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「次は水魔法だな。もう一度、魔法を撃ってみてくれ」
「……はいっ」
彼女はこくりと頷いてから、魔法を練り上げていく。
先ほどの身体強化で魔力への理解が深まったようだ。
中々に応用力があるな。……これなら今度はうまく魔法が発動するか?
集まっていた彼女の大きな魔力は……しかし、水魔法になって外に出るときは、やはりその数分の一ほどまで落ちていた。
……その際の凛音の表情のこわばり、浅くなった呼吸。
明らかに、魔法を使うときだけ状況がおかしい。
――魔法を使うことに恐怖している?
彼女の体の震えが、魔法を使う際に表れているように感じた。
……その昔、麻耶と一緒に怖い映画を見たとき、麻耶は夜中にトイレにいけなくなってしまった。
あのときの麻耶は本当に可愛くて、俺に「ついてきてぇ」と涙目で腕をひく姿は今もスマホの画像に大切に保存されているのだが……要はあのときのように今の凛音は少し震えている。
可愛さは、麻耶のほうが上手、だ。凛音は必死に抑えようとしているというか、意識しないようにしている……という風に見える。
身体強化も魔法ではあるけど、使えてたんだよな。
凛音の体内で完結するか使えていたのか? ……外に魔法を放出するのが、不慣れな感じか?
「どうですか?」
「凛音は魔法に対してどういう思いを持っている?」
「はへ? 心理テストとかですか?」
「ただの質問だ。何もないっていうならいいけど、明らかに水魔法を使うとき緊張しているように感じてな。魔法を外に出すのが苦手なのか?」
「わ、分かりますかね?」
凛音は誤魔化すように笑っていたが、あまり顔色はよくない。
……何か、魔法を使うことに対してのトラウマのようなものがあるのかもしれない。
「別に無理に聞くつもりはないけど、今の状態だと魔法を使うのは難しいと思うな。戦闘スタイルを、身体強化主体にしたほうがいいかもしれないな」
身体強化は問題なくできているので、水魔法を使わなければいいだけだ。 もったいないと思うかもしれないが、できない、やりたくないことを強制させるつもりはない。
俺が麻耶に指導したときも、彼女の使いたい武器などに合わせて指導を行っていった。
俺の考えでは、戦闘は身一つで行うほうが色々と便利だけど、でもやっぱり自分の憧れだったり使ってみたい武器を使って戦闘したほうが、モチベーションの維持にも繋がる。
それが結局のところ、強くなるために一番大事なことだ。
だから、彼女が魔法を使いたくないというのなら、俺はそれを強要しない。だから、麻耶も俺の嫌いな野菜を食事に出すのはやめてほしい。
「……いや、別に話したくないわけじゃないですし、魔法に対しての気持ちとしては……その、一つだけ心当たりがありまして」
「なんだ?」
凛音はそれから、少し迷った様子で頬をかいた。
「……笑わないですかね?」
「笑ってほしいなら笑うけど、どうなんだ?」
「いや、その……私普段から明るい感じでやっているので……その、悩みとかそういうの口にするの、変といいますか似合わないといいますか……」
「別に俺はおまえのファンとかじゃないから、普段がどうだろうとどうでもいいぞ? 第一、俺だって悩みなんていくらでもあるぞ?」
「どうでもいいといわれるとそれはそれでがっくりとしちゃいますが……お兄さんの悩みってなんです?」
「麻耶が可愛すぎることだな……」
「聞いた私が馬鹿でした……」
「他にもあるぞ? ……いつか、麻耶も男ができて結婚する日がくるのでは……とかな……なあ、どうすればいいと思う?」
「いや、そこは祝福してあげましょうよ。ていうか、悩みがどれも麻耶ちゃんばっかりですね。お兄さん個人の悩みはないんですか?」
「俺か? 基本麻耶以外での悩みはないぞ……?」
「ええ……。お兄さん、凄いですね……」
「まあ、些細な悩みはあるぞ? ピーマン嫌いなのに、麻耶がピーマン食べさせに来るんだよ。俺がこっそり弾いたら笑顔で睨んでくるし……麻耶の料理だし食べないわけにいかなくてな……今度ピーマン料理が出るときは凛音を呼んでもいいか?」
「子どもですか! そのくらい食べてくださいっ」
