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「……え? な、何か不満がありますか? 他に何か条件があればいくらでも言って構いません。私は、アメリカ政府の指示でこちらに来ています。いくらでも交渉することは可能です」
レンガーさんは凄い驚いたような表情をしていた。
向こうからすれば、俺のわがままを多少聞く覚悟もあるからなおさらだろう。
「麻耶は日本が好きです。何より環境などをどれだけ整えてもらっても、麻耶の生活環境が変わります。麻耶の学友全員をアメリカに連れていくことはできますか? 麻耶の事務所や配信している友人たちを一緒に連れていけますか? 今住んでいるこの麻耶が生まれ育った町を、再現することできますか?」
「……それは、難しいですね」
「これから大学、就職としていきますし……そういうわけで、アメリカに行くことは考えられません。すみません」
……まあ、そもそも俺個人としてもやはり日本で生まれ育ったため、生活のしやすさはあるし。
俺の言葉に、レンガーさんは見開いていた目を柔らかな微笑に変え、頷いた。
「……そうですか。私も何度か配信を見させていただき……あなたのマヤさんへの愛が本物なのは理解しています。一緒に仕事ができれば心強い、と思いましたが……難しそうですね」
「そうですね」
「まあ、何かあればこちらに連絡ください。アメリカ旅行の予定などあれば、連絡くださればご案内いたしますよ」
「お世話になるときがあれば、連絡しますね」
「はい」
レンガーさんが微笑とともに去っていった。
強引にスカウトされるかもと思っていたが、すんなりと引き下がってくれて助かった。
軽く伸びをしてから、俺が家に戻ると、
「ダーリン遊びにきたよ!」
玄関に出迎えてきた玲奈に頬が引きつった。
「……なんで来たんだ?」
「二人のランクアップのお祝いだよ。ダーリン、麻耶ちゃん」
「久しぶり玲奈ちゃん」
麻耶は楽しそうに出迎えているが、俺の隣に座っている玲奈に俺は小さくため息をついていた。
「あたしのことはお姉ちゃんって呼んでいいからね」
「それはもしもお兄ちゃんと結婚したらね?」
「それは大丈夫!」
「そこが一番の問題なんだよ。何しにきたんだ?」
「いや、災害級おめでとうって……どう? 色々とあったんじゃない?」
「色々?」
俺が首を傾げて聞き返すと、玲奈はソファに深く座りそれからひらひらと手を振っていた。
「そうそう。色々な場所からスカウトの話とかあったんじゃないかなって思ってね。あたしがSランク冒険者になったときだって、もうそれは凄いくらい色々あったんだからね」
「……なるほどな」
スカウトか。確かに先ほどそんな話はあったな。
「お兄ちゃんもスカウトとかされるの?」
「まあな。アメリカの冒険者協会にスカウトされたな」
「え!? ほんと!? でも、それってアメリカに行っちゃうってことだよね?」
「……まあな。だから、断りはしたぞ。麻耶はアメリカ行きたいか?」
行きたいというのなら先ほどもらった名刺に即刻連絡するのだが、麻耶は頬をかいていた。
「えー、私はいいかなぁ? 日本のほうが住みやすいし、友達とかもたくさんいるしねっ」
「だよな。俺もこっちのほうがいいな」
「そうだよ。それにアメリカの引き抜きって国籍ごとのことが多いよね? ダーリンがアメリカ人になっちゃったら国際結婚になっちゃうよ!」
「もしかしてお前と俺が結婚する前提で話してるか? その心配はそもそも不要だぞ?」
「そうだね! ダーリンは日本に残るんだから、普通の結婚だね!」
「心配する場所はそこじゃないからな? 分かってるか?」
嬉しそうに笑っているところを見るに、分かってなさそうである。
「とりあえずダーリンはしばらく日本で活動する感じかな?」
「しばらく、というか基本は日本だ。日本ほど自由に動ける場所は少ないしな」
冒険者を手厚い保護をしてくれている海外だが、それだけ冒険者としての活動も求められることになる。
逆に言えば、日本ではそこまでの強制力はない。
だから何か事件が発生しても参加しなくてもいいのだが、能力があるのに協会からの依頼などを断ると、ネットなどで散々に言われてしまう。
断ることも権利ではあるが、Sランク冒険者が断ったことでネットの人たちが個人情報や住所などを特定し、炎上させたことがある。
ちなみに、そのSランク冒険者はすでにアメリカにわたっていて、さらに叩かれているのだが……俺としては仕方ないと思ってしまう。
協会から支払われる報酬だって、そりゃあ一般人からすれば多い金額かもしれないが、命を賭けるならもっと稼げてしまうような額しか提示されないのが日本の冒険者たちだ。
だから俺は無理にランクをあげなかったが、俺の場合はマヤチャンネルの登録者数に直結する部分でメリットはあるのでまだマシだ。
これで特に配信活動などもしていなければ、本当に上げ損、である。
「そういえばSランク冒険者ってどんなことするの、玲奈ちゃん?」
「別に特別なことはないかな? たまーに、協会やギルドだけで対応ができない、間に合わなそうな迷宮爆発や成長し始めちゃった迷宮の攻略依頼などが個人宛で届く感じ?」
「そうなんだ」
「報酬は……まあ、お察しな感じだけど、でも断っても問題ないし、私もダーリンのストーカ……じゃなくてダーリンのことで忙しいときとかは断ってるし」
「おいおい。そんなしょうもないことで断るなよ……」
「ダーリンも、麻耶ちゃんの配信と被ったときとかに断っても大丈夫だと思うよ?」
「マジか! んじゃ毎回断ればいいなっ……おい、ちょっと待て。しょうもないことに対してのカウンターで言ったかおまえ?」
「麻耶ちゃんも! Dランクおめでとう!」
「ありがとっ! このまま私も玲奈ちゃんくらいなるよ!」
「ふふん、待ってるわ、高みで」
胸を張る玲奈は俺の発言をまったく聞いている様子がない。
俺がため息をついているときだった。
強力な魔力が放出されたことに気づいた。