・・。それまで、もっと頑張るぞ!

※自由な時間が少なくなるだけで、創作はボチボチ続ける予定です。

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