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これほどまでの圧倒的な存在を前に、体が震える。
動くこともままならない状況の中、その魔物が声を放った。
「この中でもっとも強靭な者よ。貴様が、この世界の支配者か?」
「……支配者、が何かは分からないわ」
「この世界で最強の存在。それが支配者だ」
「……それなら、たぶん、私じゃ、ないわ」
「そうか、どちらにせよ。邪魔だ。死ぬがいい」
言葉を口にするだけでもやっとになるほどだ。今すぐに跪きそうなほどの威圧感。
……動かなければ、ならない。
振り下ろされた剛腕を跳んでかわす。最初から全開で魔力を集め、私は空間を薙ぎ払う一閃を放つ。
私の刀に、射程はない。空間魔法を応用して使用した次元斬が、ヴォイドの背後から迫る。
だが、ヴォイドはその剣を横に跳んでかわした。
そして、すぐさま地面を蹴ってこちらへ距離をつめてくる。
「ガアアアアアア!」
ヴォイドが叫んだ。それは、威嚇するためのものなのか、ただの声だったのか。
今となっては、もう分からない。
その雄たけびに含まれていた魔力に、完全に体が竦み、しりもちをついてしまった。
刀を持つ手が震え、まともに動くことさえできない。
ヴォイドはゆっくりとこちらを向いた。
「……」
じっとヴォイドはこちらを見て、そして……地面を蹴った。
「……はあああああああああ!」
――私は叫んだ。
無理やりに体の底から勇気をひねり上げるように……。
自分がSランク冒険者であることを思い出すように……。
そうでもしなければ、恐怖に支配された体はまともに動いてなどくれない。
同時に最速の刀とともに振りぬいた一閃は、ヴォイドの腕に当たり、弾かれる。
「邪魔だ」
ヴォイドの煩わしそうな声とともに蹴りが振るわれる。
かわしきれず、もろに横っ腹に突き刺さる。
内臓をえぐられるような痛み。深く突き刺さった一撃に、私の体は跳ね飛ばされる。
「御子柴さん!」
「くそっ!」
私が体を起こした瞬間、Aランクの皆が武器を構え、振りぬいた。
だが、ヴォイドはまるで意に介さない。抵抗してきた三人の足や腕を跳ね飛ばし、立っていた私のほうへと近づいてくる。
――圧倒的、すぎる。
これが、支配者を名乗る者の力。
まるで、歯が立たない。
……Cランク冒険者が、Sランク冒険者の私でさえも……。
……もちろん、Sランク冒険者でも強い弱いはある。
私は、比較的弱いほうだ。
だけど、それでもSランク冒険者としての自信はあった。
それが、ずたずたに砕かれた。
もしも、こんな化け物が外に出てしまったら……この日本は――いや世界が、終わる。
ここで、なんとかしなければならない。
その執念だけで、私は刀をもって立ち上がる。
……せめて。
協会がこのテレビ放送を見て、冒険者を集めるだけの時間くらいは、稼いでみせる。
こちらへ視線を向けていたヴォイドが、すたすたと歩いてくる。
その余裕を持った歩みとともに近づいてきたヴォイドが拳を振り下ろしてくる。
私の眼前へと振り下ろされたその一撃は――しかし、私の前で止まった。
攻撃が受け止められた。
一体誰に? 私が視線を向けた先にいたのは――
「おまえ、喋れるの?」
「……」
――お、お兄様……っ。
【ブルーバリア】ギルドについて語るスレ101
139:名無しの冒険者
この生放送やばくないか!?
140:名無しの冒険者
ていうか……は? 魔物が喋ったのか!?
141:名無しの冒険者
何がどうなってるんだってばよ……っ!
142:名無しの冒険者
ていうか、御子柴お姉さまが死んじまうよ!
143:名無しの冒険者
おい、何か打つ手はないのかよ!?
144:名無しの冒険者
やばいやばいやばい!
マジで放送事故になるぞこれ!
145:名無しの冒険者
今視聴率やばいんだろな……まったく止める気ねぇじゃん!
146:名無しの冒険者
最悪だろ! 御子柴さんが死ぬのを黙ってみているつもりかよ!?
147:名無しの冒険者
御子柴さん逃げてくれ! あんただけでも生きてくれよ!
148:名無しの冒険者
うわ、もう終わっただろこれ……
149:名無しの冒険者
は?
150:名無しの冒険者
へ?
151:名無しの冒険者
なんで?
152:名無しの冒険者
お兄様きたぁぁぁ!
153:名無しの冒険者
お兄ちゃんの登場だぁぁぁあ!
154:名無しの冒険者
なんでいるんだよw
155:名無しの冒険者
そういえばここお兄ちゃんの自宅からわりと近くないか!?
放送でも見てきたのか!?
156:名無しの冒険者
協会から依頼が来たのかもな
157:名無しの冒険者
お兄ちゃんやれ! どっちが化け物か教えてやれ!