「……まったく。俺の深刻な悩みを聞いてその反応か。それで? 水魔法のほうはどうするんだ? 使わないのなら、むしろここではっきりと方向性を決めてしまったほうがいいぞ? 水魔法を使うとき、魔力を無駄にしすぎだからな。使わないなら使わないほうが身体強化に魔力を回せるから効率いいぞ?」
魔力は使っていけば鍛えられるし、身体強化を極めれば今のままでもAランク迷宮くらいは攻略できるようになるはずだ。
ただ、あれだけの水魔法を使いこなせるようになれば、Sランク迷宮の魔物にだって苦戦しなくなるだろう。
……そこはもったいないが、選ぶのは凛音だ。
「その……お兄さん……誰にも話さないって約束できますか?」
「任せろ、俺は近所のおばちゃん並みに口が堅いからな」
「それってとても口軽くないですか? 『ここだけの話ね……』とかいって噂話ししてるイメージですけど……」
「冗談だ。本当に嫌なことなら誰かに他言しない。ただ、別に話さなくてもいいぞ? いつかは自分で解決できる問題だってあるんだしな」
「……いえ、その……聞いてほしいです」
真剣な表情とともに凛音はこちらを見てきた。
俺は近くの小岩へと腰かけ、凛音も同じように座る。
それから、凛音がゆっくりと語りだした。
「……どこから話せばいいのか分かりませんが……私、児童養護施設の出身なんです」
「冒険者学園の生徒だと多いよな」
……今の時代。
児童養護施設には大きく分けて二種類ある。
一つは、親に捨てられた、あるいは虐待を受けた子どもたちを保護するもの。
そしてもう一つは、迷宮の被害を受けた子どもたちを保護するというものだ。
「それでまあ、私たちの施設ですと将来的に稼げるようにということで冒険者教育……つまりまあ魔法を使う訓練をしていたんです」
将来のお金を稼ぐ手段の一つとして、冒険者としての指導を行うのはごく一般的だ。
別に冒険者を本業にせずとも、副業程度で稼げるようになることで将来の選択肢が増えていくからな。
……まあ、子どものうちから冒険者としての教育をさせるのはいかがなものかと、一部団体が意見しているのだが。
俺としては、常に迷宮爆発などの危険性がある以上、すべての国民が自衛できる程度の技能を身に着けるべきだとは思うのだが、過激派の人は迷宮の存在自体を否定していることが多い。
「国内のすべての迷宮を攻略すれば、冒険者という職業自体が不要になり、より安全な国になる!」というのが、過激派の人たちの意見だ。
ただまあ、そんなことをすれば、魔石から電気エネルギーなどを作っている現代では、まずエネルギー不足になるので色々と大きな問題が生じるのも事実だ。
「魔法の訓練、か。どうだったんだ?」
……恐らくだが、そこが凛音の引っかかっている部分なのだろう。
表情が少し険しくなってから、彼女はゆっくりと口を開く。
「……私、かなり才能があったみたいでして……初めて魔法を使ったときに暴走させてしまって。それで、施設の先生を怪我させてしまいまして……」
……なるほどな。
豊富な魔力も制御できなければ危険そのもの。
ブレーキのない車のようなもので、恐らく凛音はまさしくそうだったのだろう。
「それがトラウマ……というかストッパーになってしまっている可能性がある、と」
「だと思います。……明らかにあのときから魔法を外に出そうとすると、ちょっと意識してしまうといいますか。いやもう、それ自体無意識にやってしまっているのでアレなんですけどね……すみません」
えへへ、と苦笑とともに謝罪する凛音。
……トラウマ、か。
彼女の魔法が使えなくなってしまった理由は分かったが、さてどうしようか。
前にもこんな話を聞いたことがあり、そのときもうまく解決することはできなかったんだよな……。
トラウマを払拭できれば、水魔法を使うこともできるかもしれないが……。
「それなら、一度全力で使ってみるっていうのはありかもな」
「い、いや使えないんですって! さっきくらいのが限界なんですよ!」
「よし、Sランク迷宮に行くぞ。黒竜の迷宮がちょうどいいか?」
「え!? ちょっと待ってください? 聞いてますか!?」
「家はどこにあるんだ? 今から向かっても大丈夫か?」
「聞いてませんよね!? いや、まあ家はこの辺りなのでそれほど戻るのも大変じゃないですけど」
「よし、なら行くぞ」
「ご、強引ですね……。分かりましたよー……」
不安そうにしながらも出発の準備をしていた彼女とともに、俺は黒竜の迷宮へと向かった。





